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3、誘拐前日(2)

 食堂に近づくにつれて美味しそうな匂いが段々と強くなり、鼻孔をくすぐってくる。おかげで一段と腹が空いていると実感させられる。


 「さてさて、今日の飯は、っと」


 歩きながらエルドがいくらか無精髭の生えた顎をさすりつつ、考えている。どうやら匂いで朝食を当てようとしているようだが、


 「この匂いは、ポトフっぽいな」

 「っておいおい、いまおれが考えてたってのによう」


 先に回答されて少しばかり残念そうにため息をつく。


 「エルド、お前の食事匂いだけで当てるその遊び、正解のこと殆どないよね」


 苦笑しつつ歩いている衰え知らずな友人を横目で見る。


 「くそっ、確かに外れてばっかなのは事実だがよ、扉を開けて実際に見るまではおまえの回答が正しいかわからないぜ?」


 歩いているうちに食堂扉の前に着き、それの握る部分に手を掛けつつ謎に自信に満ちたにやけ顔をこちらに向けてくる。その表情に肩を竦めつつ

 

 「どちらにせよ、開ければわかる」


 と視線を扉に向け催促する。


 んじゃ開けるぜ、と扉を開く。今回は騒音により起こさなければいけない相手がいない為、先程よりは静かに、だが粗雑さが垣間見える開け方だ。


 まだ起床の鐘が鳴ったばかりだというのに、食堂内は空席を探すのが大変なほどに混んでいる。匂いもより一層強くなり、空腹を刺激する。


 「さぁて、今日の朝飯はなんだぁ」

 

 エルドはそう言って、そそくさと配膳用のテーブルに直行する。自分もこれについていく。そこには予想通りの、


 「ポトフじゃねぇか」

 

 扉を開ける前のあのにやけ顔はどこへやら。カンナに当てられ少し悔しい、といった表情をしつつトレイの上にポトフの容器を乗せている。自分も同様に取りつつ、


 「別に外れたところでなんかあるわけじゃないし、気にするな」


 一応フォローを入れると、まぁそうだけどよ、とあまり納得いかない様子だったが特に言い返しもせず、パンを2つ程とって空席を探すために背伸びをしながら辺りを見回している。小柄なのは戦い以外でも大変そうだと流し目で見つつ、今度は自分がパンを3つ取り、空席探しに加勢する。


 すると奥側の席にひときわ大きく丸まった背中が目に留まる。あの恰幅の良い後ろ姿は、


 「おいエルド、あそこ見えるか?ゴリーいるぞ」


 エルドとは正反対、この兵士団の中で1、2を争うほど図体がでかい男、ゴネリル・デ・パメリが奥のテーブル席を陣取っている。


 がやがやしていても聞こえるよう、目線で場所を指しつつ少し顔を近づけて言う。するとエルドもゴリーを見つけられたようで、


 「おお?あのやろ、席確保してくれてるのか、ありがてぇ」

 「厚意を無駄にしないようにさっさと行こう」

 

 混んでいる時間に席を荷物などで埋めるのはマナー違反であるが、彼はそれを承知の上でああやって席を確保してくれている。それはエルドも分かっているため、ゴリーの為にも早めに向かう。


 「ゴリー、おはよう」


 背後から声を掛けられるまではこちらの存在に気付いてなかったらしく、少しびくっとしてから向き変える。


 「おはよう。ようやく来たんだね二人とも。席確保しておいたよ」


 いかにも温厚、懐の深さを感じずにはいられない何とも間の抜けた口調で表情も常に柔和。粗野な言動、いつも渋面のエルドとは真逆と言ってもいい。でこぼこコンビだ。


 「おう、あんがとよ」


 雑に礼を言い飛ばすエルド。


 「今荷物どけるからちょっと待ってて」


 そういいつつ座席に置かれていた鞄やらをゆったりとした動作で降ろしていく。


 「じゃ隣座るぞ」


 どすっ、と空いた席にすかさず座るエルド。


 「それじゃあ俺はここで」


 エルドとゴリーの向かい側に自分は座り、食事をとり始める。


 ゴリーは既に食べ始めていたらしく、ポトフの食器は空になっているが、その隣には大量のパンが積み重なっている。

 

