第1話 召喚
目が覚めると、ピチョンピチョンと水の滴る音がする暗い洞穴のような場所に居た。
目の前には、その暗い中でも髪の毛が金色に輝く碧色の目が可愛い女の子。
「目覚めたわね、私の下僕!ここはどこだか分かるかしら?」
げ、下僕……?可愛らしい見た目とは裏腹にかなりの毒舌だ…ここがどこだか分からないので、仕方ないので恐る恐る聞いてみる。
「えっと…分からないです……そもそも貴方は誰でしょうか…?」
そう言うと、女の子は呆気に取られたような反応をしてから直ぐに顔を険しくしてブツブツ言い出した。
「…………召喚の間から喚び出したモンスターは現状を理解できないのかしら…?そもそも、私の召喚に不備が…?……いえ。私は絶対間違ってないわ。だとしたらやっぱり喚び出したモンスターは_」
「あ、あのぅ…?」
僕がそれに困惑していると、女の子はブツブツ言うのを止めて僕に改めて向き直った。向き直るとより可愛くて少し照れてしまう。口調は毒舌だったけど。
「まあ良いわ!私はフィラ。下僕たる貴方のご主人様よ?私のことは、フィラ様と呼びなさいね!貴方はね、ダンジョンマスターたるこの私に、1000DPを使って召喚されたのよ!」
ご主人様…?だ、ダンジョン…マスター?それって出会いを求めて潜る奴……?ていうか、DPってなに…?召喚……?勇者的なこと…?
今度は僕が思案し始めると、女の子…フィラ様はため息をついてから僕についてくるように言った。
「もうどうでもいいからついてきなさい。そんなに時間ないのよ。下僕に助けて欲しいの」
「助ける……?う、うん…」
助けて欲しいとは言うけれど、僕にはなんの力もないんだけどなぁ…というか下僕呼びは辞めてくれないんだ……。
そう思いながら洞穴のような所を扉から抜けると、いきなりシンプルな部屋に着いた。
唯一、確実に普通の部屋ではないと分かるのは中央に謎の大きな水晶みたいな物が浮いている所だ。
「コア。侵入者を映して」
フィラ様がそう言うと、水晶みたいなのが震えた後、半透明のブラウザみたいな物がパパッと何枚か出てきた。
ブラウザみたいなのをフィラ様が操作している間、手持ち無沙汰な僕は部屋を見渡す。
さっき部屋に入ってきた時とは別に、もう一つだけ扉がある。あの扉はどこに通じているんだろうと思っていると、フィラ様から声をかけられる。
「こっち来て。………そう言えば下僕、名前はあるの?」
い、いつまで下僕扱いなんだろう……僕は辟易しながらも自分の名前を告げた。
「僕の名前は悠人。千時宮悠人…です」
「ユート…センジミヤユート………じゃあ、今から貴方はユートね」
フィラ様がそう言うと、僕の胸に何かが刻みつけられたような感覚がした。ズキン、と熱い塊が胸に叩きつけられ、それが絡みつくような。
まるで焼印みたいだ。ジクジクと胸が痛み、服を掻きむしりたくなる。そんな僕を見て、興味を無くしたようにフィラ様はブラウザに向き直る。1つのブラウザを大きくする。
「ほら、コレ見て。これがユートと私たちの敵よ。コイツらは冒険者と言って、私たちのこのダンジョンを攻略しに来てるの。要は侵入者ね……それでね、コイツら中々強くて私が配置していた最強のモンスターを倒してしまいそうなの」
胸を抑えながらブラウザを必死に覗き込むと、そこには男女4人が暗い通路のような所を歩いている様子が分かった。
別のブラウザには、デジタル地図のような物の中に進む赤の光の点が4つ存在している。コレは進行状況を分かりやすくした物だろうか。進行方向には、青の光が1つだけ存在している部屋があった。
僕がそれを見ているのに気付き、フィラ様がそれを僕の目の前に動かす。
「良い?ここが今私たちがいる場所。最後のボス部屋はここ。で、この青の光が私の最強のボスモンスターよ。でもあと少ししたらたどり着かれてしまうわ。だから貴方にはボスモンスターと共闘してこのパーティを倒してもらいたいの。……………私の言ってること、分かる?」
………………………つまり……僕にして欲しいことは…戦えってこと…?
