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 かつてヨーロッパの極小国を治めたフォン・ナカパッパ・バウムクーヘン王。


 当時の細工職人たちの巧みな技術によって作成された彼の王冠は、オークションで日本のとある資産家のものとなった。


 意匠(いしょう)を凝らしたまばゆいばかりのそれは、コレクションの中核を(にな)う素晴らしいアイテムとなるはずだったのだが。


 広々とした立派な屋敷の地下へと運び込まれたクラウンは、まさかのその持ち主までも呼び寄せてしまったのである。




「ぬあー!」


 コレクションルーム入口から、次から次へと湧き出てくるガイコツ兵を見て、除霊専門会社「ゴーストクリーナー」社員、柊勇次(ひいらぎゆうじ)苛立(いらだ)った。


 両手で構えた対霊銃からは、霊力を込めた除霊弾が発射され、命中したガイコツ兵の動きをしばらくは弱めるが、いかんせん敵の数が多すぎる。


 続々と現れる悪霊兵士たちは勇次とその助手、新弥生(あらたやよい)を完全に包囲してしまった。


「全然、倒せねー!」


 33歳のベテラン男性社員の慌てぶりに、23歳の新人女性社員も分かりやすくパニックに(おちい)った。


「いやー! どうすればいいんですか、柊さん!?」


「どうもこうも、俺たちが何とか出来るレベルじゃねー! に、に、逃げるぞ!」


 資産家からの高報酬に色気を出した社長が安請け合いした仕事だが、とても2人が(かな)う霊ではない。


 完全なるキャンセル事案であった。


「逃げるって言っても、どこに!?」


 ミドルレングスの黒髪に黒縁眼鏡(くろぶちめがね)の弥生が、周りを見回す。


 コレクションルームと繋がる地下広間は、今や大勢の中世の鎧と剣盾を装備したガイコツたちに埋め尽くされている。


 小太りの腹と丸々した顔を震わせ、勇次は青ざめた。


 もはや、どこにも逃げ道などない。


「ひー! だから俺は、せめて対霊手榴弾はくれって言ったんだ! 備品係のヤス爺がケチケチするから、こんなことに…」


「柊さーん!」


 涙目の勇次に、思わず弥生が抱き付く。


 普段なら、もしも勇次に触れられれば強烈なビンタをお見舞いするのだが、あまりの恐怖に自分から密着してしまった。


 2人はひしと抱き合い、ガタガタと歯を鳴らした。


 眼球を失ったガイコツたちの顔が勇次と弥生を向き、ジリジリと包囲を狭めてくる。


「まだまだやりたいこといっぱいあるのにー! こんな最後、いやー!」


「俺もいやー!」


 2人が情けない悲鳴をあげた、その時。


 ガイコツたちの背後、勇次と弥生が入ってきたドアから、無数の紙札が舞い込んだ。


 まるで意思を持つかのような札の大群は、各々ガイコツの頭に1枚ずつ貼り付いていく。


 2人を囲んだ全ての悪霊に行き渡ったところで。


「あるべき世界へ還れ!」


 (りん)とした娘の声が、部屋中に響いた。


 瞬間。


 ガイコツたちの身体が一斉に()ぜ、粉々に霧散(むさん)した。


 呆然とする勇次と弥生に近付いてくる、巫女装束の一人の娘。


 銀髪を後ろでひと(くく)りにし、前髪の左右を垂らしている。


「あ、あなたは!」


 弥生が驚愕した。


「へ? 有名な人?」


 勇次が眼を丸くする。


「ええ!? 先輩、どうして知らないんですか!?」と弥生が呆れた。


神域護持(しんいきごじ)(つかさど)る一族の末裔(まつえい)巫女神玲香(みこがみれいか)さんですよ!」


「それってすごいのか?」


「すごいに決まってますよ! 彼女は除霊界期待のスーパールーキーですから!」


 弥生の手放しの称賛に、玲香の頬がほんのりと赤らんだ。


「確かに…ガイコツどもを全部、片付けちまったもんな」


 勇次も素直に感心する。


「玲香さん、どうしてここに?」


 弥生が訊いた。


「ずいぶんと強力な邪気を感じました。このままでは危険と思い、神域の守りは兄に任せて駆け付けた次第です」


 そう答えた玲香は、コレクションルームの開かれた扉へと鋭い眼差しを向けた。


 霊力のない者でさえはっきりと分かるほどの邪気が、大量に洩れ出てくる。


「手強そうですね…」


 玲香が一歩、踏み出す。


 すると今度は、西洋甲冑(せいようかっちゅう)の霊体が6体、こちら側へと(まろ)び出てきた。


 ギシギシと不気味な金属音を立てながら、両手を突き出し、玲香へと迫ってくる。





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