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この国の人たちの優しさを知りました

「さて、早速説明してもらってもいいかしら?」

「は、はい…」

「わかりました…」

あの後、騎士と殿下は侍女だけを残して部屋を出て行った。

その場の空気を変えるため、侍女たちが気兼ねなく話せるように、などなど色々言い訳をしていたが要は彼女たちに全てを押し付けて逃げたわけだ。

殿下は後で話し合いをするからいいとしても、国を守るべき騎士が小娘1人から尻尾を巻いて逃げ出して恥ずかしくないのだろうか?

私は後で殿下に「この国の騎士は腑抜けばかりでしたね」と鼻で笑ってやろうと決めた。

「私は別に貴女たちに怒っているわけではないわ。ただ説明されていないことが不満なだけ。だから話してくれないかしら?」

そして情けない男たちに全てを押し付けられた彼女たちには優しくしようとも。

実際彼女たちに対して怒っているわけではないし。

私の言葉が届いたのか、はたまた単に覚悟を決めただけか、ややしてエルがおずおずと口を開いた。

「あの、アンネローゼ様、お話しの前に一つだけ確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

彼女はちらちらとリリとマイラを見て、2人ともから頷きを返されると胸元の服をぎゅっと握り、

「殿下とのご結婚は、本当にお嫌ではございませんか?」

はらりと涙を一筋零しながら私に言った。

見ればリリも涙を浮かべていたし、マイラは涙こそなかったが唇を噛み締めて何かに耐えているような顔をしていた。

私は今までの記憶にある3回の人生でオークリッド国に関わっていなかったから、3人がこんなに必死になる理由に心当たりはない。

けれど以前殿下が「今までの人生でも何度か結婚したが、全て上手くいかなかった」と言っていたことを思い出し、もしかしたらその辺りに関係しているのかもしれないと思った。

「ええ。今回このような騒ぎを起こしておいて言えたことではないかもしれないけれど、少なくとも今までの婚約者であったファビアン殿下よりはジェラルド殿下の方が余程好感が持てるもの、嫌だとは思っていないわ」

こんなことならあの時詳細を聞いておけばよかったと思うが、言っても仕方がない。

それに殿下に直接聞いても、きっと殿下からの話だけでは理解できないこともあったと思う。

だから全ての事情を正しく知っているであろう人たちに聞く機会が得られて逆によかったのかもしれない。

「そうですか」

エルは涙を流しながらもほっとした顔を見せた。

他の2人も安心したように肩から力が抜けてきている。

「実は、先日殿下も婚約破棄をなさったのです。マリシティ国で侯爵家の令嬢を娶ることになったからと」

「………は?い、いつ?」

だが今度は私の肩に力が入った。

頬もひくりと引き攣れたし、口から出た言葉にも動揺が現れている。

だってそんなの初耳だもの!

「えと、殿下がマリシティからお帰りになった日ですね」

「アンネローゼ様がいらっしゃる3日前ですわ」

私の問いにエルとマイラが何でもない風に答えたが、私にとっては何でもなくない。

「ちょっと待って、じゃあジェラルド殿下は婚約者がいる身でありながら私に求婚をしたと、そういうことかしら?」

もしそうならば、それってファビアン殿下と同じじゃない?

私がカミラの立場で、つまりこの国には私と同じ立場の高位令嬢がいるってことじゃない?

ああ、急に眩暈がしてきた気がするし、頭も痛い。

「あ、違うんです!!」

それに対してリリが慌てたように手をぶんぶんと振る。

一体何が違うというのか。

どう言ったところでこの国には傷ついた令嬢がいるということでしょう?

私はそう思いながら重くなった頭に手を添えつつリリの方を見る。

すると彼女はすっかり涙の引いた目で私を必死に見つめていた。

「殿下はずっと婚約者の方に婚約を解消してほしいと言われていたんです!彼女にはずっと想っている方がいらして、国王陛下からの命令で婚約者にはなりましたがやっぱり好きな方と人生を共にしたいとずっと仰っていて。でも国内には他に殿下と家格の釣り合うお相手がいらっしゃらなくて、それでなんともできずに殿下も気に掛けてらっしゃって!!だから、マリシティの王太子殿下とは違うんです!!」

リリは肩で息をしながら私に懸命に訴える。

ジェラルド殿下は悪くないのだと。

そうして聞いてみれば確かにファビアン殿下とは違う。

いや、違うどころか一緒にしてしまったことが申し訳なくなるほどに、やはりジェラルド殿下は優しい人だった。

「そうだったの…」

私は痛みが引いてきた頭から手を下ろし、リリ、エル、マイラと順に見る。

「…それでようやく貴女たちが言った言葉の意味がわかったわ。私が殿下と結婚すればその方は好きな方と一緒になれるし、殿下は嫌がっている相手と無理に結婚をしなくて済んで、もし私と円満な夫婦になれれば世継ぎの心配もいらず国も安泰と、そういうことだったのね」

「そうです。すぐにお話しできずに申し訳ございませんでした」

「ですがアンネローゼ様の身に起きたことを考えれば、今はまだお伝えするべき時ではないだろうと思っていて」

「ずっと隠すつもりなんてなかったんです!」

私の言葉に3人は強く頷き、黙っていたことを詫びてくれた。

聞いてみればなんてことはない、彼女たちは婚約破棄されたばかりの私を気遣っていてくれただけだったのだ。

確かに殿下が婚約者を振り向かせられなかったことは殿下に問題があったと思われても仕方のない要素ではあるが、いくら殿下が素敵な人でも先に好きな人がいたその令嬢にとってみれば彼は好きな人との恋路を邪魔する人間だ、好きになるどころか恨んですらいるかもしれない。

ああ、だから今までの結婚は上手くいかなかったのか。

私がいなければ他に相手がいなかったということは、恐らく全ての人生で殿下と結婚をしたのはその令嬢だ。

せめて繰り返しがもっと前の時点から始まればよかったのだろうが、呪いは私の人生が変わったあの瞬間を起点と定めたらしいので仕方がない。

そこでふと思う。

それでも殿下が私と結婚するという道を選ばなかった時に彼女と結婚したのは、殿下が彼女を愛していたからではないかと。

だって優しい殿下ならどんな手を使ってでも彼女を解放したはずなのに、そうしなかった理由が他に浮かばない。

ああ、それなら本当に全てに合点がいく。

リリたちが隠したのだって愛する人のために身を引いた殿下の優しさを無駄にしないためで、殿下に想い人がいたことを知れば私が結婚を了承しないと思ってだったのだと。

彼女たちが真に隠したかったのであろうことを理解してしまった私は、それを悟られないように3人に礼を言い、気を張って疲れただろうから少し休憩してくるように伝えて部屋から出した。

単に私が一人になりたかっただけなのだということは、彼女たちの表情を見る限りきっとバレている。

それでも3人は「ありがとうございます」と頭を深く下げて礼を言ってくれた。

この国の人間は皆優しい。

愛する人のために身を引いた殿下も、それを尊重しようとする侍女たちも、見ようによっては国王様の命を守って殿下との望まぬ結婚を受け入れようとした令嬢さえ。

今回も皆が互いを思い合って、その結果私との結婚が一番いいのだと結論を出したのだ。

だったらそれを受け入れるのが、きっとこの人生での正解だわ。

そう思いながら静かになった部屋で、開くはずもない閉じられた扉をしばらくの間じっと見つめる。

殿下が元の婚約者を愛していたと気づいた時からズキズキと胸が痛い理由に今更ながらに思い至って、誰も開くことのない扉の陰で私は声も上げずに少しだけ泣いた。

読了ありがとうございました。

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