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4、誘拐前日(3)

 外の訓練場に向かい準備体操と並行して、ご指名決闘を円滑に有利に進めるべく相手の情報を整理する。


 『騎士団昇格への登竜門番』こと騎士団員第7席、レッドリー・フォン・アイギス。騎士団長を除く7人で現在は構成されている騎士団の中でも末席に位置するため、あのような名誉な風で実は不名誉な俗称で兵士団員には呼ばれている。しかし騎士団に昇格するためには剣技、拳法、魔法に加えて学術にも途轍もなく秀でてなければいけない。具体的な審査や手続き、技能試験のやり方の説明は省くが、このロマンサ帝国の敵対国への戦争抑止力として、国内最高戦力として数えられているのが騎士団員だ。文字通り一騎当千の怪物ぞろいで、5年前の大戦時には山を半分ほど吹き飛ばし、大地にこの城の面積ほどもある大きなクレーターを穿ってしまうほどの人外人間の集まりで、末席といえども侮ると数秒と持たずに体が四散、いや塵となってしまうだろう。だが今回は模擬戦の決闘であり、それも城内の敷地を使うわけなので騎士団員側にリミッターを設け、万が一城を破壊したり相手を殺害してしまう、等ということが起きないようご指名決闘にそういった規則がある。だとしても、


 (油断すると普通に死ぬなあれは…)


 体操も終わり日陰の方の壁にもたれながらそう脳内で独り言ちり,5年前の戦争魔科学大戦時の光景を思い浮かべ、今日の対戦相手の活躍ぶりを確認しようとする。


 騎士団員やその他兵士団法撃隊の魔法により紙屑のように赤黒く染まった宙を舞う敵兵。恐れ戦きながらも進軍を続けては凄惨な悲鳴を上げてまた吹き飛ばされてゆく。兵士団剣戟隊により胸を貫かれ口から血液が零れ絶命する者。袈裟を斬り伏されるもの。刎ねられた人だったはずの首が眼下に転がり込んでくる。そのモノの空虚な目と俺の目が合い、光の失われた眼窩から放たれる怨嗟にたじろぎ腰が抜けてしまう。立ち上がろうにも下半身に力が入らず、泥だらけになりながら何とかうつ伏せになり前進しようとしたところで、自身の手が視界に入る。泥に手を突いていたはずなのに両手は真っ赤に染まっている。服でいくら必死に拭っても全然落ちず、泥を塗って見えなくしようとして一心不乱に塗ったくっていると、次第に泥がサラサラし始めて色も黒褐色から赤みを帯び始め、気づくとまるで血で血を洗っているかのようになっている。いつの間にか地面全体が血だまりのようになっていて下を見ると血がまるで鏡のようになり、自身の顔を映し出す。その昏く紅い双眸がこちらを見つめ、口を開き


 「お前は、人殺し。ひとごろし。ひとごろし、ひとごろしひとごろし…!」

 「やめろっ、もう、もうやめてくれッ!」


 そう叫んだところで、目を開く。どうやら酒のせいで寝不足だったらしく少し眠ってしまっていたようだ。先ほどまで準備体操していた訓練場が目前に広がっている。


 (久しぶりに思い出した…)


 思いがけず過去を想起してしまった。べったりと掻いた嫌な汗を拭いながら頭痛のする頭を抱え立ち上がろうとしたのと同時に、


 「もうじきラナンキュラス皇子殿下がお見えになられる。整列するのだ!」


 兵士団長がそう声を張り上げた。結局対策も何も考えることが出来ずにこの時間になってしまった。


 「とりあえず列に並ぼう」


 少しくらい手心は加えてくれるだろう。そう信じる。信じるしかない。即KOで恥ずかしい思いはしたくない。出たとこ勝負は自身の流儀に反するが、命が係ってないなら妥協してもいいだろう。


 小走りで列に入る。列順に決まった並びはないので、適当に後ろの方に向かう。前方にはエルドとゴリーが隣り合わせで並んでいる。そこだけ妙に凸凹している。


 普段であれば整列中も談笑していたり体勢を崩している者も多いが、今日は皇子殿下がご高覧なさるのでぴりぴりとした静けさが訓練場内を包む。


 暫くして訓練場内右手の扉が開かれ、先程までの静寂を打ち破る。


 「やあ諸君、おはよう!」


 透き通るような、それでいて力強く芯の通った好青年の声が場内の空気を煌びやかなものにさせる。整髪された金髪は陽光を澄明に跳ね返し、紺碧の瞳は隈なく澄み切りすべてを包み込むような青空を思わされる。目鼻立ちもくっきりしていて、女性兵士団員はその端麗な顔に皆うっとりしているようにも見える。


