騎士の言葉から手掛かりを
「王族専用の隠し通路、ですか?」
マリー様がぱちりと大きな目を瞬かせる。
そしてどこにそんなものがあるのだろうと思案するように図面を見つめる視線を彷徨わせた。
「ふーむ、古今東西、隠し通路と言えば本棚か大きな絵画の裏、もしくは暖炉の中などですが…」
「この部屋にはどれもございませんね?」
侯爵も一緒になって図面とにらめっこを始めた。
けれどさすがに図面にはそこまで記されていない。
代々王族と直属の上級使用人だけに伝えられているらしい。
らしいというのは私もつい先日その存在を知らされたばかりだからだ。
「この部屋の隠し通路は床にございます」
そう言いながら図面の中央右寄りに人差し指を当てているマイラ。
私は彼女から隠し通路のことを聞いたが、マイラは今でもルード様の専属侍女を兼ねているので(というか王太子夫妻の専属という扱いだ)まさに『直属の上級使用人』になる。
さらにいざという時に私を守る護衛も兼ねていたため知らないわけがなかった。
「ティーテーブルの下の絨毯が一部外れるようになっておりまして、そこにある扉から下へ降りる梯子が伸びております。この部屋はこちらの棟の最上階にございますので、途中二階と一階へ出られる通路や扉がありますがそのまま真っ直ぐ下りれば地下通路まで直通です。その通路の先は川になっており、川を下れば出口に係留している舟で港まで行けるようになっておりますし、上流に向かって歩けば隣国グラッドへと続く街道に出られます。また、上流下流ともに城下へと繋がる枝道が複数ございます」
災禍から王族を逃がすための通路は実に複雑な作りだった。
城下の出入り口も騎士詰め所の地下や王家と繋がりのある貴族や商人の邸宅またはその店舗の地下などにあり、容易に入り込めるところではないそうだ。
マイラの説明にアゼリアが「なるほど」と頷く。
侯爵は「そういえば当家の地下にも出入り口がございますな。恐らくライスター公爵家とイツアーク伯爵家にもあるでしょう」とその存在に思い当たったようだ。
滅多に使われることのない道だ、その存在が記憶の奥底に押し込められていたとて不思議ではない。
むしろ使われないことのが望ましいのだし。
「この通路に思い当たり調べて参りましたところ、上流方面に僅かながら人が通った痕跡がございました。辿ったところ、あの男は街道横の洞窟から入り込んだようでしたので、今そちらを調べさせております」
マイラの奥歯がぎりりと鳴るのが聞こえてくる。
まさかそんなところから侵入してくる輩がいるとは思ってもみなかったのだろう。
秘匿された場所であるが故になおさらその可能性には思い至らないものだ。
「それにしてもよくその通路が使われたとおわかりになりましたね?」
マリー様は頬に手を当ててため息を吐く。
色んな意味で驚いた結果諦めたといった様子だ、その気持ちは痛いほどわかる。
私だって騎士の『あの言葉』がなかったら考えもしなかった。
「あの騎士が言っていたのよ、『一体何度繰り返したかもう覚えていないけれど』って」
『そういえばマイラたちが来る前にあの騎士が言っていたわ、『一体何度繰り返したかもう覚えていないけれど』って。それで思い出したのだけれど、確かルード様の一度目の人生の最期の時、あの男は城の中にいたのでしたよね?』
『ああ。どこに潜んでいたのかは知らないが、会ったのは北館二階の廊下だ』
『あら、そうだったのですか…、ではもしかしたら見当違いかもしれないのですけれど、その話をなさっていた時に隠し通路を使ったというようなことを仰っていませんでしたか?』
『そうだな、リチャードと逃げようとして……まさか!?』
『ええ、あの騎士はその度重なる繰り返しの中のどこかでこの城の隠し通路について知ったのかもしれません、あの部屋にあったかどうかは存じ上げませんが』
『もちろんあの部屋にも隠し通路はある。そこを使われた可能性は十分あるな』
『では私が至急確認して参ります。エル、リリ、少しの間頼みますよ』
そうして煙のように消えたマイラが調べてきた結果がこれというわけだ。
「というわけで偶然というか、あの騎士が自ら墓穴を掘ったようなものなのだけれど」
私はマリー様よろしく顎に人差し指を当てて首を傾げてみる。
…自分で言うのもなんだけれど、私がやると可愛さよりも不審が勝るわね。
ため息を一つ吐いて手を下ろした私はアゼリアを見た。
「そこでアゼリアにお願いがあるの。あの騎士との会話をなるべく正確に思い出すから、それを聞いて他にも手がかりがないか一緒に考えてくれないかしら?」
私だけでは気づかない何かが、まだあるかもしれないから。
読了ありがとうございました。




