表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/80

月が綺麗ですね

翌日の夜、私は自身の部屋と繋がっている寝室を抜けて殿下の私室を訪ねた。

事前に今夜殿下の部屋を訪ねたい旨をエルに伝えてもらっていたので、扉を叩く音にすぐさま殿下が「入っていいぞ」と応える。

「夜分に失礼します。お疲れのところ申し訳ございません」

すでに深夜と言ってもいい時間であったため、部屋着に薄手の上着を羽織っただけの私は簡易的な礼で以って殿下に挨拶申し上げたが、殿下は必要ないと手で示すとソファまでエスコートしてくれた。

「それで、この本を読ませてもらったが」

殿下はアゼリアから預かった『各国逸話大全』を示す。

先ほどまで読んでいたのか、それは無造作にソファの上に置かれていた。

「俺と君に起きていることと騎士の話には相違点があるな」

殿下はいつかのように自身の膝に肘をつき、眉間に寄った皺を隠すように組んだ手を額に当てている。

その顔は未熟で渋いベリルを食べた時のものに似ていると思った。

「はい、私もアゼリアもそれが気になっています」

そしてその対面ではきっと私も似たような顔をしているだろうとも。

アゼリアが言った通り、騎士の話によると『時戻しの短剣』の能力は『死に瀕した原因を避けられるところまで時を戻し危険を回避することでその後の未来を続ける』というようなものである。

しかし私や殿下は『死ぬ度に同じ時点から人生をやり直す』ということを経験している。

似ているようで異なるこの能力の差異、それは何故起きているのか。

「考えられることがあるとすれば」

殿下はゆっくりと顔を上げる。

「死に方の違い、だな」

「そうですね…」

殿下が指摘したそれは私も気になっていたことだ。

騎士の話や王国史に載っていた話はいずれも短剣を自分に刺して絶命し、人生をやり直している。

しかし私と殿下は他人に短剣を刺されて絶命している。

私の場合はしばらく生き延びたものの結局短剣の傷が原因で死んだから短剣での絶命扱いなのだろう。

殿下は短剣で右目を刺されたのが致命傷となったのだから疑うべくもない。

ということは、もしかして。

「もしかして、自殺と他殺では効果が違う…?」

「いい方はアレだが、そういうことだろうな」

殿下は視線を窓に向けた。

私もその先を目で追えば、大きな月と目が合う。

「……ああ、今日は巨月でしたっけ」

一年で一番大きな満月というだけあって流石に大きいが、それにしても今年の巨月は怖いくらいに大きく見える。

「今年はここ30年で一番の大きさだそうだ。月の光だけでも本が読めたぞ」

そう言って微笑む殿下の顔も月に照らされて浮かび上がっていた。

漆黒のような黒髪に青みが混じり、緑の瞳には金色が混ざっているように見える。

「……綺麗」

その常とは異なる不思議な色合いに、つい呟いてしまった。

別に失礼なことを言ったわけではないが、妙に気恥ずかしくて誤魔化すように月を見上げた。

「そうだな」

殿下は月の話だと思ってくれたのだろう、私に同意して頷いてくれる。

数秒そうしていると月を眺める静かな今の時間が心地よく思えてきて、私は自然と微笑み、うっとりとその光景に見入っていた。

そしてふと気がつくと殿下の手が頬にあった。

「……殿下?」

びっくりして一瞬呼吸を忘れてしまう。

けれど何とか頑張って殿下を呼べば、殿下は少し寂しそうな顔をした。

「アンネローゼ」

そしてもう一方の手も私の反対頬に当てる。

そのため顔が固定された私は動けなくなってしまった。

「殿下?」

戸惑いをそのまま音にしたような微かに揺らぐ声で再び殿下を呼ぶ。

月明かりに浮かぶ殿下の顔を見る限りそのまま口づけられる可能性は低そうだと内心安堵しながら(だって緊張してしまうもの)この状況はどういうことだろうとぱちりと瞬けば、

「……君はいつになったら俺のことを名前で呼んでくれるのだろうな」

殿下は寂しそうな顔のままそんなことを言ってきて、私は顔に一気に熱が集まるのを感じた。

殿下の手が触れている頬の辺りがとても熱い。

でもそれが殿下の体温のせいではないことはわかっていた。

「……なまえ」

「そう。知っているだろう?」

「それはもちろんですが…」

殿下は熱くなっている頬をさらにぎゅっと押さえて私の顔を少しだけ上向かせる。

そうすると正面にあの綺麗な顔が見えて、さらに顔が熱くなっていく気がした。

「目を逸らすな」

「ええぇ……」

耐えきれずに目を伏せたのに殿下はそれを許してくれない。

そろりと見上げれば、殿下の顔は先ほどよりも近づいていた。

読了ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