「む、無理です無理!僕、戦えません!」
「はぁ?無理って何よ無理って。私だって希望的観測は嫌いだけど、下僕…ユートに全てのDPを注ぎ込んじゃったの。言わば最後の希望って奴ね。だからつべこべ言ってないで、さっさとボス部屋に行きなさい!」
そ、そんな……フィラ様はめちゃくちゃだ…でも僕はあれよあれよと肩を押され、さっき見ていた別の扉から部屋の外に無理やり出されてしまった。
「私が死んだら貴方も死ぬわ。でも私が死ななければ貴方はその内生き返る。だから死ぬ気でボスと一緒に戦いなさい。そうしてくれなきゃ困るわ1000DP!」
うぅ……これでもラノベをよく読んでたから何となく展開が分かってしまうのが辛い…これ多分、絶対行かなきゃダメな奴だ………僕は涙目になりながら通路をやけくそ気味に走った。
通路から広い部屋に出ると、そこに居た剣をたずさえた大きな怪物と目が合った。
「グギギ………ニンゲン…………?イヤ、マサカ…」
よもやこのままこの怪物に食べられてしまうんじゃないだろうか。そう思ってると、部屋にフィラ様の声が響いた。
『安心しなさいゴブリン・キャプテン!恐らく、この状況を打開してくれるであろう新しいモンスターを送ったわ!ソイツを人質にでも肉壁にでもして絶対勝ちなさい!』
フィラ様…それ、全く僕が安心できないです……というか、この怪物はゴブリン・キャプテンと言うんだ。1匹だからゴブリンとは思わなかった…。
「グギ…オトリ………トイウワケカ……リョウカイシタ、マスター」
ひぇっ!キャプテンさんがこっちを見た!どう考えても食べられちゃうとしか思えない!
「……ググ…アンシン、シロ………ニオイデ、ワカル。オマエハ…ナカマダナ………ニンゲンニシカ、オモエンガ…………」
「え、えっと……」
「オレノナマエハ、キャップダ。ヨロシクナ」
キャップさん………なんて言うか、さっきのフィラ様よりも遥かにマシな人だ。…いや、ゴブリンだけど。
「……ムッ、ジカンガナイ………シカタナイガ、コッチニコイ。オマエデスキヲツクル」
「は、はいっ!」
そう言って、キャップさんの元まで行くとキャップさんが僕の体を手で抑えて剣を抜く。
そして僕の首の前まで剣を持っていくと同時に目の前の通路から複数の足音がして来た。
通路から、ブラウザでさっき見た男女4人が出てきた。
こっちを見て、4人が何か言う前にキャップさんが口を開く。
「ブキヲオケ。サモナケレバ、コイツノクビヲキル」
キャップさんの言葉が部屋全体に響き、危険がないと分かっていても体がビクリと震える。当たり前だ、仲間とは言ってもついさっき会った言わば怪物なのだ。
「…………チッ…先に入ってた冒険者か…?クソ、人質を使うとは悪辣なダンジョンにお似合いなボスモンスターだな…」
僕が黙ってキャップさんの手の中に収まっていると、4人の中でリーダーっぽい鎧を着た剣士みたいな男の人が剣を下に置いた。
「ほら。下に置くぞ…お前らも置け」
そう言って、他の2人の人も各々の武器らしき物を下に置いていく。
…ん?2人…?
