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16、旅立ち

 「ロマンサ帝国枢密院の軍務卿……!」

 「その通り。まあ、僕くらいの有名人なら分かるのも当然か」


 自分は有名であると、さも嫌味たらしく言うこの男にどうやってここに来ただとか、どうやってあの斬撃を躱しただとか、どうしてここが分かっただとか、聞きたいことは山ほどあったが、


 「目的は、なんだ」


 単刀直入に、愚直に、恐らく最も大事な事を聞く。


 「もう本題に入っちゃうのォ?ほーんと、君みたいな冷静装ってかっこつけてるっていうの?そーゆーのマジでつまらないんだけど」

 

 呆れたとばかりに、まるで劇場の舞台に立っているかのような大げさな仕草で首を振る。

 

 「……ご期待に沿えずに申し訳ないね」

 「はあ……まあいいよ、元から期待なんてしちゃいないからね」

 「それで、どうしてここに来た」

 「どうやってここに!?とかだったら、面白いのに……わかってないねェ」


 男自ら驚くようなしぐさをしている。まるで一人で芝居でもしているようだ。


 「まあ聞かれても教えてやんないけどさ、ってそうだった!」


 手を打つ軍務卿。


 「君の質問にはちゃーんと後で答えてあげるから、まずは僕の質問に答えてくれる?」

 「何を、聞きたい」

 「いやなに、僕が急に現れたり移動したりした時、何か感じた?」


 突然の意図の読めない質問だったが、


 「感じた。それがどうした?」

 「おおー感じたのか!それはそれは……」


 大きく頷く男。


 「やっぱり君もこちら側の人間みたいだけど……生まれは?出身は何処だい?」

 「それは……自分も知らん」

 「ん?そうなのかい?ここに来るときに記憶が欠損しちゃったのかなァ……」


 先程から妙な事を話し聞かれている。


 「その質問にどんな意味がある」

 

 語気を強めて聞き返す。


 「ええ?そりゃ……いや、君は何も知らないみたいだから、その意味は言えないし、言ったところで君には恐らく理解できないよ」

 

 小馬鹿にされている……というよりか憐れみを含んだ言い方をする。


 「あ、君の質問にも答えなくちゃねェ」


 ふう、と一息つき話し始める。


 「僕がここに来た目的は、彼女を、ルコウ・カガミを助けるためさ」

 「は?お前何を言ってるんだ……!?」


 ルコウがこの怪我を負った原因は、今目の前にいるこいつの所為に他ならない。この男が部下に指示を出し、そいつらが彼女をこうさせた。


 「お前がやったようなもの―――」

 「おおっと、それは誤解だよ、カンナ・アカンサス」


 しれっと自分の名前を口に出す男。


 (ちっ、名前も知られているとは、手の内も知られている可能性が大いにあるな)


 恐らく逃がした黒装束がカンナの情報を奴に与えたのだろう。


 「僕はね?別に皇女殿下以外はどうしろとも指示を出さなかった。それなのに、それなのに……」

 

 俯き加減になり、全身が小刻みに震えたと思ったら急に顔を上げ、


 「あんの使えないゴミ共がッ!僕がルコウちゃんのことを、とてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとても愛しているっていうのを何ッ回も話したことあるのにッ!僕が指示を出さなかったのをいいことにこんなヒドイ怪我負わせてッ!信じられるかッ!彼女を壊すのは、この僕しかあり得ないって言うのにィッ!」

 「な、何を言って……」


 怒り狂い、奇声を上げているのを目にしたカンナは対照的に冷静さを取り戻しつつあった。


 (ルコウの事を、愛してるだって……?それに壊す?……狂人だとは聞いていたけどこれは、想像の範疇を越えてるな)


 怒りをすべて吐き出したのか、ぜえぜえと荒い呼吸を収める男。


 「いやすまない、僕ともあろう人間が、取り乱してしまった。とにかく、彼女を救いたいというのは本当だ」

 「そ、そうか……」

 

