侍女の意外な才能?※但し開花させる予定はない
何か言いたげな顔でこちらを見るオークリッド国を代表する実力を持っているはずなのに微塵も役に立たなかった騎士数名を下がらせたため、今この部屋には私とルード様、そして物凄い形相で仁王立ちして私たちを見つめるマイラがいる。
「アンネローゼ様、殿下、先ほどの男について私にご説明願えますか?」
「えっと、あのね、マイラ…」
「ご説明、いただけますね?」
「ア、ハイ…」
どう説明しようかと言い淀んだだけでマイラの眼光が一段階鋭くなった。
もしかしたら誤魔化そうと思案したのがバレたのかもしれない。
「まあ、マイラになら話してもいいだろう」
ルード様が腕を組みため息を吐きながらマイラを見る。
心なしか顔色が優れないし、頬には冷や汗らしきものも滲んでいる。
「下手に隠すと俺たちのためにならないしな」
そしてその顔に浮かんでいるのは諦めにも似た表情だ。
マイラとはそれこそ生まれてからすぐの付き合いであるというルード様だ、対処法と言ったら失礼かもしれないが、こういう時のマイラの扱い方は私より詳しいはずだし、ここはルード様に任せた方が良さそうだ。
私もマイラのことは信頼できる人間だと思っているしね。
「そうだな、まずどこから説明しようか」
しかしそうは言ってもいきなり説明を始めるのは難しい。
前回は私のうっかり発言が元で話すことになったから話のきっかけがあったが、今回はそういうものもない。
いやあの騎士のことがきっかけではあるのだが、そこに至るまでの話が長すぎる。
「………うん、まどろっこしいのはなしだ」
ルード様に任せると決めたものの何か協力はできないかと考えていると、腕組みを解いた彼は一つ肩を竦めた。
…何故だろう、嫌な予感がする。
「あの…」
止めた方がいいかもしれないと思ったが確証のなかった私から出た声は思ったよりも小さかった。
だからルード様には届かなかったのかもしれない。
「実は俺とアンネローゼは今まで八回死んだことがあってな、これが九回目の人生なんだ」
かもではない、「ははは」と困ったように笑う彼には確実に届いていなかった。
「……………は?」
嫌な予感というのは何故か当たるもので、険しい顔を怪訝なものに変えたマイラはその言葉の後しばらくその場で固まった。
「……つまりこのままではアンネローゼ様が天上の国に戻ってしまうということですね!?」
「へ?」
ややして正気を取り戻したマイラは、とても正気とは思えない言葉を叫んだかと思うと私を抱きしめた。
彼女からよく熟れたリーモのような爽やかながらも甘い香りが漂ってくる。
マイラが使っている整髪油の香りだろうか、きびきびとしながら心配りを忘れない彼女にはとてもよく似合う香りだ。
「アンネローゼ様も殿下も八回亡くなっておられる、それでもこうして私の目の前に立っていらっしゃるということはお二人とも何らかの方法で蘇られたのでしょう。しかし今までお世話させていただいた殿下からはその様なお力の片鱗すら感じたことはない、ということはそれはアンネローゼ様のお力によるもので、つまりはアンネローゼ様が天使だということでしょう。そしてあの男が『これが最後』と言ったということは、あの男はアンネローゼ様から力を奪うつもりで、そうなると力を失ってしまったアンネローゼ様は天使が住まうという天上の国へ帰らなければいけなくなってしまう。だからお二人は引き裂かれるわけにはいかないと抵抗していると、そういうことでございますね!!?」
「いや、全然違う」
さも完全に理解したかのように言ったマイラにルード様は静かに首を振る。
何なら若干引いている。
生まれてからの付き合いである侍女の『意外』という一言ではとても片付けられない一面に慄いているようだ。
正直私も慄いている。
何故あの一言からそんな妄想が生まれるんだ。
もしかしたらマイラには物書きの才能があったのかもしれない。
残念ながら推理作家にはなれなそうだが。
「では何故お二人は生きていらっしゃるんですか!?え、生きていらっしゃいますよね?」
身を離したマイラが確かめるように私の顔をぺたぺたと触る。
そのまま首、肩、腕と下に降りていくが、何を確かめているのか。
「ちゃんと生きているわよ」
私は苦笑を滲ませてマイラの手を取り、そっと握った。
「ほら、温かいでしょう?」
「確かに…」
安心させるように熱を分ければ、マイラはようやく納得したようだ。
「では、何故…?」
疑問が浮かんだことでようやく少し平静を取り戻したらしいマイラがそろりとルード様を見上げたので、ルード様はため息を吐きながらマイラに私たちの八回の人生を手短に語った。
読了ありがとうございました。




