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7、誘拐前日(6)

 自室に戻り寝間着に着替えてベッドの中に潜り込む。


 (正直大事を取るほどのダメージは受けてないんだよなぁ)


 しかし大事を取れと言われてしまった以上、一応大事を取る。面倒ごとをさせられずに済むのは助かったが、如何せんまだ日が傾き始めたばかりで、夜まではかなり時間がある。


だがなぜあんなにも急いだ治療を施されたのだろうか。補給剤を豪勢に何本も使っていた形跡があった。決闘も急だったし、今日は急な事だらけだ。


 考えても仕方ないとばかりに、がばっ、と掛け布団をどかして久々に読書でもしようかと本棚に向かう。ファンタジーものや実用書とあまりジャンルに一貫性がないが、特に世界地理や未知の土地の冒険記(本当に行ったかは定かではない)など知らない場所について学べそうな書籍が多い。


 眺めながら、『勇者アマランサス英雄譚』が目に留まる。自分の名字に似ているから、この本買ったんだっけ。この本棚にあるものは少なくとも一回は読んでいるはずだが、この物語の内容はよく思い出せない。それを読もうと手を伸ばしたと同時に、


 こんこん、と扉がノックされる。ここはかなり足音が聞こえやすいはずだが、全く聞こえなかった。多少不安を感じたものの、わざわざノックするということは命を狙っているとかではないだろう。狙われる理由も、国内の人間にはないはずだ。


 「どうぞー」

 「失礼します」


 入ってきたのは、メイドだった。この国では珍しい自分と同じ黒髪を二つ結いした華奢な女性だ。一般平兵士に一体何の用なのだろうか。


 「あたし…いえ、私はフォーセ・ティル・ナスタチウム皇女殿下の傍付き侍女のルコウ・カガミと申します。皇女殿下に会ってもらう…ではなく会って頂きたくこちらまでお呼びに至った次第です」


 敬語を使い慣れていないのか、言葉に詰まりながらここに来た目的を伝えている。傍付きなのに敬語が下手なのは如何なものかと思ったが、触れたところで余計なお世話だろう。しかし、皇女殿下からのお呼び出し…悪さをした覚えは全くないのだが。


 「どのような用件で、皇女殿下は俺のことをお呼びになられたんです?」

 「それは来れば…」


 咳払いをし、恐らく言葉を探している。


 「来ていただければわかります、私の口から話せるような内容ではございませんのでさっさと…いえ、至急殿下の元へ参られてくだされ」


 なんだか語尾が妙な感じだが、それもスルーする。それよりも話せない事の内容が気になるが、聞いても多分言ってくれないだろう。


 「わかりました。じゃあ俺は着替えてから向かうので、侍女さんは先に戻られてください」

 「あまり殿下をお待たせしないよう、早く来なさい…ううん、早急にお越しください」


 黒い瞳で上目遣い気味にこちらを一瞥し、去り際にもう一つ付け加える。


 「殿下の部屋へ向かうところは誰にも見られないよう、よろしくお願いしますね」

 「ん?見つかると何がいけない――――」


 バタンと、扉が閉じられる。開けて顔を出し、廊下を確認するが彼女の姿はもう既に見えなくなっていた。ノックに応答する前の不安がある意味で当たってしまった。


 「これは、面倒に巻き込まれるやつか…」


 深く溜息をつき、正装まではいかないが一番清潔で身なりが整っていそうな服を選ぶ。


 ヘンプ製の白いシャツに黒いスラックス。帝都を歩いても良くも悪くも目立たない感じの服に身を包む。だが城内では少しばかり目立ってしまいそうだと、着てから気づく。


 (ちょっと室内からじゃ見つからずには無理だな…)


 そもそもどんな服を着ていても公のお目通りでは無い以上正面突破は不可能だろう。となれば、手段は一つ。


 おもむろに窓へ近づき全開にする。爽やかな風が室内を満たす。


 「目的地は…あの尖塔のてっぺん、だな」


 窓から顔を出し塔の頂上を見る。内流を使い全身の調子が万全である確認をし、軽い身のこなしで窓枠から飛び出し、兵士宿舎の屋根まで内流を駆使し壁を蹴って颯爽と駆け上がる。


 「このまま屋上を伝えば、行けるか?」


 兵士宿舎は5階建てで、城内及び食堂や訓練場に繋がる連絡通路は1階にしかなく、距離も長ければ5階まで屋根が伸びているわけではない。


 「ふうっ!」


 脚部に魔力を集中、尚且つ足場(建物の屋根)を破壊しないよう絶妙な魔力コントロールで本丸の屋根に飛び移る。そのままの勢いで直上し、もう一段高いところから辺りを見回し見張りの配置と有無を確認する。


 「これは…思ってはいたけどザルだな」


 外部からの侵入は何かの魔法で即発見出来るのは知っていたし、自身も見張り番をしたことはあるが今思うとかなりの少人数でやっていた覚えがある。


 「これなら一直線で向かってもよさそうだな」


 そのまま屋根の上を走り、跳び、尖塔の麓まで無事に到着。


 「さて、どうやって上まで登るか…」


 ここで扉を開けて階段を上がったら、監視用魔具に引っかかるだろうし、宿舎の何倍もあるこの塔はさすがに内流だけでは駆け上がれない。


 (しゃあない、苦手だけど風魔法でどうにかするか)


 「《風よ、地を突き上げる力となりて、我に力を貸し与えよ》」


 唱えながら、目標の窓を確認する。両足に各1つずつ翠色の魔法陣が出現、自身の身体を上方に押し上げる。これは風魔法でもかなり高等な技術を要するもので、あまり風魔法に適性が無い者がこれを行うと…


 「うおっ、やべ!出力高すぎたか!?」


 制御しきれずに宙をまるでねずみ花火のように舞うカンナ。その状態でもなんとか目標の窓を目で捉える。不幸中の幸い、窓は開け放たれている。


 (仕方ない、このまま突っ込むか!)