 こいつとルコウの間には、切り離そうと思っても切り離せない、腐りきった縁のようなものがあるのだろう。


 「裏は、ないんだろうな」

 「それは勿論。嘘なんてつかないさ」


 嘘でも本当でも、どちらにせよ退路は無い。


 「僕としてはね、僕自身が彼女を起こしたいのだけれどね。白馬に乗った王子様が眠り姫にキスをして、目を覚ます……ロマンチックだろう?」

 「……」


 恍惚としながら、自分に酔っている男に、掛けてやる言葉が見つからない。


 「でも、ね、知っているとは思うけど城は混乱状態で、僕も立場があるから、ルコウちゃんの為に僕が動く余裕がないんだよねェ……」

 

 深い溜息をつき、心底残念がっている男が続ける。


 「だ、か、ら、僕の代わりに君たちに彼女を救ってもらおうと思ってね」

 「……だが医者の見立てでは、ルコウはもう目を覚まさないと言っている。あんたは、そんな彼女を救う手立てを持っているのか」


 鋭い目で冗談は許さない、と男を睨む。


 「ああ、だからここにわざわざ顔を出したんだ」


 ルコウを救う方法。さっきフォーセと共に見捨てない、と覚悟を決めて探し出そうとしたモノが、こうも直ぐに目の前に転がってきた。高まる期待に反比例して、警戒心が一段と強くなる。


 「それは……なんだ」

 「お、引き受けてくれるのかい?話が早くて助かるよ」


 胡散臭い演技で喜びを表す軍務卿。


 (こっちが引き受けるのは、折り込み済みだったろうに……気持ちの悪い奴だ)


 「早く教えろ。あんたも時間が惜しいんだろう?」

 「おっと、そうだったね。三十分後に会議の予定があって、あまり時間無いんだった」

 

 三十分後、この時間感覚のズレに妙な引っ掛かりを覚える。ここ『ゼニ』から城下町に行くには徒歩で約二時間、馬を飛ばしても三十分以上は掛かる。つまり、ここでこんなにも悠長にしていても三十分以内には城の会議場へと向かえてしまうというのか。それとも、遅刻上等なのか。


 「いいから、さっさと教えるんだ」


 疑問を胸にしまい込み、必要な事を聞く。


 「そうだね、僕にもルコウちゃんには一刻も早く元気になって貰いたいし……」


 そう言い放ち、男がルコウに向ける眼差しは、信じられないが、慈しみ、憂い、愛に溢れたものだった。


 「……どう、すればいいんだ」

 「君たちにはね……」


 咳払いし、男が続ける。


 「ここから南東に位置する村、『リューザ』に向かい、『三日月の涙』の情報を収集、及び回収し、ルコウちゃんに使ってあげることだ」

 「『リューザ』?それに、『三日月の涙』……?」

 

 これでも、国内外問わず地理などをそれなりに勉強はしていたが、全く聞いたことが無い名前だ。


 「知らないのも、無理はない。僕が検索しても、正確な情報は見つからなかったからねェ」

 「検索……?」


 またもや聞き慣れない単語に反応してしまう。


 「それは、こっちの話さ。兎に角、ルコウちゃんの命は君達に預けるから、ちゃんと治すんだよ」

 「……余計なお世話だ。言われるまでもない」

 「そうかそうか……安心したよ」


 クックック、と耳障りな笑い声をあげる。


 「それじゃあ僕は帰るから、彼女の事頼んだよ。我らが同胞」

 

 最後に意味不明の言葉を遺し、視界がこの男が現れた時の様に歪み、それが収まるともう既に奴の姿は何処にもなかった。


 「くっそ、あいつ一体なんなんだ……」


 極度の緊張感から解放された反動で、強張っていた全身の力が抜けて床に膝を突く。


 ルコウ復活の手がかりを得られたのは素直に喜ぶべき事だろうが、奴の会話の中に気になるモノがいくつもあった。


 「こちら側の人間だとか、記憶の欠損だとか……挙句の果てに、我らが同胞、か……」


 別に枢密院に所属している訳でもなければ、ルコウを助けるという意思以外は共通していないから、こちら側も同胞も酔狂な事を言っているとしか思えないが……


 (記憶の欠損……)


それには思い当たる節があった。


 (両親の顔も名前も、出身さえ分からないのは、そういう……)


