私だっておかしいなぁとは思っていましたよ!?
「そんなわけで君には明日から俺の部屋の隣で過ごしてもらうわけだが、いいだろうか?」
殿下は俯けていた顔をちらりと上げて私を見る。
まるで捨てられた子犬のような顔だった、と言ったら失礼だろうか。
まあ私も実際に捨てられた子犬を見たことがあるわけではないが。
「いいも悪いも、陛下の指示であるならば断れないでしょう。半月後にはそうなる予定だったのですから、少し早まっただけと思えば」
「……半月後?」
「え?」
頭の中で垂れた犬耳と萎れた尻尾を生やしている殿下を想像しながら言った私の言葉に殿下は首を傾げる。
そこに浮かんでいる表情を言語化するならば「君は何を言っているんだ?」だっただろう。
けれど私はここに来たばかりの頃に『結婚式はひと月半後』と聞いていた。
それから半月以上は経っているから、だいたい半月のはず。
「君はそれに何の疑問も抱かなかったのか?」
「え?」
まだ首を傾げたまま殿下が私に問う。
疑問も何も、そうだと言われていたからそう思っていたのだが。
「一つ聞くが、マリシティではたったのひと月で王太子夫妻の結婚の準備が整うのか?」
「整うわけがないじゃないですか」
再びの殿下の問いかけに、今度は私が「何を言っているんだ」と言わんばかりに答えれば、
「我が国でもそうだ。というかマリシティよりも大国なのだからさらに時間がかかるのが普通だろう」
と殿下は呆れた顔をした。
いや待って、そこで私が呆れ顔をされるのはおかしいんじゃないかしら?
そりゃあ私だって早いなぁとは思っていたわよ?
でもそうだって聞かされたらそうなんだって思うじゃない!
大国だからこそ早々に準備が整うのかと思うじゃない!!
「全く、君は変なところで抜けているな」
私が心の中で反論しつつ何とも言えない顔をしていると、殿下はプッと小さく笑って私の頭をポンポンと撫でた。
「まあそういうわけで明日には移動だ」と言われた翌日。
私はマイラに昨日の件を問い質した。
「ねえ!ここに来たばかりの時に『結婚式はひと月半後だ』って言ったわよね!!?」
「なにを…、そんなの無理に決まっているじゃありませんか」
「アンネローゼ様、そんなに早く殿下とご結婚なさりたかったんですか?」
「ちっがーう!!」
移動のために荷物(といっても私物なんてほとんどないのだけれど)をまとめる手を止めて、殿下と同じような呆れ顔で私を見るマイラと、両手いっぱいにドレスをかかえながら横から茶々を入れてきたリリに笑われるが私は断じて本気だった。
絶対にあの時そう言っていたのを聞いたんだから!!
「………あ」
地団太を踏んでいると、私が書庫から持ってきた本を既読と未読に分別していたエルが思い出したというような声をあげる。
そして「もしかして」と前置きをして私を見た。
「あの、アンネローゼ様」
「なにかしら?」
「まさかとは思いますが、マイラさんと殿下の冗談を本気だとお思いになられました…?」
エルはおずおずといった感じで私とマイラの顔色を交互に伺う。
だが名前を出されたマイラに心当たりはないらしく「どういうこと?」と怪訝な顔でエルを見返していた。
「あの、確かアンネローゼ様を初めてこのお部屋に通した時だったと思うのですが……」
『マイラ、結婚式は最短でいつ頃可能だろう』
『そうですね、我が国の総力を挙げて準備したところで…ひと月半はかかるでしょうね』
『それが最速?』
『ええ』
『そうか、ではすぐに手配をしなくてはならんな』
『ええ、逃がしたくないのならば是非そうなさってくださいませ』
「っていうお話を殿下とマイラさんでなさっていましたよね?」
マイラからの無言のプレッシャーに耐えながらエルは記憶を掘り起こしてなるべく詳しくその時の会話を再現してくれた。
だから私にもすぐにわかった。
「そうそれ、それよ!!」
エルの記憶力に感謝しながら私は力いっぱい頷く。
なのにエルもマイラも、リリさえもが困り切ったような顔でお互いの顔を見ていた。
そう、まるで聖なる夜にプレゼントを配ってくれるというセントルクスを信じ切っている幼い子供にその正体を教えていいのか迷う時のような、そんな顔で。
「あの、アンネローゼ様……」
何をどう通じ合ったのか、今度はリリがおずおずと私に言う。
「それ、マイラさんと殿下の軽口ですよ…?」
「は……?」
「多分二人の関係性を知った今なら同じ会話を聞いてもそんな勘違いはなさらないと思いますが…」
そう言うリリの顔は「誰にでも間違いはありますから、元気出してください?」と言わんばかりだった。
「はははははっ!そのせいで君は勘違いをしていたのか!!」
「笑い事ではありませんわ!!」
その後、今日から隣室(正確には間に夫婦の寝室があるが流石に今から使う予定はない)になった殿下に事の真相を語ったところ、殿下はお腹を抱えてしばらく笑い続けた。
私は恥ずかしいやら悔しいやらで行き場のない気持ちを右手に込めて、それを震え続ける殿下の背中に思いっきり叩きつける。
けれど軍人としても鍛えられている殿下にはなんの痛痒もないようで、それが余計に腹立たしかった。
なお、結局判明した正しい日取りは約半年後だった。
それでも十分早いけれどね!!
読了ありがとうございました。




