表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/80

陛下襲来

結局その日のお茶会は取りやめにして私は早々に自室に引っ込んだ。

ハリスが本を置いていったので部屋でゆっくりと初めから読もうと思ったのだ。

アゼリアは一冊全て読んだのだろうから、もしかしたら読んでいない部分に彼女からのメッセージが隠れているのではと考えたから、というのもある。

しかし、

「うーん、ないなぁ……」

結局一冊読み終わって見てもアゼリアが伝えたかったことは見えてこなかった。

もしかして本当にハリスが邪魔で追い出したかったのだろうか。

そんなことはないだろうと思ったが、理由が見えてこないとそう思ってしまいそうになる。

コンコンコン

「はい?」

突然の叩音に返事というよりは誰何の声を上げて扉を見る。

すでに扉にはマイラが向かっていて何事か話しているようだが、彼女はすぐにこちらに振り向き私を一瞥するとまた扉の向こうの誰かと話し始めた。

ややしてこちらに向かってくる彼女は幾分速足で、らしくないなんて思っていたら。

「へ、陛下がアンネローゼ様に取り次ぎをと仰って、いまその、扉の前に…」

と真っ青な顔で言い、「す、すぐにお支度を!!」とエルとリリに指示を出した。

いくらマイラと言えど突然の陛下襲来には肝を冷やすのだろう。

殿下に対しては小さい頃から面倒を見ていたお陰でそういうことはないようだが。

「アンネローゼ様、お急ぎください!!」

「お着替えと髪結いは同時進行します!!」

なんてことを暢気に考えていたら血相を変えたエルとリリに急かされてしまった。

いけない、私もびっくりしすぎて思考を飛ばしてしまっていたようだわ。

「ええ」

私が頷くと同時に鬼気迫る様子の二人は私を囲み、あっという間に服を着せ髪を結い上げた。

まるで嵐の中に放り込まれたのかと思うような早業だったし、その後のリリの手によるお化粧も一瞬過ぎて何が何だかわからない間に終わってしまっている。

オークリッドの侍女はこれくらいできて当たり前なのだろうか。

私は久々に大国に仕える侍女の実力を目の当たりにした。


「急かしてしまってすまないな」

「いえ、とんでもないことでございます」

体感数秒で済んでしまった支度に目が回ったような状態のままではあるが陛下をお待たせするわけにはいかないと、私の身支度の横で部屋を整えていたマイラが差し出した紅茶で心を落ち着けながら座り慣れたソファに身を沈める。

今は私の自室としてもらっているが、この部屋は元々国外の賓客を王族が持て成す部屋であるため陛下を通すのに何ら問題はない。

ないのだが、私にとっては私室という認識があるため、落ち着く場所のはずなのに本当にこんなところに通していいのだろうかと全く落ち着けないでいた。

「それで、本日はどのような…」

私は引き攣りそうになる頬を叱咤して優雅に微笑む。

いずれは義理の父親になるとはいえ陛下とお会いするのはまだ三回目、緊張しないでいられるわけがない。

陛下もそれを理解してくださっているから、多少の不調法はお目こぼしいただけるはずだ。

それでなくても寛大で心優しい方だというのは先の邂逅で存じ上げている。

だが、だからと言って不調法していい理由にはならないのだから細心の注意を払わなければ。

「そう硬くならずともよい。今日はモンドレー侯爵の件で参ったのだ」

「モンドレー侯爵の?」

優し気に目を細めて笑って話してくださる陛下に少しだけ肩の力を抜く。

ジェラルド殿下の黒髪はお母様譲りだそうで、陛下は茶色に近い濃い金色の髪に殿下よりも薄い緑の瞳だ。

すっきりとしたお顔立ちだが目尻が下がっているため柔和な印象で、実際もその印象そのままよりはひと癖あるが、概ね印象通りと言っていい穏やかな性情をしていらっしゃる。

よくマイラが「お父様に似たのは瞳の色と輪郭と背の高さくらいで、その他はほぼお母様譲りでいらっしゃいますよ」と殿下のことを話しているが、こうして見るとなるほどあまり似てはいない。

それでもなんとなく親子だと感じさせる雰囲気があった。

「うむ。姫には先日侯爵の愚挙を止めてもらったが、昨日改めて侯爵に何故あんなことをしたのかと事情を訊ねたのだ。すると『それを説明するには姫の許しが必要だ』と言うのでな」

ほわあああああっ!!!

声には出せないが、私は笑顔のまま心の中で盛大に叫んだ。

侯爵ったら陛下に何言ってくれちゃってんのよ!!?とも叫びたかった。

お陰で冷や汗が流れそうだし、頬は微かに引き攣っている。

「面白くてつい『話さぬのならばその首刎ねようか』と言ってみたら『姫に救っていただいた命ゆえ、他のことならいざ知らず姫のためであるならば喜んで差し出しましょう』などと言うものでなぁ」

はっはっはっ、と実に楽し気に陛下は笑っていらっしゃる。

しかし私は生きた心地がしなかった。

というかモンドレー侯爵家の罪を晴らすために奮闘したのは殿下であって私ではない。

何故侯爵は私を引き合いに出したのか。

「えっと、あの…」

「ああ、よい。そうまで言われては私も無理に聞くまいと思ってな、別に姫にその許可を取りに来たわけではないのだ」

私の狼狽を見て陛下は軽く首を振って私の懸念は杞憂だと示す。

それにホッとしながら、では何故ここへ?と疑問が一周回って戻ってきたところで、

「ただ、あの堅物で選り好みの激しいモンドレー侯爵がそこまで姫に入れ上げた理由を確かめたくなっただけだ」

陛下はにやりと少しだけ意地わるそうな顔で私を見た。

「は………」

一瞬にして真っ白になった頭で、陛下のそのお顔だけはとても殿下にそっくりだなと埒もないことを考えた。

読了ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