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6、誘拐前日(5)

 勝利こそできなかったものの、格上相手に本気を出させるまでに健闘したカンナに観戦者達は拍手を送る。もっとも、本人は意識が無いのでこの興奮は届いていないだろうが。


「最後のすごかったね」

「マジで死んじまったかと肝を冷やしたがな」


 ゴリーが感嘆のため息を漏らしながら端的に感想を述べる。エルドは目を細めながら胸を撫でおろしている様子だ。


 「しっかし、何がどうなってああなったんだ?」


 おそらく観ていた者の殆どが疑問に思ったであろう、先程の光景を脳裏に浮かべながら口にするが、


 「おれに聞かれても分からないよ…」


 聞かれたゴリーも勿論ながら答えを持ち合わせていないとばかりに首を振る。ここで思い出したかのように別な話題を振る。


 「ああでも、ラナンキュラス皇子殿下が魔法使うの初めて見たかも」

 「オレもだ。眩しいと思ったらあの巨大な火球をいつの間にか上に吹っ飛ばしてた。あれが噂に聞く例外属性ってやつかぁ?」


 魔法は誰でも努力することで発現可能な基本属性と、主に血統や種族など限定で発現可能な例外属性がある。後者の属性を扱える人間はかなり珍しく、それだけで有名になる人物もいるくらいだ。


 「あれが持つ者ってやつだよねー」

 「一国の皇子で例外属性持ちたぁ、この国も将来安泰だろうな」


 下のフィールドにいる皇子の背中を少し羨ましげに見つめている二人。ちょうどその時にカンナが治癒隊によって担架に乗せられて治療のために運ばれていくのが目に留まる。


 「カンナの具合も気になるし、おれたちも下に降りよう」

 「そうだな。健闘を称えてやらねぇとな」


 そう言って凸凹コンビはカンナを追うようにその場を去っていった。


 同じくして運ばれる様子を見ていたフォーセ皇女は、


 「あの状況から打開する力があるとは…」


 なぜ好き放題やられているときにその力を発揮しなかった?ダメージを食らうのがトリガー?だとしてもあの拳を避けられるほどの素早さを得られるほどの内流は知識にない…


 「私程度の知識と観察眼はまだ未熟ということですね、兄上…」


 早々に奥の手を隠し持っていることに気が付いた兄と自身を比べ、成長の余地を感じつつも力不足を思わされる皇女。


 「しかしながら、あの者の力量であれば私の計画実行に差し支えはないでしょう」


 建物内に消えていく黒髪青年を澄み切り冷めた紺碧の瞳で見送り、その場を後にした。


 簡素なベッドが並ぶ部屋に運び込まれ横にさせられたカンナ。先の戦いで体中に打撲傷、掴まれていた右足首は見事に腫れ上がり、骨折しているのは一目瞭然だ。おそらく他の骨も折れているかヒビが入っている可能性が高い。内流を会得している人間が気を失うほどのケガではないので、この気絶は外傷によるものではなく魔力欠乏によって引き起こされたものだと目星を付ける。特段命に係わるものではないと安堵する。


 「これから魔力視で詳しく診ます。その間にあなたは魔力補給剤を用意してください。あ、そこの治癒隊員の二人はここですぐに治療開始出来るように待機お願いします」


 テキパキと指示を出し、目算に誤りがないか魔力を目に集中させ魔力の流れを見る技術『魔力視』を駆使しながら再度カンナの容態を診るこの女性、兵士団治癒隊隊長『老い知らず』のユーゼ・ス・アスター。物腰が柔らかく普段であれば非常に温和な人物だが、けが人を診る時とイラつかせてしまった時の目はとても恐ろしく直視することが出来ない。団員内では名の知れた人で、見目麗しい20歳そこそこに見えるがこの隊で少なくとも50年以上は勤めている、謎が多い人物。


 「ん?これは…」


 魔力視は体内の魔力の流れを見るとともに、内臓や骨、筋肉など内側の状態を流れの淀みで判断することもできる。もっとも、これが出来るのは国内でも数えるほどしかいないだろうが、ユーゼはカンナの身体に違和感を覚えた。

 

