お友達ができました
「いやー、どうなることかと思いましたが、無事に解決してなによりです~」
翌日、私が殿下とちゃんと話し合って、その際に再度求婚をされてそれを本心から受け入れられたと伝えると、リリは「よかった」と言うとへたりと床に座り込んで泣き笑いのような笑顔で祝福してくれた。
紅茶を入れていたマイラもほっとしたような顔でこちらを見ている。
「殿下の遅すぎる初恋には侍女一同ヤキモキしていまして、強引に連れて来たのかと勘違いした時には育て方を間違えたのではとマイラさんなんか危うく殿下を殴り飛ばしそうになってま」
「リリ?」
「……と、とにかく!!これで何の憂いもなくアンネローゼ様をお迎え出来ます~」
リリの不用意な一言で一瞬部屋の空気が凍りついたが、とりあえず「ありがとう、リリ」と礼を言いながらマイラに苦笑を向ければ、彼女も苦笑いしながら肩を竦めて見せる。
私付きの3人の侍女の中で一番年嵩のマイラは元々伯爵家の三女で、15歳で王城に来て最初の仕事が生まれたばかりのジェラルド殿下のお世話係だったらしく、殿下にとっては母親代わりと言っても過言ではない存在だ。
当然殿下の信頼も厚く侍女の中でも地位が高い。
そしてなにより、殿下が逆らえない相手でもある。
だからこそのリリの言葉だが、言っていい場合かどうかは考えようね。
そんなリリはまだ16歳で私とは一番年が近いけれどマイラにとっては娘のようで、エルにとっては手のかかる妹のように扱われている。
間にいるエルは正にお姉さん然としていて、私まで姉のように感じてつい頼ってしまう26歳の素敵な女性だ。
「そういえばアンネローゼ様が国から連れてくる予定だった侍女の方たちに断りの手紙を出されたとリチャード様からお聞きしましたが、本当ですか?」
「ええ、本当よ」
今日は休暇日であるエルは今頃何をしているだろうかと思っていると、マイラから今朝がた出した手紙のことを聞かれたので頷きを返す。
元々遅れて到着することになっていた私の侍女がこちらに来るのはもう半月ほど後になる予定だったが、3人と良好な関係を築けたお陰で今のままでも問題なさそうだと思ったのだ。
それであれば家族がマリシティにいる人たちに祖国を離れてまで私の世話をしろと言う必要はない。
リリとエルとマイラの3人がいれば十分どころかお釣りが来てしまう。
「ですが、ご実家と連絡を取る時などお困りでは?」
マイラは遠慮がちにだが私に進言してくる。
きっと実家であるアリンガム侯爵家との縁繋ぎのためには数人マリシティの人間がいた方がいいと、純粋に私のために言ってくれているのだが。
「必要ないわ」
私はきっぱりとそれを否定した。
思いの外強くなってしまったその語気にマイラもリリも目を丸くしている。
気遣いを無下にした上に驚かせてしまったことに申し訳なさを感じたが、私があの家に連絡をすることはもう二度とないだろう。
それは一度目の人生で私を見捨てたことをずっと根に持っていたからであり、そしていつかの人生で心を病んだ私を軟禁していたことを思い出したからだ。
どちらの生でも厳格な父は侯爵家の恥となった私を許さなかったし、母もそれに同調したのだろうことは感じていた。
婚約者に裏切られた私にとって、心に深い傷を負っていた私にとって、それがどれほど辛いことだったか。
その時の自分の気持ちを思えば、あの家との繋がりなどむしろ捨てたいものに思えていた。
「婚約破棄をされた時は捨てようとしたくせに、大国に嫁ぐことが決まった瞬間手のひらを返すような人間を私は親とは呼びたくないから」
婚約破棄の場にいた父がファビアン殿下の言葉に激昂していたのは前から知っていた。
それが娘を蔑ろにされたからではなく、理由はなんであれ家名に泥を塗った私に対する怒りからだということもわかっている。
そして今回に限りその顔から怒りが消え、代わりに得意げな表情が浮かんでいたのを見てしまった。
自分の娘が大国の王太子の目に適ったと、それは自分の手柄だと誇示するように。
「あの人たちにとって私は『娘』などではなく、どこまでの自分の『駒』だったのよ」