 「いや、そんなことよりも、ルコウを助けられるかもしれないってことを伝えに行かないと……」

 

 思索に潜ってしまいそうになったところで、立ち上がるために力を入れたと同時に扉がばたん!と蝶番が外れんばかりの勢いで開かれる。あの男が戻ってきたのでは、と音の方を見る。


 「いやーさすがに寝不足できっついなぁー、って、どうしたんだお前?」


 男は男だが、よれよれの白衣を着たひょろい中年の男が、休憩から帰ってきた。


 「いや、今から外に出ようと思って……」


 全身を震わせてなんとか立ち上がろうとするカンナ。


 「はあ?何言ってるんだお前。そんな一人で立てないような奴は黙ってベッドで寝てろ!」


 ロブがカンナの腕をがしっと掴み、無理やり立たせる。


 「でも、早く伝えたいんだ……」


 ロブの身体を押しのけて扉に向かうが、力が入らず倒れてしまう。


 「なーにしてんだか。何を伝えたいんだか知らないが、そのザマじゃあどのみち無理だ」

 「くそっ……」


 焦りが募るが、彼の言う通りこれでは伝えに行くことすらままならない。


 「ったく、手の掛かる患者だな……」


 もう一度腕を掴み、体を起こしてくれる。


 「……すまない」

 「怪我人は休むのが仕事だ」


 そのまま肩を借りてベッドに向かう。


 「そういえば、さっき変な違和感を覚えなかったか?」

 「はあ?違和感?何も」


 (あいつの言っていた様に、俺しか感じられなかったのか……?)


 「さあほら、ベッドに到着だ。まだ自力で床からも立ち上がれないお前は、もう一生ベッドで寝てな」

 「ああ……わかったよ」


 しぶしぶベッドに横にされるカンナ。


 「じゃあお医者様の言う通り、今日はもう寝ますよ」

 「はいはい、全く世話の焼ける患者様だぜ……」


 あ、そうそう、と背を向けたロブに、


 「フォ……いや、あの金髪の彼女が帰ってきたら、俺を起こしてくれないか?」


 と、頼むが、


 「はぁ?俺も今から寝るんだ。そんなこと知らねぇよ」

 

 一蹴されてしまった。


 出来ればフォーセが帰って直ぐに先程の情報を共有したかったが、いつ帰ってくるとも分からない彼女を待つのは正直疲労もあって、考えられない。


 (ま、後でも問題ないか……)


 そのまま数分足らずして、夢に落ちた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……ナ………ン………カン………カンナ……


 ―――どこかで、聞いたことがある声だ……


夢の中で、まるで夢とは思えないほど現実味を帯びた意識に呼び掛けられる。その声に聞き覚えはあるものの、どこの誰かは全く思い出せない。


―――あんた、誰だ?


暫くの間、返事を待つが、返ってきたのは問とは無関係なものだった。


……思い出すのです、カンナ……


―――思い出す?一体何を?


が、やはり期待に沿う答えは返ってこず、


……あなたのやるべきことを、全うするのです……


―――やるべきこと?


 質問を重ねても要領を得ないことばかり一方的に話されるのに少々腹を立てる。


 ―――兎に角、俺は疲れてるんだ。だから、もう寝かせてくれ。


 その気持ちが伝わったかどうかは分からないが、


 ……あなたの進む道の先に、運命の光が輝かんことを……


 それっきり、その声は睡眠を妨げることは無かった……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「……ナ………ン………カン………カンナ……カンナ!」

 「またかぁ……しつこい声だなうるさいんだよ全く……」

 「何を、言っているんですか?」


 目を開くと、そこには怪訝そうな顔でこちらを見つめるフォーセの顔が間近にあった。


 「うおっ!」「わっ!」

 

 それに驚き飛び起きるカンナ。フォーセも頭突きを食らわない様に瞬時に身体を逸らす。


 「あんた、びっくりさせないでくれよ……」

 「あ、あなたこそ……」


 急に上半身を起こしたので体に痛みが、と思ったが、


 「あれ……?もうあまり痛くないな……」

 

