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私の未来の旦那様は最高な人でした

「侯爵、一度落ち着こう」

「私は落ち着いておりますよ」

「俺は全く落ち着いていない」

殿下が目元に手を当てて天を仰ぐ。

ここに来て色々な情報が一気に発覚して私も頭が追い付いていないから殿下の気持ちはよくわかる。

今の私たちに最も必要なものは考える時間だろう。

「…今日はもう解散しましょう。それぞれ今日知り得たことを自分の中に落とし込む時間が必要だと思いますわ」

「ああ、そうだな…」

私は思い切って各々で情報を整理することを提案した。

このままここで話し合うより、自分の中で情報を整理して考えて、改めて意見を持ち寄ろうと。

口を開いたのは殿下だけだったが、他の三人も頷きを返してくれた。

「そうですな。身辺整理も進めねば…」

「侯爵」

ただ侯爵だけはもう身の振り方は決まっているのだからここで話していてもしょうがないというような悟った顔をしていて、殿下が咎めるように呼ぶ。

けれど彼は穏やかに微笑むと、

「殿下、これはもう覆せない決定事項です。決まりを曲げてはいけません」

むしろ殿下を幼子に言い聞かせるように諭すと静かにその場から立ち去った。

アゼリアはその背を追えず、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。


「アンネローゼ、今少しいいだろうか」

その夜、ノックの音と共に聞こえた声は殿下のもので、私はすぐに扉を開けて殿下を招いた。

「夜分にすまない」

「いえ、私も殿下とお話ししたいと思っていたので」

どうぞとソファを勧め、急いで紅茶の準備をしようとしたが「いいからこっちへ」と殿下に招かれたので私もその隣に腰掛けた。

そして少しの間沈黙が降りる。

話したいこと、話さなければならないことはたくさんあるのに、あり過ぎてどれから話せばいいのかわからなかった。

「……とりあえず、侯爵は死罪にはならない。させない」

「え…」

殿下の声にいつの間にか俯けていた顔を上げる。

そうして間近で見た殿下の顔には疲労が色濃く滲んでいた。

「あれから調べたんだ。時戻しの短剣と騎士のやり直し物語と王国史と。けれどやはりどこにも『第二王女が誘拐され、その後国宝である時戻しの短剣を授けられた騎士が王女を救出し娶った』という記録はなかった」

私はその言葉に顔が歪んでしまったのがわかった。

きっと殿下はあの後すぐから今までずっとそのことを調べていたのだ。

侯爵を死なせないために。

けれど成果は出ていない。

出なければ、殿下がどういうお考えであっても侯爵は…。

「だが」

殿下はそこでいたずらっ子のようににやりと笑う。

「第二王女が騎士に嫁いだという記載があった王国史に、『第二王女が不在』という記載と、その時の国王が『騎士に国宝を託した』という記載はあったんだ」

私はすぐにその言葉が意味するところがわかった。

「それでは…!!」

「ああ、王女不在の理由がなんでもいい、その騎士が誰でもいい、その国宝がどれでもいい。それを『王女が誘拐された際に、後に夫となる騎士が時戻しの短剣を受け取った描写だということがわかったのだ』ということにすればいいんだ」

つまりそれがまさにその描写であれ全く違う出来事であれ、殿下が『そういうこと』にすればいいのだ。

王国史に記載されている事実を繋ぎ合わせられたその内容に当然虚偽はない。

不確かな歴史は点在する『事実』という点と点を結んで線にすることで仮説を立て、それが『真実』かどうか確かめるための点をさらに集めることで明かされていくものだと私は思う。

殿下は王国史に載っている事実から仮説を立てただけに過ぎない。

実際は真実から無理やり点を探したのだが、あの場にいなかった人間にそれがわかることはなくて、ならば導き出された答えが一緒であるならその過程の順番は入れ替わっても大差ないはずだ。

『アゼリアの話を聞いた殿下が調べた』という順番が『殿下が立てた仮説をアゼリアが立証した』という順番に変わっても『騎士のやり直し物語が事実だった』という真実は変わらないのだから。

それで人一人の、侯爵の命が助かるなら、問題などなにもないではないか。

「殿下!!」

私は感激して殿下に抱きついた。

まだ出会って間もないものの好感を持っている侯爵の死を避けられたことはもちろん喜ばしいが、それよりも自分が愛した人が一人の臣下を失わないためにここまで手を尽くしてくれるような人間であったことが何より嬉しかった。

「ははは、惚れ直したか?」

「はい!!それはもう!!」

殿下の軽口にもいつもなら反論するところだが、今は素直に認めよう。

私が愛した人は最高の王太子で、最高の伴侶になる人だ。

そんな思いを込めてさらに強く殿下に抱きついたのだが、殿下は抱き返してこない。

「……殿下?」

不審に思って顔を上げれば、

「……お前、それはズルいだろ」

殿下は赤くなった顔を隠すように口元を右手で覆っていた。

私はきょとんとしてしまったが、よくよく自分の行動を考えてみて、数拍後には慌てて殿下から離れた。

無意識とは恐ろしいと痛感したその顔は殿下の何倍も赤くなっていたと思う。

先ほどまでの盛り上がりが嘘のように、室内には再び沈黙が降りていた。

読了ありがとうございました。

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