「……今だ!」
バシュッという音が響き、その瞬間高速の何かが僕の元に迫る。
「……グゥオオオオオッ!!?キサマッ」
キャップさんの手から、キャップさんの体に何かが刺さるような感覚が伝わってくる。そしてキャップさんが苦しむような声を出して激高したその瞬間だった。
「はぁっ!!!!」
剣士の人が下に置いた剣を拾い、剣を投げる。
「う、うわぁぁぁぁあぁあっ!!!」
その瞬間、僕の体に警告が鳴り響き、僕の体は必死にキャップさんの手から逃れてしまった。
グチャッ!という音と共に後ろから生暖かい液体がかかった。
その感触に身の毛がよだち、またしても悲鳴をあげる。
手足が震え、血溜まりの中で呆然と座り込んでいるといつの間にか目の前に4人組が来ており、こちらを覗き込んできていた。
「……妙だな………冒険者という割には、やけに装備が少なすぎる…」
「オマケに見たことない服も着てるにゃ」
「服はどうだっていいでしょう?それよりもなんだか匂いがおかしいですよこの子」
矢継ぎ早に僕の目の前で繰り返される会話。
「…匂い?匂いがなんだって?」
「にゃ?ニャーの鼻は特に異常は感じられないけどにゃー」
「あの………大丈夫ですか?話が出来ますか…?」
「……っあ、ええと……はい…」
「良かったです…!取り敢えず立ちましょう?」
僕の手を取り、立たせてくれた女の人を見る。女の人は白い修道服みたいなのを着た杖を持った人だった。
「貴方、名前は?どうしてここに居たのでしょうか?」
「ぇっ……あー、えっと…」
まさかダンジョンマスターさんに召喚されたとも言えず、どうしようかと悩んでいると、さっき匂いがどうたらと言っていたフードを被った弓を持った男の人が手を翳してきた。
「…………な、に……?これは…っ!コイツ、モンスターだ!」
「なにっ!?」
「えっ!?」
「にゃっ!?」
そう言うやいなや、4人が僕を囲んで後ずさる。
「えっ!?ぼ、僕はモンスターじゃ…」
「ダンデ……本当なんだな?」
「ああ、間違いない。『モンスター・サーチャー』を使ったが、目の前のコイツから反応があった。100%モンスターだ。人間みたいだがな……」
「にゃ……ニャーのセンサーにはビビッと来なかったにゃが………ダンデが言うなら仕方ないにゃ…」
「うぅ…ご、ごめんなさいっ………せめて、楽に…」
いきなりの掌返しで僕は目が回りそうになる。
僕が必死に誤解を解こうとしようとした時、剣士の人が僕に剣を振るってきた。
首を斬る動きなのが分かるぐらい世界がスローモーションになり、胸が警告を知らせるかのようにバグン、バグンと鳴る。必死に避けようと体を後ろに進ませるが、剣はそのまま僕の胸を切り裂き、体から熱い何かを撒き散らされる。
決定的な何かが僕から零れた感覚がして、次の瞬間には僕は部屋の床に転がった。
体からどんどん溢れる液体と一緒に、意識もどんどん暗くなり、やがてプツンと僕の意識は途切れた。
【SIDE ダンデ】
モンスターと反応が出た人間の少年のようなモンスターは、アーサーの一太刀の元に床へと倒れた。
それに伴い、もう一度『モンスター・サーチャー』を使うが気配は何事もなく小さくなっていく。終わりのようだ。
ふぅ、と息をつき、ボス部屋の攻略が終わったことを祝福しようとした所で身体中に悪寒が駆け巡った。
「…っ、まっ、不味いっっ!ソイツ、まだ生きて_」
そこまで言った所で俺の言葉はかき消された。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!』
死にかけのモンスターの体から、まるでドラゴンの咆哮のような音が鳴り響いたと思ったら、次の瞬間から見た目からは想像出来ないほどのプレッシャーが溢れ出した。
『モンスター・サーチャー』から伝わってくる気配を感知しているだけでも恐ろしい。
今まで感じたこともないほどの強いプレッシャーが部屋を支配しているのだ。
「…ば、馬鹿な………こ、これは…」
「……や、ヤバいにゃ…マジでヤバいにゃ……やばすぎるにゃ…」
「…か、神よ……」
目の前で、体がドンドンと膨らんでいく。
見たことも無い服は鱗となり、黒の髪の毛は全身に溶けていく。
