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これ以上増やさないでくれる?

勢い込んで出て行ったアゼリアが戻ってきたのは同日の夕方のことだった。

まもなく夕食時というその訪問は控えめに言っても非常識なもので、事情を知っているマイラですら僅かに眉を顰める。

「ちょっと早すぎじゃないかしら?」

軽く引いている私の言葉もなんのその、相当に急いできたのか肩で息をするアゼリアは「早いに越したことはございませんから」と自ら抱えていた三冊のうち『異国見聞録』を私に差し出した。

礼儀も作法もあったものではない。

やる気になれば公爵令嬢のマリー様にも劣らないほど完璧にできるくせに、本当に困った娘だ。

モンドレー侯爵は寛容なお心でアゼリアの無作法を見逃しているようだが、父親のイツアーク伯爵の苦労が偲ばれる。

とはいえ彼女の人物鑑定眼は確かなものなので、相手がどこまでなら許容するかを決して見誤らない。

つまり彼女にこういった態度を取られる原因は私の性格にあるということなのだろう。

実際、威張り散らしたいわけではないので全然かまわないのだけれど。

「まずはこちらをご覧ください」

そうして差し出された本には中ほどよりやや後半に栞が挟まれている。

そこを開けばこんな文章が目に飛び込んできた。

『ガルディアナ王が最も嫌うものは暇であるという話を耳にした。だからどんなに些細なものでも全て自分の裁可が必要だとして意図的に仕事を増やしているのだと。それがいつからかはわからない。だがこれは歴代のガルディアナ王が患う病のようなものだという。いずれの御代でも国王は絶えず働き、少しでも余暇ができてしまうと他国に戦争を仕掛けるため、家臣たちはどうやって暇を作らないようにするべきか頭を悩ませているようだ。』

「なにこれ…」

私は思わず本から顔を上げてアゼリアの顔を見る。

無作法な態度やぶっきら棒な口調の彼女とは真逆の印象を与える彼女の静かで深い青の瞳はいつもと変わらず理知的な光を湛えていたが、今はその眼光がいつにも増して鋭く見えた。

「ガルディアナという国が何故戦争を繰り返すのか、その問いに対する答えがそれです」

アゼリアはさらに持っていた『各国逸話大全』を開いて私に差し出す。

「そしてこれがその真相です」

受け取った本がやけに重たく感じた。

開かれた頁には一体どんな真相が書かれているというのか。

そう考えてしまったが答えが目の前にあるのに予測するのも何だと、私は生唾を飲み込みつつ受け取ったそれに目を向けた。

『以前ガルディアナ王は代々多忙を希求する病だと聞いた。そして余暇があるとすぐに戦を始めてしまうとも。それがどういうことか私はずっと気になっていた。こういう逸話を集めている者の勘とでも言うべきか、そこには通常では考えられないような不可思議な物語が秘められていると直感的に察したのだ。そして私の予感は見事に的中した。ガルディアナ王の病、しかしそれは病などでは断じてない。ではなにか。呪いだ。』

「呪い?」

私は思わず呟く。

それくらい意外な言葉だったからだ。

私にとって身近な呪いといえば我が身に起きている『時戻しの短剣』による繰り返し現象に他ならない。

けれどそれ以外の呪いの話など、御伽噺でしか聞いたことがない。

……御伽噺?

ふとその言葉が思考の隅に引っ掛かる。

そういえば『時戻しの短剣』もこの国では高位貴族のみに伝わる御伽噺の中にあったものだ。

本を三冊持っていたアゼリア。

そしてこれは二冊目、ということはこの本の中に答えはないのでは。

「ねえアゼリア。貴女もしかしてガルディアナの高位貴族に伝わる御伽噺とか、持って来てないわよね?」

私は恐る恐る尋ねた。

アゼリアに「まさか、そんなに偶然は重なりませんよ」と言われるのを期待して。

なんなら単純な頭ですねと嘲笑されたっていい。

だって、そんな、あまりにも、ねぇ…?

「流石ですねアンネローゼ様。こちらは以前ガルディアナのある公爵家に嫁いだイツアーク家の者が送ってきた本ですわ。何とこれ、王族と公爵家にしかないものなんだそうです。そしてガルディアナの公爵家といえばその全てが臣籍降嫁した元王族との話ですから、実質王族のみに伝わっているものだと言っても過言ではありません」

だがそれは所詮期待に過ぎず、アゼリアの言葉一つで簡単に消え失せるものだった。

しかもどうやら悪い方に裏切られたらしい。

だってそうじゃない?

確かに私たちはガルディアナ王の秘密が知りたいとは言ったけれど、『時戻しの短剣』のような国家機密に関わることを知りたかったわけじゃなかったのだから。

読了ありがとうございました。

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