わかっていたことではあったがあの場で改めて突きつけられたその現実に、私はあの家を完全に捨てることを決意したのだ。
最大の役割を果たしたと思った駒が手の届かない高みに上り、その頸木から逃れる様を見て精々悔しがればいい。
「だからむしろいらないの。あの家に繋がる人間なんて」
「アンネローゼ様…」
この話はこれで終わりだと伝えるように笑みを向ければ、リリは悲しげな顔でエプロンを掴み、マイラは悼むように小さく私の名前を呼んだ。
優しい私の侍女たち。
彼女たちがいてくれるなら、やはり他の侍女など必要ない。
私は気分を変えようと借りていた本を持って図書室へと足を向けた。
それからは穏やかな日々が続いた。
殿下は僅かな時間でも合間を見ては私の下を訪れてくれたし、そうでない時は3人の侍女が私の相手をしてくれた。
結婚式の準備も順調に進み、大国の王太子の結婚式だというのにもう1ヶ月もしないうちに式を挙げるという話になっている。
それは殿下の気が変わらないうちにということもあったようだが、当の殿下がめちゃくちゃ乗り気だからというせいでもあるそうで、本来婚約者になった私のお披露目のために集うはずだったオークリッド国の貴族は、結婚式にと変わってしまったそれの準備のために大忙しのようだ。
そんな話をお茶の席で聞いた私は申し訳ないと思うと同時に、殿下に望まれているということが嬉しくて仕方がない。
それに私にオークリッド国の貴族令嬢の友人ができたことも私が喜んでいることの一つだった。
「アンネローゼ様、マルグリット・ライスター公爵令嬢様がお見えになっています」
「お通しして」
その友人というのが今訪ねてきたマルグリット様、愛称マリー様だ。
彼女はジェラルド殿下の元婚約者の令嬢でもある。
「ローゼ様、マルグリット・ライスターが参りました」
「マリー様、お待ちしておりましたわ」
「と言っても昨日お会いしたばかりですけれどね」
「あら、マリー様でしたらいつでも大歓迎ですよ?」
マリー様と貴族式の挨拶を済ませると、お互いにすぐに砕けた口調で話し始める。
彼女とは知り合って間もないが、すでに気の置けない間柄となっていた。
彼女との出会いは一週間前。
土下座せんばかりの勢いの彼女がジェラルド殿下にお詫びとお礼を言いに来た時だった。
『ジェラルド殿下、ご婚約おめでとうございます』
『おめでとうございます』
マリー様は彼女の父親であるライスター公爵と共に王城を訪れたのだが、何の因果か私もそこに居合わせたのだ。
マリー様自身は望んでの婚約破棄だっただろうが、父親としては不服だっただろう公爵はきっと殿下に対し不満を持っているはず。
そう思って身を固くしていた私に公爵はにっこりと微笑むと、『嫁いできてくださってありがとうございます』と言って私に頭を下げた。
彼は私の父とは違い、心から娘の婚約破棄を喜べる人だったのだ。
『殿下、今まで娘を大切に扱ってくださり、ありがとうございました』
公爵は次いで殿下にも頭を下げた。
順番が逆ではと思ったが、それが公爵からの私に対する気遣いだと遅れて気づく。
殿下はわかっていたようで、鷹揚に頷くとマリー様を見た。
『ようやく君を解放できた。すまなかったな』
そして殿下もまた頭を下げたのだ。
『そんな!?おやめください!!これは私の我が儘でしたのに!!』
当然マリー様は慌てていたが、殿下は『いや』と首を振ると、
『私はずっと、長い間君を解放してあげられなかった。今回それが叶ったことが嬉しい』
と言って穏やかに微笑んだ。
憑き物が落ちたようなそれはきっと、今までの8回分の人生の懺悔だ。
マリー様は知らなくても、殿下はずっとマリー様に申し訳なく思っていたに違いない。
驚くマリー様と公爵を前に殿下は私を手招くと、
『ここにいるアンネローゼにはまだ我が国に懇意にしている令嬢がいなくてな。できれば君がこの国での彼女の初めての友人になってくれればありがたい』
と言って私をマリー様の方に軽く押し出した。
予定になかったことに私も彼女もさらに驚いたが、目が合うとどちらともなく笑い合い、その日私と彼女は友人になった。
読了ありがとうございました。