 「ほんっとおまえはとんでもない量を食うな、いつもいつも」


 エルドから突っ込みが入る。


 「だって今日は皇子殿下がご覧になるって言うから、いつもより食べて元気つけないと」


 ゴリーも返すが、


 「だからおまえはぶよぶよなんだぞ」

 

 すかさずそうエルドが反撃する。


 それからもいっぱい食べないと倒れるだの、じゃあ食わなくても倒れないように修行しろだのなんのと、毎朝恒例の二人の言い合いが始まる。俺はそれを鑑賞しつつ、食事を取る。


 論争が落ち着いてきたところで、そういえば、とゴリーが言い鞄の中を物色し始める。覗き見るに、食べ物で埋め尽くされているようだ。しかし何を取り出すつもりなのかと、うかがっていると、


 「おお、あったあった」


 鞄の底にあったらしい何かを発見し、一般人の首程にもありそうな太い腕を引き上げる。その手の中には、


 「それ、まさか『リムチーズ』か!」


 思わず身を乗り出す。そこには俺の好物である、この国の特産品『リムチーズ』が確かに握られていた。


 ここの食事は十分美味いが、微妙に口に合わないところがある。しかしながらこのチーズは別。その芳醇な香りと風味、そして食感。個人的に世界で一番美味しい乳製品だとさえ思っている。


 「それ、もしかしてくれるのか?」

 「昨日飲ませすぎちゃったお詫びと、今日の激励を兼ねて」


 こちらに屈託のない笑顔を向けつつ大好物を恵んでくれるゴリーに、後光が差しているように見える。


 「ありがとう、ゴリー。少しだけやる気出たわ」


 礼を言いつつ力強くチーズを受け取る。


 こんなやり取りをしている中で食べ終えたらしいエルドが、


 「そういや今日のご指名決闘、昨日の夜急に入ったからな。べろべろだったカンナは今朝知ったばかりだ。ゴリー、酔わせた詫びとしてチーズ一つは少なすぎなんじゃねえか?」


 冗談めかしく、からかうように言っている。ゴリーが何か言い返そうと口をもごもごさせているが、返答する前に、

 

 「昨日の夜にご指名が入ったって、やっぱりいくら何でも急すぎるよな?」


 率直な疑問をチーズを食べながら口にする。これ最高すぎる。


 「確かに、それも皇子殿下の視察日に被せるし。騎士団員でよっぽど殿下に見てもらいたい人が居たのかな」


 ゴリーがパンを頬張りながら疑問に答えてくれる。その線もあり得そうだが、


 「無理にねじ込んでも、かえって印象わりぃだろ」


 エルドの意見を首肯する。


 「やっぱり謎だな」


 3人して考え込むが答えは出てこない。周りの喧騒が来たときよりも落ち着き始め、トレイや食器を下げる人も増え、外の訓練場で準備体操をしている者も出てきた。


 わからないことを思い見ても仕方がない。やるだけやる。ただそれだけのこと。そう覚悟を決め、残ったリムチーズを口の中に放り込む。


 「腹、括ったみたいだな」


 にっ、といかにも丈夫で健康そうな歯を見せにやりとこちらの目を直視するエルド。俺もそのまなざしを見返して、


 「やるしかないなら、やるだけのことだ」

 「おれもしっかり食べながら応援するよ!」


 ゴリーも食事しながらだが、檄を飛ばしてくれる。


 「それじゃあ俺も準備しないとだから、お先に失礼するよ」

 

 そう言ってトレイを持って立ち上がり席を少し離れたところで、


 「そうだ、おまえをご指名したのは『騎士団昇格への登竜門番』だ。気ぃ張ってけよ!」

 「頑張って!」


 友人二人からの声援を背中に受け、ひらひらと手を振り応えた。

 


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