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2、誘拐前日(1)

 廊下から足音や僅かにだが話し声も聞こえる。石材を主に使用した簡素なつくりの兵士宿舎だから防音性はあまりない。だからいつもは気にしていないが、問題は時間だ。起床時間を告げる鐘がまだ鳴っていない。それなのに既に起きて活動を始めている人がそれなりにいる事が聞こえてくる雑音からわかる。鐘の音を聞き逃した線を考えたが、あんなにもけたたましく鳴り響く音を聞き逃すはずがなく、その可能性は消える。じゃあ事件か?皇女か皇子暗殺されたか誘拐されて身代金寄越せと脅されて城内パニック…って言うほど緊迫した風でもない。


 簡素な木製のベッドの上でそんなことを考えながら、なんか頭もさっきから痛いし二度寝を決め込む思考に切り替えたと同時に、どたどた、と乱暴で粗雑な足音が近づいてきて、


 ばぁこぉーん!


 鐘の音ではなく自室のドアがけたたましい音を立てて蹴り開けられる。とても頭に響く。


「おい!早く飯食いにいくぞ、起きろ!」


 少し掠れた、だが寝起きとは考えられないような溌剌とした自室の石材を共鳴で破壊できそうな勢いの大声だ。宿舎全体に轟かんばかりの声量だろうか。他の寝てる人、ごめんなさい。となぜか自分が心の中で謝罪しつつ、


 「わざわざ起こしてくれるのは嬉しいけど、周りへの配慮が無いのは良くないと思うぞ」


 ブランケットを自身の体から剥ぎ取りながらドアを蹴破った人物に唐紅色の瞳を向け、感謝しつつも注意する。


 こんがりと焼けた肌は30代後半とは思えない若々しさを他者に与えるが、兵役を全うするには些か体格に恵まれていない。しかし立ち姿からしていまだ全盛期真っ只中、死ぬまで現役を貫き通してしまうのでは、と思わされるほど活力に満ちていると見て取れる。


 はっきりと頭の奥に鈍痛を感じつつ、そんな自身とは(多分)一回り以上年上であろうこの友人に、こいつ朝から元気すぎるだろさすがに。と軽く心中で毒づく。


 「おーこしてもらって開口一番それかよ!ま、ちったぁ考えたほうが良かったかもな」


 わははは。とこれまた頭を揺さぶられるほど豪快に大きな声で笑う。ズキズキする。


 いつもは起床の鐘の音とともに自力で起きる。しかしそれよりも早く起きなければいけない、もしくは起きたほうが好ましい日にはこうして友人のエルド・ロッソに起して貰うのが通例となっている。


 「しかしエルド、まだ朝礼の時間までは時間あると思うけど、なんでこんなに朝早くから起きなきゃいけないんだ?」


 目をこすりつつ、さっきよりは働くがいつもの朝よりは明らかに重たい頭で考えてみたが全然見当が付かず、起こしに来てくれた彼に聞いてみる。


 「そらおまえ、今日の模擬戦にラナンキュラス皇子が来るって言ってたじゃねーか」


 痛みに耐えつつ記憶を遡ってみると確かに、女性兵士団員が皇子がなんちゃらとかきゃーきゃー言いながら浮足立っていた、そんな気がする。


 「そういえばそうだったっけ。それじゃ早めに準備しといたほうが良いな」

 「そんな大事な事忘れんなよ…って言っても昨日急に決まったらしいし、カンナおまえ、昨日すごかったしなぁ」

 「うん?ああ…」


 あれか、思い出した。昨日もう一人の友人、ゴリーことゴネリル・デ・パメリが持ってきた柑橘系の果実酒をがぶ飲みしたんだ。通りで記憶が飛んでてなおかつ頭痛がするのか。


 「あれはジュースみたいで飲みやすかったからつい…」

 「はぁ、酒弱いの自分でもわかってんだろ?少しは自制しろや」


 酒だとはわかっていたし自分が強くないのも十分承知していたが、


 「あれ、度数そんなに高くないってゴリー言ってたから、いつもは無理でもいけるかなって」

 「あいつが異常に酒に強いって知ってるだろ。あいつの感覚はアテにならねえって」

 

 おまえ自身酒癖が悪いってわけじゃねえのはしってるけどよぉ、と頭を掻きながら付け足すエルド。


 「次からはゴリーの甘言に惑わされないように注意しとくよ」

 

 俺だって二日酔いなんて勘弁だし。


 そろそろ着替えて食堂に行こう、と支度を整えるためにベッドから降り全身麻製の寝間着を脱ぎ、同じく麻製の肌着を着て実戦でも着用する胴を守るように皮が張られたレザープレイトをその上に着用しようと手を伸ばしたとき、ばつが悪そうにため息をつきながらエルドが、


 「調子が悪いところにすまねえが今日の模擬戦はカンナ、おまえご指名入ってるぞ」


 伸ばしかけていた手が止まる。


 ご指名とは騎士団、つまり兵士団より地位も戦力も高い人々のうちの一人から名指しで模擬戦、もとい決闘を挑まれる。いや、挑ませて頂く。これ自体はとても名誉なことで、騎士に勝てずとも善戦すれば昇給、さらには騎士団員への推薦状すらも貰えるかもしれない、出世欲が高い人にとってはかなり旨味がある。


 そしてこのロマンサ帝国兵士団の朝は模擬戦から始まるが、普段は1対1、訓練場内で10個程のペアを作り、刃は落とされているが実物と遜色ない重量と破壊力のある剣を使う。だがご指名入りだと普段の模擬戦終了後に訓練場内、1対1でペアは1つだけ。つまり、全兵士とそれに加えて今日お見えになるラナンキュラス皇子殿下の注目を一斉に浴びることとなる。


 すぐに断りの申し出をしようと考えたがご指名決闘当日にキャンセルするのは失礼極まりなく、今後の兵役に必ず悪い影響が出る。特に出世欲が強いわけでもなく、極度の目立ちたがり屋でもない俺は、伸ばしていた手でぼさぼさの黒髪を抱える。


 「さすがに急すぎだろ…マジか」

 「急だが、マジだ」


 エルドが諦めろ、とばかりに頷く。


 しかしなぜ急に自分がご指名されたのだろう。明らかに不自然。通常であればお互い万全を期すために昨日の今日で即決闘します、などとはなるはずがない。この国では少々特殊な経歴で入団している俺に恥を掻かせるためか?だがそうすると騎士団の品性を疑われかねないからその線はほぼあり得ない。せめて1週間前とかにご指名されたのなら適当な理由をつけて断れたものを、とここまで考えてハッとする。もしかして()()()()()()()()()()()()()()か?だがなぜその必要があるのだろうか、と更に思案に耽っていると、


 がごぉーん、がごぉーん!


 「んな!びっくりした」

 

 と素っ頓狂な声をあげてしまった。宿舎と鐘、近すぎなんだよな全く。


 思考を起床の鐘に遮られてしまったところで

 

 「もうそんな時間か、とりあえず飯食いに行こうぜ」


 少しもやもやしたが、確かに腹も減った。エルドに言われたとおりにすぐさま途中半端だった着替えを終わらせて自室を後にした。

 

 


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