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9、誘拐後ー夜明け

 「皇女殿下、私めの願いはしっかりと叶えてくださるのでしょうか」


 燃え上がる城を後にし走り続け、お姫様―――フォーセ・ティル・ナスタチウム皇女殿下―――を城外に連れ出すことに成功。あそこから連れ出すことが依頼の内容だったはずだが……

 

 「それは、私の目標を達成した暁には、必ず…」

 「あれ…?連れ出すだけじゃなかったのですか」

 「それは……確かに依頼時はそうとしか言ってませんでしたね。言葉足らずでした」


 まあ……連れ出すだけで何でも叶えるなんて、そもそも焼死したことになっている人間には出来ないってことくらいは分かっていた。


 「それじゃあ、殿下の目標って?」


 三日月を見上げながら聞く。『願い月』と呼ばれている三日月だが、自分は殆ど意識したことが無かった。


 ……返事がない。視線を戻すとそこには、16歳という年齢に見合ったあどけない表情で眠りに落ちたフォーセの姿があった。この顔を見ると普段から気を張り詰めて、賢くて大人びた人物であるように振舞っているのだろうと想像がつく。勿論年齢の割には知識も行動力も段違いではあるので、凄い無理をして背伸びしている訳でもないだろうが……


 (本人にとっても激動の1日だったろうな……)


 無論自分自身も―――あくまで体感だが―――とてつもなく長い1日だった、そう感じる他ならない。


 「さて、流石に深夜ともなると冷えるな……」


 先程までは火照った体には心地よいと思っていた風だが、それも引いてくると逆に肌寒くなってくる。


 「クライアントに風邪引かれても困るし、暖を取ろう」


 近くに落ちている木の枝や落ち葉など着火出来そうなものを集めて、


 「《火よ、安寧もたらす光となりて、その身を窶せ》」


 ぼうっ、と暖かな火が辺りを照らす。フォーセを起こしてしまうかもしれないと思ったが、目覚める気配が全くない。


 (それにしても、本当に色々……凄かったな今日は)


 焚き火を半ば放心状態で見つめながら、1日を振り返る。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「まずですが……私は焼死することになります」

 「え……?」


 また意味の分からないことを言い出したぞこのお姫様。


 「いえ、正しくは焼死に見せかけます」

 「なるほど……?」


 死亡したことにしておけばすぐに追手を出される心配も無く、スムーズに事を運べそうだが……


 「しかし、どうやって焼死したと思わせるのですか?焼死体が無ければすぐにばれてしまうと思いますが」


 その質問を既に予見していたかの様に、フォーセは自身のベッドにおもむろに近づき、毛布をめくる。


 「これを見てください」


 自分も近づき、それを見る。


 「これは……人形?」

 「ええ、人体を模して作られた人形です」


 そこには二体の人形があった。肌の質感、脂肪などの雰囲気が人に大分近いが、口や目などもなく少し気味が悪い。


 「でもこれは錬金の技術に酷似していますが……この帝国内でこのレベルの錬金術を扱える人物なんて居ました?」


 錬金国家バン・マリで生活していた期間も長いカンナは、これが錬金術によって生成された模擬人体だというのはすぐにわかった。しかし、これをここまでの完成度で錬成するにはなかなかの技術を要することも同時に知っていた。


 「ユーゼに作ってもらったの」

 「ユーゼ隊長が?こんな技術も持っていたのか……それに、こういう死因の判定、皇族のとなればユーゼ隊長が検死する可能性が高いから……」

 「万が一でもすぐにはバレないとは思うけれど……」


 フォーセの表情が少し、ほんの少しだけ曇る。ユーゼ隊長は以前彼女の教育係をしていたという話を聞く。そのような恩師を犯罪紛いの行為に付き合わせるのが忍びないのだろう。いくら発覚のリスクを減らしているとはいえ、加担者だとバレない保証は無いし、仮にバレなくてもそれ相応の罪の意識を背負わせることとなる。


 すぐに普段の気丈で凛とした顔に戻り、話を続ける。


 「それと、これも作ってもらったの」


 ドレス―――決闘の時とは違う、ゆったりとしたこれまた緋色―――のポケットから小瓶を取り出す。

 

 「それは、液体燃料?」

 「そうらしいわ……彼女が言うには燃炎水というらしいけど。気体に触れることで爆発的に発火するそうよ」

 「ではそれでこの部屋を燃やすんですね……」


 それは、なんだか自分たちの身も危ない気が……いや、そもそもこの誘拐依頼自体が危険極まりないことこの上ないので、今更こんなこと考えても仕方がない。


外流で着火させてしまうと、その魔力の残滓から魔法の使用者が特定されてしまう恐れがある。もっとも、それも数時間の内に消えるので場合によっては関係ないのだが。


 ここまで徹底すれば、この城から十分に離れられる。その後に生存が発覚しても、既に雲隠れしている寸法だろうが……


 「それ、よくよく考えたら俺が犯人だって言っているようなものじゃないですか!?」


 お姫様の自室に放火し殺害。その日を境に突然宿舎から姿を消したら確実に自分に容疑が掛けられる。しかし、フォーセは至って冷静に返す。


 「いえ、問題ありません。あなたの部屋もここと同様に放火しますから」


 放火魔ならぬ放火姫だなこれは……


 「え……宿舎ですよ、さすがに死者が出るんじゃあ……」


 自身の同様を意に返すことなく、淡々と続ける。


 「それは問題ありません。着火後、ルコウがすぐに宿舎の兵士達に避難を促してもらいます。あ、ちなみに燃炎水の設置及びその火付け役はルコウに一任してあります」

 「そう、なんですね……」


 窓から入ってくる風が少しばかり冷たく、肌を拭う。


もし、部屋の近くもしくは、室内に誰かいた場合は……という一抹の不安が脳裏をよぎるが、この深夜という時間に出歩く人物など居ないだろうと自分に言い聞かせる。

 

