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2-2:女が三人寄れば、姦しくも文殊の知恵

 翌朝──コウセイ達を叩き起こしたくなる気持ちを抑え、しっかりと朝食を食べ、その片付けもきちんと済ませた上で、改めて、

「勝負なさい、コウセイ!」

 と、模擬剣を突きつけて高らかに告げると、フィルは冷たくため息を掃き出し、当のコウセイは生暖かい目で頷いた。

 そんなわけで、表に移動したコウセイとサクラは、模擬剣を手にお互いを見据え、

「それでは……始め!」

「内臓潰された恨みを今こそっ!」

 フィルの開始宣言と同時に、サクラは豪語を放ちながら、やる気が欠片も無さそうに模擬剣を肩に預けるコウセイへ突撃し、

「はっ?」

 サクラは宙返りを決め、干し草の山に頭から突っ込んだ。

「~っ、こ、のっ!」

 すぐさま草を弾き飛ばして跳ね起きると、一呼吸置いてから地面を蹴る。コウセイの反応速度を上回る突進で間合いに入り、模擬剣を振り下ろすが、

「はぇっ?」

 再びサクラは宙を舞い、背中から地面に落ちた。

「ど、どうなって……」

 本当に、どうしてこうなるのか──何度も同じ目に会った今、サクラを占めているのは、屈辱よりも困惑。

 コウセイは、地民かそれに準ずる身体能力だというのは間違いない。しかし、身体能力はもちろん、体重も大きく上回る相手を、どうして地民程度の膂力で木の葉の如く弾き飛ばせるのか。

「コウセイ殿。私めとも、一手願えますか?」

 サクラの困惑をよそに、フィルは自身の模擬剣を左右の手に構えていた。模擬剣とはいえ、どうやら本気でやるらしい。

 フィルに向き直ったコウセイは、模擬剣を正眼に構える。フィルは、三度呼吸し、地面を蹴る。一方のコウセイは、その場から一歩も動かない。

 瞬くより先に二人の体が交錯し、

「っ!」

 サクラほど派手な宙返りこそ無かったが、フィルは転倒した。勢いで起き上がったフィルの鼻先に、コウセイは模擬剣の切っ先を突き付ける。

 フィルは、模擬剣を両手から手放し、

「御見それ致しました。しかしながら、これは……」

 居住まいを正して粛々と頭を下げるが、理解が追いついていないのは、フィルも同じようだ。

「正直、あの形を変える装甲の特殊な機能かとも思われましたが……」

「それは、私も考えましたけど、とんでもなかったみたいですね」

 今のコウセイが着ている服は、仕立て直したストリフのお古──怪しすぎる格好をどうにかしろと、ストリフが強引に投げて寄越してきたのだった。図らずもコウセイの実力や技量を証明したらしい。

 あれこれ考えを巡らせていると、

「今日も来たんですか、ラヴィ?」

 サクラは視界の端に引っかかった小さな人影に、声をかける。フィルとコウセイの目もそちらに向かうと、それで観念したのか、家の陰からラヴィーネが出て来た。

 この三日ばかり、ラヴィーネはサクラの家に通っていた──正確には、コウセイを訪ねていた。

 どうやら、コウセイが言葉を覚え始めたと聞きつけたらしく、弟子入りをせがみに来るようになったのである。その度に、コウセイは教えるのが下手だという旨の事を告げて、断っていたが、それで諦めるようなラヴィーネではなく、今日もやって来たらしい。

「あ、あのね」

「サクラ、トブ、ドウシテ、? フィル、コロブ、ドウシテ?」

 ラヴィーネが何か言う前に、コウセイは問いかけた。

「ラヴィーネ、ズット、ミテタ。ダカラ、カンガエル。トテモ、カンガエル」

「えっと……」

 答えあぐねるラヴィーネーネから視線を外すと、コウセイは模擬剣をサクラに放り、

「アナタ、タチ、カンガエル。トテモ、カンガエル」

 言い残して、コウセイはその場を後にした。


*****


「ラヴィ、貴方が見た事を思い浮かべて下さい」

「うん」

「それじゃいきますよ……フィル」

「はい」

 互いの手を繋ぐと、サクラとフィルの両腕の月路に紫紺の光が走り、繋がれた手を伝ってラヴィーネも包み込む。

 紫月精が司るは精神──思考や認識、記憶に干渉し、操作する。その力によって、サクラ達は各々の視点から見た、サクラとフィルによるコウセイとの手合わせの光景を共有した。

