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今世最大の珍事

それからのリチャード様の行動は迅速…よりも素早い、正に神速とも言えるべき早さだった。

会議に赴くや扉を開けると同時に「陛下!王命をお止めください!!」と叫んだそうだ。

流石の陛下もそれには驚いていたそうだが、それでもすぐに「いやぁでもねぇ、タンサイラ伯爵領って国の要衝だからさぁ、アゼリアくらいの令嬢じゃないとちょっと無理っていうかぁ?」などということをニヤつきながら仰っていたという。

何故伝聞形かといえば私がその場にいたはずもなく、これらは全てルード様から『間違いなく今世最大の珍事』だったと聞かされた話だからだ。

「是非ローゼとアゼリア本人には見てほしかった」と目に涙を浮かべて笑っていたが、それだけ痛快だったのだろう。

なにせリチャード様は「おや、では仕方ありませんね。私は出奔してガルディアナにこの国の情報を売り渡し、タンサイラに嫁いだアゼリアを攫って我が妻に迎えます。そして彼女と共にこの国を攻め落としましょう」と真顔で言い切ったそうだから。

それには陛下も色を無くして慌てふためき、最後には「全く、それほどの激情を持ちながら何故今まで何もしなかったのか」と文句を言いながらではあったが王命を取りやめざるを得なくなったとのことだった。

ちなみにその陛下のお言葉にはルード様を含めその場にいた全員が頷いたそうだが、リチャード様は「隠していた想いが大きすぎて取り出すのに時間がかかったんです。でも取り出したからにはもう二度と仕舞いませんし仕舞えません」ときっぱりと宣言したという。

うーん、紆余曲折あったものの、そう言い切ってしまえるほどの想いを向けられるのは少し羨ましいと思うし、それを言い切ったリチャード様はかっこいいと思えてしまう。

アゼリアの人を見る目は確かなのだと思うとともに、そんな彼女の主に選ばれたのが本当に私でよかったのかと疑問に思った。

そんな弱音とも言えないような思いを口にすると、ルード様は「ふむ、だからこそローゼでなければならなかったんだろうな」と一人納得したように呟いていた。

でも私にはそれがどういう意味なのかさっぱりピンとこない。

けれど結局いくら聞いてもルード様がその意味を私に教えてくれることはなかった。


それからひと月以上が経ち、事件の衝撃も和らいで話題にすら上らなくなってきた頃。

「あの、アンネローゼ様」

「ん?…あれ、アゼリア!?」

中庭のガゼボで涼んでいるとひょっこりとアゼリアが現れた。

「すみません、こちらにいらっしゃると伺ったものですから直接参りました」

聞けば昨夕オークリッドに戻ってきたばかりだという彼女は健康そうではあるものの力なく椅子に座って紅茶を啜る姿は少し疲れているように見える。

本来なら今日は屋敷でゆっくり休むべきなのに何故こんなところにいるのか。

そう伝えれば「それが、昨夜父から話を聞いたら居ても立っても居られず…」と言って俯いてしまった。

なんと珍しいことだろう。

「一体何を聞いたの?」

アゼリアをこんな風にしてしまうような話とはなんだったのか、私は勢い込んで彼女に尋ねる。

もしかしてまたアゼリアに結婚の申し込みでもあったのだろうか。

「あの、リチャード様が」

「え?」

リチャード様?え、まさかリチャード様に何かあったの!?

私は何も聞いていないが、昨夜の話なのであればまだ私の耳に届いていなくてもおかしくはない。

そう思って身構えていたら、

「リチャード様が私の婚約を止められたって…」

少し赤くなった頬を押さえながらアゼリアがそんなことを言った。

「………ん?」

んんんんん?

それってもしかしてこの前のルード様命名『間違いなく今世最大の珍事』のことかしら?

えーっと?

「それ、一ヶ月も前の話よね?」

私はついそう言ってしまった。

言ってから「そう言えばアゼリアは昨夕帰って来たのだから、もしかしてそれまでその話を知らなかったのではないか」と気がつく。

いやでも流石にイツアーク伯爵が伝えているわよね?

「いえ、昨日帰ってきたその時まで父も兄も私にそんなこと一言も言ってくれませんでした」

私が驚いていると私の思考を読んだアゼリアが恨めしそうな顔で言った。

なんでも伝えてしまったら一も二もなく飛んで帰ってきてしまうからもしれないからというのが理由らしい。

確かにあり得そうな話ではある。

あるが、長年のアゼリアの思いを知りながら教えないとは…。

「なんて酷いのかしら」

私は素直にそう思った。

いくらアゼリアでも公私の区別くらいつけられるだろうに。

あ、でもあれ別に公の用事じゃなかったわ。

それならば確かに伝えたらすぐに帰ってきてしまう可能性はある。

けれど私としてはそれでも全く構わなかったし、そのまま帰ってきても問題などなかった。

ルード様にとってのリチャード様が臣下であり友であるのと同じように、私にとってアゼリアは同志であり友なのだから。

確かに関わってから日は浅いが付き合いの長さは関係ない。

ああでもそうね、友だというからにはまずこれから言わなければ。

「アゼリア」

私は頬を押さえて俯くアゼリアにこちらを見てと促すように名を呼ぶ。

「はい?」

その声で顔を上げた彼女は私の顔を見て不意を衝かれたように目を瞠った。

「おめでとう」

そしてありがとう。

私たちにさらなる可能性を見せてくれて。

多くの出来事は変えられる可能性があるのだと示してくれて。

そんな私の気持ちを全て読み取ったアゼリアは嬉しそうに目を細めると「どういたしまして」と言って嬉しそうに微笑んだ。

読了ありがとうございました。

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