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求婚されました

のんびり連載ですが、よろしくお願いします。

「お前との婚約を破棄する!」

目の前に立つ自分の婚約者が、見知った男爵令嬢を伴って私に婚約破棄を突き付ける。

婚約者の腕に縋りつくようにしているその令嬢の顔は勝ち誇ったように歪んでいた。

「承知いたしました。では」

だがこうなることを私はすでに知っていた。

何故ならこれがもう4回目だからである。


今、私の身には不思議なことが起きている。

人生を終えると、何故かこの婚約破棄の場面に戻って来るのだ。

1度目に婚約破棄を突き付けられた時はわけがわからなくて婚約者であるこのマリシティ国王太子ファビアン殿下に無実を訴えた。

しかし取り合ってもらえず、私は兵士に連れられて牢屋に入れられた。

その後解放されたものの国外追放にするとの命で、着の身着のままの恰好で国境に捨てられた。

そこはジャスパルという、マリシティよりも小さな国だった。

数年前にガルディアナという国と戦争をし、属国となることで存続を許された、本当に小さく、貧しい国。

けれど反対隣りのベナン国に捨てられなかっただけ有難いのかもしれない。

ベナンには犯罪者や無法者が住み着く一角があり、私のような若い女性は絶対に近寄ってはいけないと言われてきた。

だからと言ってファビアン殿下に感謝はしないが、なんとかここで生き延びようと、私は顔を上げてジャスパル国の門を潜った。

それから5年後、あの時ファビアン殿下の横にいたカミラという男爵令嬢が実はガルディアナ国の間者で、彼女から齎された情報によりマリシティ国は滅ぼされた。

その報せをジャスパルの食堂で聞いて、ざまあみろと思わなかったといったら嘘になる。

けれど正直、その頃にはマリシティでのことなどどうでもよくなっていた。

一生懸命働かなきゃ食べていけないけれど自由な時間があって、なにより自分が好きなものを好きと言い、嫌いなものを嫌いだと言える環境が心地よかった。

しかしそんな幸せも10年と続かず、私は30歳を目前にしてある男のせいで死んだ。


「お前との婚約を破棄する!」

なのにふと気がつけば目の前には戦争で死んだはずのファビアン殿下と、その戦争の引き金となる情報を与えたカミラが立っていて、あの日と同じように私に婚約破棄を突き付けていた。

「そんな、どうして…」

辺りを見回してみても、やはり記憶の奥底にあるマリシティ国王城の大広間であることに間違いない。

この日まで何度も訪れた場所だ、たとえ遠い記憶でも忘れはしなかった。

「アンネローゼ、お前はここにいるカミラに対し、大層な嫌がらせをしていたそうだな!」

ファビアン殿下があの日と同じ、身に覚えのないことで責め立ててくる。

だがそんなことより、視界を掠めた自身の姿に驚いた。

「どうして、若返ってるの?」

思わず言葉が零れる。

幸いなことにそれは意図したものではなかったせいか大きな音にはならず、私の口内でしか響かなかった。

一瞬また冤罪を掛けられると絶望しかけたが、すぐにこれはチャンスなのではと思った。

前回は牢に入れられ、体力や気力が落ちた状態でジャスパルに放り出されたため、安住の地を見つけるまではもの凄く苦労した。

しかし今、自分の意志でここを出てジャスパルへ向かえば、もっと自由に色々なことができるのではないか。

「ファビアン殿下、彼女の言っていることについて一切の心当たりはございませんが、それはそれとして婚約破棄に関しては承知いたしました。殿下はきっと私が国外に行くことを望まれるでしょうから、私はこの後すぐに旅立ちます」

なら迷う必要はない。

むしろさっさと出発せねば殿下の思い付きで捕らえられかねない。

私は一礼して踵を返すと、「お連れ致します」と声を掛けてくれた衛兵に「自分で歩いていきますから大丈夫です」と断りを入れ、さっさと大広間を出た。

その後その衛兵は「馬車の手配を」など私に気を遣ってくれたが家に帰れば面倒なことが目白押しであると容易に推測できたので、私はそのまま城を出て一路ジャスパルを目指した。

歩き出して間もなく運よくジャスパルへ向かうという旅の一座の馬車に乗せてもらうことができ、私は彼らと共に旅路を楽しんだ。

結局彼らと一緒にいるのが心地よくなった私は前回の人生での知識を活かして雑用係として一座の仲間になった。

だがやはりそれも長くは続かず、3年後に一座は野盗に襲われて私もそこで死んだ。


「お前との婚約を破棄する!」

「はいさようなら」

婚約破棄も3度目ともなるとどうでもよくなる。

また若返っていると気がついた私はあの優しい衛兵が自分の元に来る前に急いで身を翻して大広間を出ると、近道である中庭を突っ切って、厩舎の後ろにある木を登り、一部の使用人だけが使う小さな裏門から外へ出た。

小さい頃に王城を探検した経験がここで活きるとは思わなかったが、まだ婚約者ですらなかった殿下と共に侍女長に大目玉を喰らったのが懐かしい。

「…もうあの頃には戻れないけれど」

私は頭を振って数少ない微笑ましい記憶を振り払い、今回もジャスパルへと向かった。

しかしこの時は運悪く国境前で野犬に襲われてすぐに死んでしまった。


そして今が4度目の人生である。

前回からすぐにこの場面に戻ったため、私の意識は今までの巻き戻りの中で一番明瞭だ。

心の余裕から、辞去の文句も前回は流石に雑過ぎたと反省して少し丁寧に婚約破棄の了承を返し、すぐにこの場を後にしなければと思い踵を返したところで、

「アンネローゼ嬢」

私は誰かに呼び掛けられた。

そんなこと、今回が初めてだ。

「……はい?」

私は誰に呼ばれたのかと不審に思いながら声が聞こえてきた方を振り返る。

するとそこにはこちらに向かって堂々と歩いてくる美丈夫の姿があった。

身に纏っているのは黒一色であるのに、ところどころにあしらわれた銀糸がこれでもかと言うほど輝いて見えるような、そんなオーラがある。

漆黒とも言うべき髪の下から覗く瞳はエメラルドよりも濃い緑だ。

その珍しい容姿だけでその人物が隣国オークリッドの王太子ジェラルド殿下であることがすぐにわかった。

けれども、それでもやはりこのタイミングで私に声を掛けて来た意味はわからない。

私は彼と言葉を交わしたこともなければ、こんなに近くで姿を見るのも初めてだ。

一体どうしたというのだろう。

「アンネローゼ嬢」

彼はもう一度私の名前を呼ぶ。

その声は少し低めで耳触りがよく、聞く者の心を掴むような声だった。

だからその声で2度も名を呼ばれて、目の前で跪いて相手の右手の甲に額をつけるという彼の動きがどういった意味を持つのか、気づくのが遅れた。

「どうか私と結婚してほしい」

それはこの国の作法に則った、紛れもない正式な求婚だったのに。

「はい」

しかし状況理解を半ば放棄し、加えて脳が麻痺していた私は無意識のうちに了承を返していた。

読了ありがとうございました。

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