 「全身の筋線維が明らかに傷付きすぎている。全身にとんでもない負荷を掛けたのね…」


 骨なども負担に耐えかねて随所にヒビが入っているのが見て取れる。


 「でもどうやって…内流じゃここまで体に負担は掛からないはず…」


 内流は身体強化の技術であり肉体そのものに多大な負荷を掛けるものではなく、あくまでも魔力で無理のない範囲で筋力などを強化する、それ以上の強化は無意識のリミッターによって制限されてしまっている。(もちろん、火事場の馬鹿力でそのリミッターが外れることもあるが。)それ故、ある程度は地の筋力が無ければ内流の強度を上げることが出来ず、剣戟隊は魔力鍛錬の他に基礎的な筋力トレーニングも行う。仮に細身でも内流での強化を高度に使いこなせるなら、負担を極力減らした状態で巨漢の内流使いと渡り合うことも可能ではあるが、それも身体をここまでボロボロにするものではない。


 「あの窮地から脱するためにリミッターが外れたとしても、その程度じゃレッドリーのあの拳から逃れられるとは思えない…」


 独り呟いているユーゼを残った治癒隊員二人に、怪訝そうな表情で顔を覗き込まれていると、


 「魔力補給剤お持ちしました」


 がらがらと、台車を押して先程の指示通りに緑色の液体が中身の沢山の小瓶が入った木箱を持ってくる。


 「ありがとうございます。彼の容態もつかめました。早速治癒に取り掛かりましょう」


 こうなった原因は何であれ先に治すべきだろうと思考を切り替えて、


 「まずは右足首を残っていたお二人で治癒してください。補給剤取りに行っていたあなたは下半身から上半身に掛けて全身隈なく治療してください。私も彼に魔力補給完了後に治療に加わります」


 3人揃って「「「はいっ」」」と返事をして治療作業に取り掛かる。患部に当てられた手が優しい光に包まれる。治癒魔法というのは患部に直接ニュートラルな魔力を流し込み、本人の自己治癒力を促進する手法を取っている。詠唱などは必要ないが、慣れないと魔力を流し込みすぎて逆に症状悪化、少なすぎるとそもそも治療にならず、量以外にも流し方のほうが肝要で、専門知識がないと治療を施すのは難しい魔法の技術だ。


ユーゼも小瓶を手に取り栓を開け、カンナにその少し粘度のある緑色の液体を飲ませ、治癒の様子を見る。進捗はあまり芳しくなさそうだ。


 (おそらくかなり魔力を消耗している。経口摂取では少し効率が悪いですね)


 患者本人の魔力が欠乏状態にあると治癒のための魔力を体内に貯め込もうとしてしまい、傷の手当てが進みづらくなってしまう。そのため魔力を補給しつつの治療が基本なのだが、口からの摂取だと胃に到達してから魔力への還元が始まるため、タイムラグが生じてしまう。


 「皆さん手を止めて一歩後ろに引いてください。今から補給剤を散布摂取させます」


 言われた通りに治療を止め一歩身を引く治癒隊三名。それを確認し小瓶を三本取り、それぞれを左手の親指以外の指で一本ずつ挟み、それぞれの栓を抜いて自身の身体に極力かからないように、カンナの上で一気に中身を振り撒く。小瓶の中にあったときはドロッとした液体だったものが空気中に出た瞬間に霧状に広がり、キラキラとカンナの身体に吸収されてゆく。


 このように補給する場合は即体内に魔力として充填される反面、内容物の半分ほどの魔力が吸気中に溶けてしまう他、近くにいる人間にも吸収されてしまうため、瓶まるまる一本分補給できる経口摂取とはち違い、この手法は時間効率を求めた方法となっている。


 「あの…そこまで急を要する治癒が必要なのでしょうか?」


 右足首を治癒していた方の内の一人が疑問を口にする。こう思うのは当然で、散布摂取は緊急を要する治療に使われることが殆どで、補給剤も決してお手ごろな値段で取引されている物でもない。しかしながら、


 「少し事情がありまして…明日までには全快にさせないといけないのです」


 つい先日の出来事を思い出し、内心ため息をつく。


 (フォーセ嬢、私は勧めませんよ、あんな事…)


