承諾されました
週1連載ですが、2だけ早めに上げます。
「……はい!?」
「よし」
彼にそのまま右手を取られた時、私は頭の中の靄が晴れたように一気に正気に戻った。
しかしすでに時遅く、彼は私を伴って国王陛下の前に進み出る。
「あ、あの!?」
私はなんとかしなければと彼に声を掛けるが、彼がそれに答えるよりも早く陛下がこちらに気づいてしまった。
私の婚約破棄は会場の隅で行われていたため、陛下は何が起きていたのか気がついておらず、息子の婚約者が隣国の王太子にエスコートされて自分に向かってくるのを驚いた顔で見ていた。
「ジェ、ジェラルド殿下、いかがなされました?どうしてその、我が愚息の婚約者と…?」
マリシティ国の国王とはいえこちらは小国、比べるべくもない大国オークリッドの王太子に対して、陛下は正しく自分が下だという態度で接する。
そしてそれが当然と受け止めたジェラルド殿下は流れるような動きで私の腰に手を添えると、躊躇うことなく陛下に事の顛末を説明した。
「先ほどファビアン殿が彼女との婚約破棄を宣言した。そのため私は彼女に求婚し、それに対し了承をもらった。従って近い将来彼女は私の妃となる」
「はっ!?」
事実を並べただけの簡潔過ぎる説明は、しかし誤解しようもなく、陛下は目と口を大きく開くと自身の息子を探した。
「ファ、ファビアンはどこにいる!?急ぎ連れて参れ!!」
「はっ!」
近くにいた騎士に命じると、程なくその騎士は命令通りカミラを伴ったファビアン殿下を連れて戻ってくる。
殿下の取り繕えないほどに焦った顔を見て、彼は自分の行いに対して疚しい思いがあるらしいことがその場にいた多くの者に伝わった。
「ファビアン殿下をお連れしました」
「……ファビアン、参りました」
騎士は陛下に一礼するとすぐに元の位置に戻り、その場に残された殿下は陛下に向かい膝をつく。
カミラも所在なさげな様子で殿下の後方に跪く。
「ファビアン、お前は、なんということをしてくれたのだ…!!」
陛下はファビアン殿下に速足で近づくと、言葉と共にパンッと小気味のいい音を立ててその頬を張った。
「ぐあっ!?」
「きゃあっ!」
予想外の衝撃に殿下は呻きながらよろけ、次いで信じられないと言わんばかりの顔で陛下の顔を見る。
だが見上げたその顔が怒りに染まっているのを見て肩を揺らした。
「お前は自分が一体何をしたのか、わかっているのか!!」
陛下は普段の穏やかさが嘘のように殿下に厳しい言葉を浴びせる。
そんな姿を見るのは初めてで、私もカミラも、周りにいた大臣たちや騎士たちも、会場にいた誰も彼もが驚いた顔をしていた。
ただ一人ジェラルド殿下だけがつまらなそうにそれを見ている。
「アンネローゼとの婚約は私が打診したものだ!渋っていたアリンガム侯爵を何とか説き伏せて漸く了承されたものを」
「なっ!?そんな馬鹿な」
怒りに顔を赤くする陛下の言葉をファビアン殿下が遮る。
余程驚いたのだろう、父親とはいえ陛下相手に不敬だと思う間もなく口にしてしまったらしい。
「何が馬鹿なものか!!お前が凡庸であったから10歳ながらに才女と名高かったアンネローゼを王家に招いたというのに、お前はそれから6年の間に何も成長しなかったばかりか、他の女にうつつを抜かし、あまつさえ勝手に婚約破棄をしただと!?この愚か者が!!」
陛下は沸き上がる怒りを抑えようと肩で息をしながら、それでも抑えきれない苛立ちを全て言葉に乗せて殿下を詰る。
後ろにいるカミラはすでに顔面蒼白で、まるでこれから処刑されるかのようだった。
「し、しかし、アンネローゼはカミラを虐げていました!!いくら才女でもそのような女はこの国の王妃に相応しくありません!」
だが後ろに目があるわけではない殿下は彼女の様子には気づかず、陛下に反論した。
その瞬間、カミラは顔に絶望を浮かべ、大臣たちは天を仰ぐ。
何故火に油を注ぐようなことを言うのかと。
「……お前はその瞬間を見たのか?」
けれど陛下はそれまでの厳しい語気を和らげ、静かに殿下に問う。
それを好機と見た殿下は許可も得ないまま立ち上がり、後ろ手でカミラを示しながら言葉を継いだ。
「いえ、ですがカミラからはずっと訴えられておりました。アンネローゼに心無い言葉を言われたり、茶会で冷遇されたり、時には扇でぶたれることもあったと!」