「こうして見ると、何だか手応えが違うような感覚でございますね」

「ていうか、手応えそのものが無いような……て、しっかりしなさい、ラヴィ」

 見れば、サクラとフィルの手を握ったまま、ラヴィーネが目を回していた。他人の記憶が流れ込んでくる感覚は、慣れない者は大概こうなる。

「だ、大丈夫」

 と、ラヴィーネは頭を振って回った目を元に戻す。

「……サクラもフィルも、何だかズレてないかな? いや、ズレてるって言うか、う~ん……」

 ラヴィーネは頭を抱えて、必死に言葉を探す。

「それに、コウセイはすごくゆっくり……と言うか、止まってるような、あと全然サクラやフィルの事見てないような~」

「それは……」

 要領を得ないラヴィーネの言い分だが、それでも言わんとすることは伝わった。というのも、サクラにも何となく引っかかるものがあったからだ。

 サクラは、記憶を再び引き出す。

 模擬剣を肩に置いたまま動かないコウセイの立ち姿は、しかしどこか気のないように見える。サクラやフィルが動いても、その姿勢は変わらない。

 ようやく動きを見せたのは、間合いに入った瞬間。互いの剣が衝突し、勢いに競り負けてコウセイの剣は押し戻され──サクラ達が宙を舞ったのは、次の瞬間だった。

 この一連の中で、確かにコウセイは、その場から全く動いていない。動きらしい動きといえば、剣を持つ腕と上半身の連動のみ。目線すらも、そのままだった。

「そういえば、バーラの時もそうでしたね」

 もっと遡れば、遺跡で出会った時も同じ。コウセイは、自分から積極的に動くことはあまりせず、動いてもその動きは非常に小さく、軽い。

「……軽いと言えば……」

 初めて会った時、コウセイの振り上げた蹴りが、顎を掠めた──それだけで、サクラは眩暈を覚えて膝を着いてしまった。今や偶然とは思えないから、あれも何らかの技なのだろうか。

「あ」

 何か閃いたように、ラヴィーネが声を上げた。

「ねえサクラ、両手を出してっ」

「? ええ」

 サクラはフィルの手を離すと、差し出されたラヴィーネの手に組ませる。二人は、互いの両手を掴み合う姿勢になった。

「そのまま押してみて。ちょっと強めに……ていうか、ラヴィーネを倒して」

 言われたとおり、強めに押してやる。地民の子供の細腕は、あっという間に競り負け、

「ここでっ」

 体が傾きかけたところで、ラヴィーネはサクラの腕を引っ張った。

「え、ちょっ」

 結果、サクラの体がラヴィーネに引かれて倒れこんだ。

「うわ、たた……っ」

 当然、ラヴィーネも巻き込まれ、サクラの下敷きになる──前に、サクラはラヴィーネの体を抱きこんで、縦に身を翻した。頭をギリギリ地面に擦る位置で宙返りし、着地──ここに至るまでに要した時間は、四半秒もかからず。

 地民を凌駕する反射と身体能力を持つ月民だからこそ可能な事であり、ラヴィーネには視界が反転したようにしか感じられなかったはずである。

 それはともかく、

「一体何なんですかっ? 押せと言うから何かと思えばっ!」

 サクラは、強い剣幕でラヴィーネを怒鳴りつけた。

 見た目こそ地民の女性と殆ど変わらない体型であり、その動きも身軽なサクラだが、その重量は地民の成人女性の約四倍。下敷きになればラヴィーネは、冗談抜きで本当に圧死していたのである。

「だ、だってだって」

「だって、じゃありませんっ!」

 その剣幕に、さすがにラヴィーネは涙目になるが、サクラは追求を緩めない。

「サクラ様、愚かしい短慮を晒す前に、もう一度お考えを」

 それに待ったをかけたのは、フィルの毒舌。サクラは、怒りの矛先フィルに向け、

「何ですかっ?」

「そもそも、ラヴィ様の膂力でサクラ様を転倒させることは、まず不可能です」

「そんなの言われなくても分かってますっ!」

「しかし、サクラ様は、今転ばれかけましたね?」

「それはラヴィが、いきなり引っ張った、から……」

 その結果、押す力の勢いに乗っていたサクラは体勢を崩した──その図式を起点に、サクラの頭の中で様々な疑問が清々しい勢いで符合していき、怒りを急激に冷えさせる。

「えっと……そういう、ことですか?」

「そ、そうだよ~」

 ラヴィーネは泣きっ面のまま頷いた。

「でも、そうならそうと言ってくれれば」

「このような場合、口で言うより実演した方が早いかと。それ以前に、まずラヴィ様に仰るべき事があるのでは?」

「うぐ……」

 フィルの指摘は、実に正論であった。サクラは、ラヴィーネに深々と頭を下げる。

「ごめんなさい、ラヴィ。いきなり怒鳴ったりして」

「うん、もういいから。それより、コウセイは遺跡に行ったのかな?」

「多分……というか村にいないなら、そこしかないでしょう」

 コウセイは、村に住み着いてから毎日のように遺跡に通っていた。村の中をざっと見まわしてみるが、コウセイの姿は見受けられないから、そちらに行ったようだ。

「いつも通りなら、遅くても夕食前には帰ってきますけど」

「いや、すぐ行こうっ」

「待ちなさい」

 駆け出そうとしたラヴィーネの襟を、サクラはすかさず捕まえる。

「遺跡の出入り禁止……ストリフに許してもらえたんですか?」

「うぐ……」

 言葉を詰まらせたのが、何よりの答えだった。

「コウセイの前に、ストリフに御伺いを立てるのが先ですね」

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