 「どうかされましたか?」


 先程質問してこなかった方が声をかけてきて、我に返る。


 「すいません、何でもありません。治癒の続きをしましょう」


 淡々と治療を再開し、補給剤摂取の効果もあってか順調に回復してきた。


 「ふう…ここまで治療できればあとは目覚めるのを待つだけですね」


 額の汗を拭う動作を取りながら一息つく。そのタイミングで丁度扉が大きな音を立てて開く。


 「カンナー!大丈夫か!」


 凸凹とした二人組が駆け足で近づいてくる。


 「あなたたちは、彼のご友人ですね」

 「ああそうだ。こいつの具合はどうなんです」


 小柄な方、エルドが尋ねる。二人とも元々死に直結する怪我を負っているとは思っていなかったのか、それほど表情から焦りは感じられない。しかし、安心しきっている様子でもないので、その不安を取り除く。


 「無事にすべての処置を終えました。後遺症などの心配もないでしょう。目も、もうじき覚ますと思いますよ」

 「ふぅー大丈夫だとは信じてたけど少し怖かったぁ」


 大柄、おそらく筋肉ではなく脂肪が多いと見て取れる体格の方、ゴリーが情けない声を出して安堵する。同様にエルドも胸を撫でおろしているようだ。開け放たれた窓から入る風が心地よく、カーテンやその場にいる者の服を優しくたなびかせる。


 「ん、んん…」  

 「お、ようやくお目覚めかい?カンナさんよぉ」

 

 いち早く気づいたエルドが軽口を飛ばす。


 「ああ、今日の朝早く起された分、十分に補填できたよ全く…」


 肩を竦めるカンナ。


 「どうですか?体に異変はないですか?」

 「全然問題ないです。寧ろいつもより調子が良いくらいです。治癒隊の皆さんありがとうございます」


 ユーゼ達に一礼しつつ、ベッドから体を起こして立ち上がる。


 「ええ、もう歩けるの?カンナ、肩貸そうか?」

 「いんや大丈夫。もう一戦やりあえるくらい元気だよ。それにお前じゃ肩の位置違過ぎて借りれられないよ」


 手でゴリーを制し、気持ちだけ受け取っておく。


 「大事を取って今日はもう自室で休息してください。この後の訓練場の修繕にはあなたは参加できないと、私から伝えておきますので安心して今日はもう休んでください」

 「かーっ、修繕作業んことすっかり忘れてたぜ…」

 「あれ、普段の訓練よりしんどい気がするよ…」


 ユーゼの一言により現実を付きつけられる凸凹コンビ。


 「俺の分も頑張ってくれ」


 治癒隊長に言われちゃ休むしかない、小声で二人に追い打ちをかける。


 「ったくしょうがねえな、ゆっくり休めよ。おれ達がお前の後始末を付けてやってる間にな」

 「はあ…頑張ろう」


 嫌味っぽく、いや完全に嫌味を言ってくるエルド。それとは正反対に目の前の面倒を受け入れるゴリー。


 「じゃあお世話になりました。また大怪我したらよろしくおねがいします」

 「オレからも礼を言ぜ。ありがとうございます治癒隊長殿」

 「ほんとにカンナのことありがとうございました!」


 三人揃って扉につま先を向ける。


 「身体大事にしてくださいね」


 手を振り笑顔で彼らを見送る。他の治癒隊員に終業を言い渡し、部屋に一人残り後片付けをする。


 (さて、私も腹を括らなければ…)


 暗い薬品貯蔵庫に魔力補給剤を戻し、別の薬品を何個か手に取り自室へ踵を返すユーゼ。フラスコやら試験管やら蒸留器やら大きい釜やらが設置されている。隣国の錬金国家の錬金部屋を彷彿とさせる内装だ。


 「《火よ、矮小なりて、明かりを灯せ》」


 机上にある蝋燭に流れるような詠唱で火を灯し、先程持ってきた薬品を置いて深呼吸をする。


 「適度な破壊力、その後延焼ししばらく人が部屋に入れられないようなものを…とフォーセ嬢は仰っていましたね」


 口に出すことにより依頼を整理、確認する。


 (本当に…私は勧めませんよ)


 しかし、幼少期にフォーセ皇女殿下の教育役を務め、今でも様々な相談に乗ることもあるユーゼは、彼女が有言実行を絵に描いたような人物だということを知っている。勧めないからと言って自身の道を曲げることは無いのは分かってはいた。


 (やるからには、私も躊躇わずに、ですね)


 妖しく揺れる蝋燭の火に照らされた顔は、覚悟の色に染まっていた。

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