そうだよな、とカミラを振り返った殿下は、しかしカミラの顔を見て固まる。
彼女は「止めて、言わないで」と言葉にしないものの、必死に目で訴えていたからだ。
「…カミラ?」
殿下は恐る恐るその名を呼ぶ。
だが呼ばれたカミラは跪いたままジリジリと後退していった。
「ファビアンよ、お前は当然、その件について調べたのだな?」
殿下がどうしたと訝しみを込めてカミラを見ていると、陛下が再び静かな声で問う。
「は……」
「調べた、のだよな?」
そこで殿下は漸くそこに含まれた怒気に気がついたようだ。
それは先ほどの厳しい声の時よりも数倍に多い。
しかもすぐに返答しないことで、殿下が男爵令嬢のカミラの証言を鵜呑みにして確たる調査もなく侯爵令嬢である私を糾弾していたことが陛下に伝わった。
「……私は随分とお前を過大に評価していたらしい」
陛下は悲し気に目を伏せ、ずっと放っておかれた私を見る。
「アンネローゼよ、すまなかった。国のためとはいえこんな愚か者のためにお前の時間を無駄にさせてしまった」
そして陛下は私に頭を下げた。
これにはジェラルド殿下も多少は驚いたらしく、僅かに目を見開いた。
だが私はそれをゆっくり見ている場合ではない。
自国の王に頭を下げさせる侯爵令嬢がどこにいる。
「へ、陛下!どうかお顔をお上げください!!」
こんなことは前代未聞で、さしものファビアン殿下も顔を青褪めさせている。
「いや、これはこの国の王としてではなく、そなたを不肖の息子の婚約者にしてしまった父親としての謝罪だ。どうか受け入れてほしい」
ましてその原因が自分だとはっきり言われてしまえば立つ瀬がなかった。
「う、受け入れます!!受け入れますから、どうか、お顔を」
「……すまない。私の気は済まないが、これ以上下げてもそなたの迷惑だな」
陛下は酷く悲しそうな顔で私を見て、一度瞑目するとジェラルド殿下に向き直った。
「ジェラルド殿下。こんな茶番に長々と付き合わせてしまい申し訳ございません。何故アンネローゼを娶ろうと思われたのか、詳しくはお聞きしますまい。しかしこの通り彼女はここにいる愚か者のせいで不当な扱いを受けた身です。叶うならば小国の令嬢ではなく、王太子妃として正しく扱われるようお取り計らいくださいますようお願い申し上げます」
「…勿論だ」
陛下はジェラルド殿下が了承を返したことにほっと目元を緩ませると、深く頭を下げる。
だが、ややして顔を上げた時にはその目に慈悲は残っていなかったように見えた。
「ありがとうございます。こちらにいる愚か者には彼女に不当な恨みを持って害さないよう処理をいたします。また、元凶となりましたそちらの男爵令嬢についても厳罰を科しますので処遇は当国にお任せください」
言いながら陛下は厳しい目で再びファビアン殿下とカミラを見る。
全くの偶然だが、これでカミラが殿下から離れれば、彼女の得た情報によってマリシティ国がガルディアナ国に滅ぼされる未来はなくなったかもしれない。
陛下のお陰で今までの人生の敵は取ったようなものだし、今回はまだ酷い目に遭っていないので、この国が攻め込まれるかもしれない不安が減ってよかったと思う。
私がほっと胸を撫で下ろしていると、隣から、つまりジェラルド殿下から思いもかけない言葉が聞こえた。
「ああ、そういえばその女はガルディアナ国の間者だったな。この国のために徹底的に調べ上げた方がいいだろう」
「なっ、なんですと!?」
当然陛下は驚き、カミラの方を振り返る。
同時に殿下も振り返ったところでカミラが走り去ろうとする背が見えた。
「逃がすか!」
「ぐっ…!!」
しかし当然ながら国王と王太子が2人もいるこの場は大勢の騎士が囲っており、カミラは呆気なく捕まった。
それを見届けて私は視線をジェラルド殿下へと戻す。
私は1度目の人生で聞いたからこそ知っていたが、何故彼はカミラがガルディアナ国の間者だと知っていたのだろう。
「なんだ?」
「い、いえ…」
しかしそれを今問うのは何か違う気がして、私は殿下から向けられた水を弾いた。
けれどタイミングを逸してしまった問いを発する機会はそれから暫く訪れなかった。
読了ありがとうございました。
何故私の小説の登場人物は暴力的な意味で手が早いのか…。