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さてお灸を…なのにどうしてこうなった

イヴですがメリクリです。

クリスマスらしい話ではないですが。

さて、ミンディに失敗したと理解はしてもらったが、私にはまだやらなければならないことがある。

「ところでその噂を流した方ですが、ご本人はわかっているのでしょうか」

「……え?」

その本人ことミンディとメアリーの前で私はこれ見よがしに深いため息を吐き、何かを気に掛けるように頬に手を当てる。

ミンディは視線だけをこちらへ寄こしたが、メアリーは予想外の展開にまだ頭が追い付いていないのか戸惑った声を上げながら私とミンディを交互に見ていた。

「仮にジェラルド殿下が他国でそんなことをしていたという話が事実だとしたら、オークリッドの信用が地に落ちて皆様が今の暮らしを保っていくことなどできなくなるというのに」

「えっ!?」

「ど、どういうことですの!?」

そして恐らくこちらも理解していないだろうメルティは驚愕に目を見開き、落ち着きを取り戻していないメアリーと2人身を乗り出してくる。

その反応はどう見てもこの話を聞いただけの人物の反応ではないと思うのだが。

ちらりと見ればアゼリアはまた肩を竦めていた。

「あら、簡単なことですわ。小国である我が祖国でそんな身勝手且つ傍若無人な振る舞いをするような大国の王太子殿下を見た周辺諸国がどう思うか、考えてみてもくださいな。次は我が国かと思えば関わりたい相手ではございませんし、大国故に小国を侮るような方とは付き合いたくもないでしょう。ましてその方が王太子、つまり後の国王であると思えばなおさらです」

私がそう言えば2人は目を見開く。

「さて、そうなればオークリッドはどうなるでしょう?大きな国ですから自国だけでも十分豊かに暮らしていけるでしょうが、他国から輸入していたものはどんどん希少になるでしょうね。例えば宝石、布地、果物などは手に入らなくなりますし、輸出で潤っていた方はどうにか国内でそれらを捌かなければいけなくなります。必然それらの商品は国内に溢れ、値崩れが起きた場合には最終的な利益など僅かにあるかどうかです」

「そんな…!?」

「いやぁっ!」

続く言葉にとうとう2人は顔を青褪めさせる。

ちなみにメルティの方は知らないが、メアリーの家の主な財源は領地で取れる葡萄を使った高級ワインで、その主な商売相手は他国である。

自分の流した噂で自分の暮らしを脅かしていると伝えるためにこっち方面の話をしたが、効果が覿面で何よりだ。

「でもご安心なさって?申し上げました通りこれはただのくだらない噂話でしかございません。今すぐに終息を図ればそんなことにはならないでしょう」

そろそろいいかと私がにっこり笑って矛を収めれば、メアリーは「そ、そうですわよね!!」と笑顔を見せる。

今ならまだ間に合うと、そう思っているのだろう。

だが残念ながら間に合うことはない。

「もちろんですわ。ですが、その噂の出所となった方はそういうわけにはいきませんね」

「な、何故ですの!?」

何故って、そりゃあ、

「当然でしょう?何も考えずに勝手な噂を流して国を危機に陥れるところだった愚か者を、どうして放っておけます?」

私が間に合わせないからだ。

さらににっこりと笑みを浮かべる私にメアリーが縋るような目を向けたが、私は無視して視線を転じる。

そしてそこに凛とした表情で静かに立っている美しき親友に告げた。

「あらマリー様、ご用事は済みまして?」

「ええ、ローゼ様のお陰で」

マリー様が答えると同時にメアリーとミンディがものすごい勢いで後ろを振り向き、そこにいるマリー様に驚いている。

ミンディは声こそ出さなかったものの、口は「何故ここに」と動いてしまっていた。

「マリー様のお役に立てて嬉しいわ」

それを視界の端に収めつつ、今度は2階の窓に目を向ける。

そこはお茶会開始前まで私が、先ほどまではマリー様が潜んでいた部屋で、今は殿下とマイラがおり、殿下は私と目が合うとこっくりと頷いてくれた。

そして殿下が踵を返し部屋を出て行くのが見えると、それに合わせたように「メアリー!!」と叫ぶ男の声が横から聞こえた。

「お、お父様!?」

それは予想通り、そして予定通りメアリーの父であるモンドレー侯爵で、自分の父の顔を見たメアリーは「ひっ」と息を呑む。

「お前は一体、何を考えているんだ!!」

「あ、ああ、の、おと」

「お前はもう少しで我が家ばかりか国にまで迷惑をかけるところだったのだぞ!?わかっているのか!!?」

せっかく私は濁してあげたのに、侯爵は完全にメアリーの非を認めて娘を責め立てている。

すでにマリー様と殿下から事の顛末は伝えてもらっているのだが、それは私にとって予想外の光景で、てっきり娘可愛さに私を攻撃してくるだろうと構えていた心の置き場がなくなった気分だ。