 紺青のサーコートをたなびかせながら、正面に据えられた立ち台に向かう。その堂々たる所作で進む後ろから、人影が一つ現れる。


 皇子と同じく金髪。日光を受け爛漫と輝くそれは絹糸のように滑らかで、豪奢さ一辺倒に見えて淑やかさも持ち合わせている。


 「あの方は…フォーセ皇女殿下か?」


 一つ前の列の兵士が右隣りの兵士に小声で問う。


 「そうだと思うが、こんな場所にお姿を出されるとは珍しいぞ」


 背後から盗み聞きながら自分の記憶を探るが確かに、皇女がこの場にお見えになられたことは無い。珍しいといっても差し支えない。


 ほかのところでも同じように思った連中が多いらしく、ひそひそと話し声が聞こえてくる。


 それもそのはずだが、「武」の兄ラナンキュラス皇子、「智」の妹フォーセ皇女と呼ばれ、それなりの頻度でご観覧なされる皇子とは違い、皇女は帝王学や経済学、政治などこの帝国の将来を担うための知識を蓄えるのに心血を注ぐ妹君が、この「武」を象徴する場にいらっしゃるのは何かと不自然、そう感じるのも不思議なことではない。


 皇子の後ろを緋色のドレスを身にまとった皇女が風雅な動作で付いていく。


 予期しないもう一人の皇族がご高覧になられるという事態で会場が多少ざわついているのを気に掛ける様子もなく、お二方は壇上へ上がる。


 「本日は急に視察をすることになって申し訳ない!しかしそれでもこのように集まってくれたことに感謝する!」


 皇子が口を開くと同時に場内のざわつきが収まり程よい緊張感が漂う。その立場に笠を着ることがなく、謝辞と礼を述べる。この腰の低さと容姿も相まって国内ではかなりの人気を誇る。


 「そして今回はわが妹、フォーセと共に皆の日々の努力を見せて貰いたい!」


 朗々と、ハリのある声でこう続ける。


 「私も妹も今回立ち会う決闘を楽しみにしている。期待しているぞ!」


 うへぇ、頭が痛い本当に。二日酔いだけのせいではないとはっきりわかる。


 お姫様も期待しているとのことで、その表情を遠巻きながら見てみる。兄君と同じような紺碧の瞳は深海のように深くてその奥には強烈な意志の光が感じられる。総じて何かを成そうとする、覚悟の色を宿していて…


 そこでふと目が合った、気がした。いくらご指名決闘する身とはいえ、名前はともかくただの末端兵士の俺の顔を知られているとは思えないが…


 「それでは訓練を始めてくれ!」


 皇子の号令により動き出す訓練場内。その後は平時通り模擬戦が終了し、ご指名決闘のために兵士が場内の塀の上に移動する。先程まで沢山人が居たそこは今や注目のステージとなり替わった。


 「皆塀にはけたな。それでは両者場内に入れ!」


 塀でより1段高いところでそう命ずるラナンキュラス皇子殿下。


 (ああ…遂に来てしまった)


 ステージの裾で待機しながらため息をつく。しかし行くしかない。退路は無い。


 観念しながら陽光燦々とライトアップされている場内に足を踏み出す。眩しさに目を細めつつそこの中心まで歩いて行き、相手を確認する。


 臙脂色の硬質そうな髪、剛毅な面差しに猛然たる光を宿す褐色の双眸。数々の戦場で暴れまわっている姿を想像するに難くない、一般人なら威圧されるだけで腰を抜かしてしまうようなオーラを纏っている。


 「おまえが今回の俺様の相手かぁ?ぜんっぜん強そうに見えんが」

 「そりゃあ騎士サマと比べればみんなそうでしょう」


 騎士団員第7席、『騎士団昇格への登龍門番』ことレッドリー・フォン・アイギス。相対するは平兵士のカンナ・アカンサス。お互い全力であれば始まる前から敗色に染まっているのは言及するまでもなく、勝ちは万が一も無いといっての過言ではない。しかし、


 「規則通りに互いに模擬戦闘用の剣で外流は初級以下、内流は区分がはっきりと無い。だから殺さない程度に本気を出してもらって構わない!」


 皇子殿下が大声をあげてアナウンスして下さる。ルール的に向こうはかなり大きなハンデを背負う。これならば万が一を掴み取れるかもしれない。事実本気を出せるものなら城が吹っ飛んでしまうので、それを防止するためでもあるのだろうが。


 期待を高めている外野と違い内野二人は冷静で、


 「まあ皇子殿下から命令されたからな。おまえが弱かろうがどうだって構わん」

 「命令?」

 「おおっと、これは他言無用だった。しかし当事者のおまえが聞いても問題ないだろう」


 通常、ご指名は騎士団員が自分の意志でするもののはず…


 「勝利条件は相手に負けを認めさせるか気絶させるかだ!もし死にそうになったら私が光の速さで割り込む故、規則に則った上で全力を出し尽くしてほしい!」


 しかし今は目の前に集中するべき。考え事は後回しにしないと判断を鈍らせる。


 「じゃあ騎士サマの胸をお借りいたしますね」


 腰に下げていた刃を落とされた剣の柄に手を伸ばし、腰を落として抜刀し両手で持ち正面に据える。


 「全力でかかってきな。遊んでやるよ」


 レッドリーも同様に抜くが右手だけで持ち緩く正面に構える。


 「双方準備は良さそうだな。それでは…始めッ!」


 挙げていた右手を皇子が降ろすと同時に、お互い吸い寄せられるかのように彼我の距離が縮まり、剣と剣がぶつかり合う。決闘の火蓋はついに切って落とされた。


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