 その勢いのまま窓に向かって直進しているつもりし、室内にダイナミック入室する。床に体をぶつけ、そのまま壁に激突する。


 「いってえ…風魔法は性に合わないなほんとに……」


 ぶつけた頭頂部をさすりながら独り言ちる。


 「とても大胆な入場ですね、カンナ・アカンサス」


 声に反応して、その主を見上げる。


 「殿下の自室にこのような失礼極まりない入室をしてしまい申し訳ありません。しかし、事情が事情故に、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます」


 即座に姿勢を正し、非礼を詫びる。媚びへつらっている訳ではなく、単に目上の人物に礼儀を欠いてはいけない、そのように師匠から教えられているし、自分自身でも大事なことだと考えているため、このような行動を取った。


 「元から咎める理由なんてありません。一緒にお茶でも嗜みながら話しましょう」

「?わ、わかりました…」


一体何の用で呼ばれたのか全く分からない、見当もつかないまま誘導され席に着く。しかし同じテーブルで同じ高さの座席、そして同じ紅茶を恐らく淹れるのだろう。これは対等な会話を殿下が望んでいるという事に他ならない。

先程自分を呼びに来た侍女が恭しく無駄のない所作で、紅茶を運んでくる。ヒールのある靴を履いているにも関わらず、ほとんど足音が聞こえない。


「どのようなご用件で、私めをここに呼ばれたのでしょうか?」


紅茶を啜っているフォーセ皇女に問うと、そのカップを置きこちらに目を合わせてくる。


「それは、あなたに依頼したいことがあるからです」

「依頼……?それならば、皇女殿下直々の勅命として正式に命令すればいいと思いますが……」

「それでは駄目なのです。私のこの依頼は公になってはいけませんから……」

 

なんだかやばいことに巻き込まれそうな予感を感じつつ、心を平常に保つために紅茶に口を付ける。この何とも高級な感じ、自分の舌にはすこぶる不評だ。


「公に出来ない……?それは私のような一兵卒に依頼するのではなく、もっと信頼のおける騎士団員や――――」

「錬金国家バン・マリの伝説的傭兵部隊『四柱錬隊』の特攻隊員、『雷霆』の二つ名で呼ばれていた事実を私が知らないとでも?」

「えっ……!?」


 どこでそれを、という飲み込んだ言葉に対する返答をフォーセ皇女がする。


 「音にも聞く五年前の戦争の英雄たちの一人、その容姿で隠し通せるとでも思っていたのですか?」

 

 たしかに、黒髪で唐紅色の瞳を持つ人を自分以外には知らない。しかしそういった外見的特徴もバン・マリの人間ならいざ知らず、まさか帝国の人間に知られているとは露ほども思っていなかった。


 「つまり入団時から、自分が『雷霆』であると知っておられたのですか?」

 「はじめは半信半疑でした。ここでの兵役でのあなたの活躍はそれこそ、一兵卒のそれでしたから」


 ごまかし自体は効いていたみたいだが…


 「もしや確信したのは、先の決闘でございますか?」

 「見えてなかったとはいえ、帝国最高戦力の内の一人に本気を出さんとするところまでの力を発揮した。一介の兵士にそこまで出来るはずがありません」


 心の中で頭を抱える。あれはそのままだと恐らく死んでいたし、こちらも本気を出さざるを得なかった。仕方のないこと、きっとそうだ。


 だが、あのレッドリー・フォン・アイギス、何か言っていたな…


 そこではっとする。紅茶の水面が自身の感情と呼応し揺れた…気がした。


 「決闘を仕組んだのは、まさか殿下でございますか?」


 カップを揺らし香りを楽しんでいたフォーセ皇女殿下が、こちらを一瞬見てそれを置く。何故だか微笑を浮かべているようだ。


 「察しがいいですね、カンナ・アカンサス」


 私の見込みは間違っていなかったようですね、と小さく付け加え、紅茶を口に含む。


 「ユーゼ隊長に治療を急がせたのもまさか殿下……?」


 あのタイミングで呼びに来るのは、早く治療を施され戻って来ているという事を知らなければ不可能。ましてやあの戦いでの負傷は誰が見ても「普通の治療」では一週間は動けないだろうと分かる。

 

 「それにも気が付きましたか。如何せん戦闘能力しか調べ上げられなかったものですから、頭の方はどうなのかと少し不安でしたが…差し支えなさそうですね」


 全く嫌味な成分は含まれていないのは明白だが、それでも脳筋野郎だと多少なりとも思われていた事に少しむっとした。だが、それを皇族の前で欠片ほども出さないのが大人というものだ。

 

 「お褒めにあずかりまして光栄でございます。して、私に依頼したい事と言うのは、何でございましょう」


 本題に切り込む。ここまで慎重に自分の力量を測っているという事は、かなり厄介で、かなり面倒なことに巻き込まれるのは必至だろう。フォーセ皇女殿下の方を改めて向く。彼女もまたこちらを向く。


「そうですね、私が依頼したいことは、私自身の誘拐です」

「え……?」


紅茶に映る自分の顔はきっと、おそらくたぶん……最高にアホな面になっていただろう。


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