メアリーはすでに半泣きだし、メルティは侯爵の剣幕に押されてガタガタ震えているし、ミンディは青褪めたまま下を向いている。

アゼリアだけは少し離れたところで我関せずと言った顔だ。

どうやら彼女は他の2人のメアリーの取り巻きとは立場が違うらしい。

「アゼリア!お前がついていながら何故止めなかった!?」

そう思っていると侯爵はアゼリアに厳しい目を向ける。

その言葉からもしかしてと思っていると、

「止めましたよ。けれど聞く耳を持っていただけませんでした」

「それでも止めんか!何のためのお目付け役だ!」

やはりと言うべきか、アゼリアはメアリーの暴走を止めるために侯爵が付けた見張りだったようだ。

おかしいと思ったよ。

「申し訳ございません。しかし最悪を防ぐだけの手立てはいたしました。それに個人的にちょっと気になっていたこともございまして」

アゼリアは怒れる侯爵に頭を下げつつちらりと私を見た。

「気になっていたこと、だと?」

「はい、賢姫と名高いアンネローゼ様がこの問題をどう対処なさるのか、この目で見てみたかったのです」

「……はぁ!?」

そしてにやりと笑うとそんなことを言い出して、私はつい声を上げてしまった。

というかそれが本当なら、そんなことのために国を危機に陥れるのはやめてほしい。

「ああ、すみません、悪意があってのことではないのです。先ほども申しました通り一応大事にはならないよう手は打っておりましたし。だからお怒りをお収めくださいませ」

私の顔を見て笑みを苦笑に変えたアゼリアは顔を上げると胸の前で両手を振る。

確かに彼女から悪意は感じていなかったが、悪意がなければいいというものでもない。

「…なるほどな」

しかし侯爵はアゼリアの意見を支持するように頷く。

いや、なるほどじゃないし、今こそ怒ってくれないかな。

一介の伯爵令嬢が未来の王太子妃を試すような真似をするなんて、それこそ問題だろう。

「して、結果は?」

それなのに侯爵はむしろ怒りを消してアゼリアの私見を問う。

随分と彼女のことを買っているようだ。

「はい、噂に違わぬ方かと。けれど噂よりは随分と甘い方のようです」

「そうなのか?」

「ええ、私なら今回の件、発覚次第殿下にお伝えして一切の容赦なく侯爵家もろともメアリー様を追い落としますわ」

「まあ、そうだろうな」

いや怖いわ。

突然始まったアゼリアと侯爵の話は容赦がないとかそういうこともだけれど、2人とも何の感情もなくそれを事実として淡々と語るところが怖い。

友情とか愛娘への愛情とか、そう言った斟酌が何もないのだ。

それを聞かされたメアリーなど涙を流しながら信じられないという顔でアゼリアを見つめている。

なるほど、こちらはちゃんとアゼリアに友情を感じていたのか。

なんとなくメルティがメアリーを慕っている理由がわかった気がする。

良くも悪くもメアリーは真っ直ぐなのだ、どこまでも。

「ですがアンネローゼ様はこのような私的な場で遠回しに、けれど懇切丁寧にメアリー様を諭しました。まあお咎めなしにとはなさらないつもりだったようですが、しかしこれで解決してしまえばアンネローゼ様は甘い方だと周りから舐められていたでしょう」

アゼリアは再び私をちらりと見る。

「恐らくご本人もそれはわかっていたはず。それでもその方法を選ばれる辺りが甘過ぎて優し過ぎて……、私はとても好感を持ちましたわ」

そして今まで見せたことのない綺麗な笑みを私に向けた。

「この国にとってモンドレー侯爵家が如何に重要かを理解しつつ、しかし国の危機はしっかりと防ぐ。そんな方なら王太子妃としても王妃としても問題ないかと」

「そうか」

私が彼女の表情の変化に呆気に取られていると、侯爵は目を瞑り、ゆっくりと開いて私に身体を向ける。

そこにあったのは国の要人でありながら、それでも先ほどまでとは異なる、大事な愛娘を慈しむ父親の顔だった。

「アンネローゼ様、この度は我が娘が多大なるご迷惑をお掛けし、大変申し訳ございませんでした」

「私も勝手に人柄を試すような真似をして大変申し訳ございませんでした」

2人は言うや否や揃って私に頭を下げる。

アゼリアはともかく侯爵が深々と頭を下げたことに対し、周囲からはざわめきが起きた。

「しかし我がモンドレー侯爵家は今後御身を裏切ることなく忠実に仕えることをここに誓いましょう」

「イツアーク伯爵家も、そして何より私個人も終生アンネローゼ様にお仕えすることを誓います」

「あら、それでしたらライスター公爵家もですわ。友人として臣下として、これからも大恩あるローゼ様のお傍に在ることをお許しくださいませ」

「え、えええっ!?」

ちょっと待て、どうして突然そうなった。

傅く3人を前に、先ほどまでは確かに場の主導権を握っていたはずの私の頭に浮かんだ言葉はこれだった。

読了ありがとうございました。

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