 「他にも人気のない所に火を放ち、城内を混乱させます。ルコウはその後、日が昇るまで城の動向を窺ってもらいます」

 「という事は、自分たちはこの部屋に燃炎水を投げ込んで、ここを脱出すればいいんですね」


 フォーセが首肯する。


 「放火の合図は、この部屋が燃え上がったらという事になっています。彼女の事です、心配は要らないでしょう」

 「あの侍女さん、只者じゃなさそうだったしなあ」


 あの妙に存在感がなくなるのに加え、ヒールを履いてあれほど静かに歩ける人物には彼女以外と出会った記憶がない。


 「私たちはルコウが城内を混乱させている間にここを出るという事で、私を担いで…………」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 今思うとやはりとんでもないことに首を突っ込んでしまったと、後悔の念が浮き上がってくるが…


 (悲願達成のチャンスをみすみす逃すのはあり得ない選択だったからな。まあ、あまりに急だったから、考えなしに返事してしまった感はあるが……)


 しかし乗りかかった船を今更降りられない。今後のことを少しフォーセと相談したかったが、別に明日でも問題ないだろう。


 「俺ももう休もう……」


 野生の魔物等に襲われても対応できるように神経を張り巡らせながら就寝する。慣れないと全く休まらないが、手慣れてくると普段の睡眠と同じ感覚で出来るようになる。


 『願い月』で着飾った夜空を見上げながら横になる。数分と経たずに眠りに落ちた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ぐうぁぁぁぁぁぐわっこお!


 「ッ!なんだ!……なんだ、鳥の鳴き声か」


 ロマンサ帝国城東部森林のみに生息するらしい鳥、名前は……正式名称は知らないが、この地域では「徹夜鳥」などと呼ばれている。由来は、徹夜でハイになってしまった人みたいな鳴き声だから……だったと思う。


 おかげで飛び起き、目をこすり体を伸ばして辺りを見回す。


 「ん……んん?殿下が、いない……!?」


 しばらくずっと安全な屋内で寝ていたから、感覚が鈍ったか!?と思ったのも束の間、どこかから何か、音がする。


 「これは……水の音?」


 音源の方にはフォーセの足跡と思しきものが続いている。


 (念の為に様子を見に行くか……)


 敵意を放つものが近くに居ないことを、感覚を研ぎ澄ますことで確認する。


 するりするりと、音を立てないように忍び寄る。木が生い茂っているため、様子を見るにはかなり近づかなければいけない。


 (大分音も大きくなってきた……あと少しか?)


 もう少し進むと木と木の間から光が差し込んでいる。眩しくて先の光景は分からないが、開けた場所であるのは確実、水のせせらぎも聞こえてくる。眉毛の辺りに手をやり、直接日光が目に入らないようにしつつ、その先へ行くと……


 そこには透き通るように綺麗な泉と、透き通るような綺麗な色白肌を惜しみなくさらけ出し、豪奢な金髪に朝日を受け爛漫と輝かせながら、水浴びをしている少女の姿があった。しかし後ろ髪をかき上げ、見えるうなじと背中から16歳とは思えない妙な艶やかさを放っている。


 つい見惚れてしまったがこの状況は……非常に芳しくない。バレない様に即座に退散しようとするが、


 パキッ、と丁度足元にある枝を踏んでしまう。


 「あ……くっそ、しまった……」


 思わず口に出てしまったことに頭を押さえる。


 「え……そこにいるのは誰です!?」


 もちろん気づかれてしまった。フォーセは慌てて腕で身体を隠す。


 「あー俺です。カンナ・アカンサスです」


 自分もすぐさま後ろを向く。


 「あなた、まさかずっと覗いていたのですか……!?」


 怒り、よりかは戸惑いや恥ずかしさのほうが大きいといった声色だ。


 「まさか!朝起きたらあなたの姿がないものでしたから、足跡と音を頼りにたった今、見つけた次第ですよ」


 後ろ向きでも聞こえるように少し大きめに発声する。


 「嘘……ではなさそうですね。あなたが私の裸体を覗くメリットなんてないでしょうし」

 「え、ええ、その通りです。」


 (聡明な人で助かった……)


 クライアントとの関係を悪化させてまで覗きをするような不埒者とは思われていなかったらしい。今までそれなりに真面目な対応を取ってきたのが功を奏した……かもしれない。


 泉から上がり、フォーセが全身の水を払い落としているのが音でわかる。


 「怒っては、いないのですか?」


 こういうときはビンタなり回し蹴りが飛んでくるものだと勝手に想像していたが、


 「元はといえばあなたに声を掛けずにここに来てしまった私のミスですから……私にはカンナを咎める権利はありません」

 「そう…ですか。理解ある人で良かったです」


 お咎めなしということでほっと胸を撫でおろす。


 「次からはちゃんと声を掛けます。それなら今回のような事故が起こるはずもないです」

 「よ、よろしくお願いします」


 着替え終わったフォーセと共に、焚き火の跡の場所へと戻る。お互いの間に妙な気まずさがあるのは言うまでもなかった。


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