手足はすぐに大きくなり、鋭利で頑丈そうな爪となり、背中からは強く広い翼が骨格を無視して伸び上がり、腰からは太くて大きいしっぽがズルズルと伸びていく。
それは。その姿は、誰もが知っていて、誰も出会ったことの無い、御伽噺の中の存在以外の、何者でもなかった。
『…ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!』
「……ドラ…ゴン………?」
「…っやばい!逃げろ!!!!!!」
アーサーがそう叫んだ瞬間、一斉に俺たちは部屋から逃げ出した。
しかしドラゴンからは不穏な音が響き、プレッシャーがどんどんと高まっていく。
「…俺がァ!守__」
アーサーがそう叫び、盾を構えた瞬間、莫大なプレッシャーが爆発し、理不尽な暴力がけたたましい音とともに馬鹿げた威力の一撃が放たれた。
「『シールド・クゥエイサー』!!!」
ヒーラーのメアが、最も得意とする防御呪文でアーサーの盾を強化するが、何かが砕け散るような音と共に吹き飛んできたアーサーに現実へと引き戻される。
「そ、そんな……私のシールドが…呆気なく…?」
確かに威力を減衰させた筈なのに、攻撃を盾で受けたアーサーは鎧ごと火傷まみれになってしまっていた。
「メア!!回復を!!早く!!!!!ダンデはアーサーに手を貸して!!!!」
いつもはノンビリとした魔法剣士のミーシャが、見たことも無い剣幕で俺とメアに指示を飛ばす。
ずりずりとアーサーを引きずり、メアが『ハイ・ヒール』を行いながらミーシャを殿に後退をする。
『……………ガアアアアアアアア!!!!!!!』
後ろからとんでもない音と衝撃音が聞こえるが、先程のようなブレスを直撃される事はなかった。
「………どうやらさっきのは偶然だったみたいだにゃ……取り敢えず、入口まで戻るにゃ…」
そう言ったミーシャは、それでもボス部屋を険しい顔で睨み付けていた。
アーサーの体も何とか重症から動けるくらいにまでメアによって回復させられたが、今もう一度致命傷を受けてしまったら間違いなくアーサーは保たない。
俺たちはこうして命からがら、ダンジョンの出口目指して逃げ帰るのだった…。
【SIDE ダンデ END】
目が覚めると、草を敷き詰められた部屋の台の上に横になっていた。
「……僕…確か、剣士みたいな人に切られて……そして……」
なんだろう……体から漏れ出る何かが抑えられなくなって……
『目が覚めたみたいね!』
と、いきなり頭に被せられた言葉で肩を跳ねさせる。さっきもあった、部屋に声が響くシステムだ。
『ダメ元で向かわせたけど、まさかドラゴンだったとはね……その部屋は貴方への報酬よ!大事にしなさい!』
…いや、ドラゴン…?そう言えばドラゴンになったろうな気も………なくもないような……?というか部屋が報酬なんですか…?
『その部屋に付いてる扉から、通路に出れるわよ!意識がしっかりしたら右に曲がって私の元へ来なさい!』
そう言われ、それっきり言葉は響かなくなった。
少し静かになって、自分が経験した事をようやくそこで思い出し、体が震える。
生暖かい液体だと思っていたのは…多分、血だ…。
服を見ると、あれだけ血まみれになったはずの僕の服は新品同様に綺麗になっていた。
服を脱ぎ、斬られた胸を確かめるが傷が残っている訳でもない。
もしかして夢だったのだろうか?そんなフワフワとした気持ちのまま、取り敢えず部屋から出ようと扉を開けると洞穴の通路のようなところに出た。
取りあえずさっき言われたように、右に通路を進んでいく。
通路は暗くて、松明でもないと見えないような暗さのはずなのに、何故か実家を歩くような気安さでどんどん通路を進むことが出来る。
少し歩くと、通路の先が行き止まりになっており、そこに扉があった。
その扉を開き、恐る恐る中を覗く。
するとそこは前にも見た水晶のある部屋だった。
ただ、前よりも広くなっており椅子と机があった。
椅子には当然、フィラ様が居り、そこで僕はこの現状が夢でもなんでもなく現実だと思い知ったのだった。
「おはよう。随分と早い到着ね、ユーリ。さ、こっちに来なさい?たくさんDPが手に入ったのよ♪」
何もかもがまだ分からない状況だ。
だけど、不思議とこの女の子の笑顔が可愛いということだけは胸に、揺らぎない事実として刻まれた。