 いつも通りであれば、あれほどの反動であれば一週間はまともに体を動かせない程に強烈なものだったと、寝る前までの体調を鑑みてもその感覚に間違いは無かったはずだが、


 「なんでだ?もう殆ど治ってるのか?」


 試しに内流をしてみるが、体中に滞りなく魔力が通ることが確認できる上、それに耐えかねて筋肉や骨が軋みを上げることは無い。


 「これは……あんた、俺に何かしたのか?」


 フォーセが自分に何か施したのでは、と訊くが、


 「私は何も……今ここに帰ってきたばかりです」

 「そう、なのか……」

 「ああ、ですけど―――」


 フォーセがカンナの身体を見回して、


 「あなたが目を覚ますまで、帯電していましたが……」

 「え、帯電?」


 眠りながら危機を察知したりするスキルは鍛えたりしていたが、流石に寝ながら帯電して自身を傷つけるような修行は行ったことも、しようと思った事すらない。


 「凄い帯電してたというか、なんて言うんでしょう……とても優しくて、カンナをふんわりと包み込むような、そんな感じの雷でしたね。現に、私が触れても感電しませんでした」

 「え、触れたのか?」

 「え、ええ……」


 帯電して戦闘するところを少なくとも二回は見せているはずなのに、その状態の人間に触るなんて……


 「あんた、怖いもの知らずっていうか……度胸あるな」

 「ん?どうしてそうなるのです?」

 「いや、普通触るか?と思って……下手したら感電死してたかもしれないんだぞ」

 「あ、言われてみればそうかもしれませんね……」


 言われてみればって……


 「あんた、自分の命の大切さを理解してるのか?」

 「え、それは……」

 「あんたの命は他でもない、そこで今も昏睡状態のルコウが繋いでくれたんだぞ。それなのに、こんなしょうもない事で死んだらどうするんだ?」

 「……ごめんなさい。でも、本当に敵意を全く感じなかったのです」

 「……そうか」


 敵意を感じない、か……


 「もしかして、さっきの声の主が……?」

 「さっきの声?」

 「ああいや、夢の中で妙にはっきりと聞き取れる声がしてな……」

 

 自分でも奇妙な事を話しているとは思うが、


 「なんだか……懐かしい響きだった」

 

 もしかしたら、その人―――人間かは分からない―――が何らかの力で傷を治してくれたのかもしれない。


 「不思議な話ですね……でも、どこかでそんな逸話を聞いたことがあります」

 「これと似通った事象が今までにもあったのか?」

 「うーん……でもカンナ、あなたは無神論者でしょう?」


 何をいきなり、それが何を意味するのかは分からないが、


 「は?いやまあ、神の非有を証明出来てない以上は……って考えだけど」

 「……つまりは信じていないのですね」

 

 ぴしゃりと言い切られる。


 「なんだ、信仰無き者には話せずってか?」

 「いえ、そういう訳ではないのですけど、これは、神話とかそういう類の話なので、信じていない人に話すのもどうかと思いまして」

 「まあ、興味が無い訳じゃないから……なにか思い当たる事があるなら聞いておきたい」

 

 フォーセが一つ咳払いをし、語り始めた。


―――地上から神々が過ぎ去った後の時代、一人の男がどこからともなく現れました。彼は神の声を聞くことが出来、その上で神から特別な力を与えられていました。その者は他の人間が知り得ないような魔法の知識を持ち、反対に当たり前の、この世界の常識とも言うべきものを知りませんでした。人々はその男にここでの暮らし方を教える代わりに、彼の持つ知識を求めました。その男はこれを快く引き受け、互いに良い関係を築き上げていきました。


 しかし、それから暫くしたある日、その男の持つ知識の使い道に二つの派閥が生まれました。一つは、平和維持のための抑止力にしよう。もう一つは、世界を自分たちの者にしよう、と……男はどちらの考えも等しく肯定し否定し、話し合って一つに纏まるべきだと両派閥を諭した。だが、その男の声に耳を貸すものは居なかった。


 やがて派閥同士の争いが起こり、その戦いは日に日に激化していきました。その状況を憂いた男は、自分の知識を与えたことを嘆きました。争わせるために教えたのではない、と……


 その男はやむを得ず、神々から授かった力を行使してその戦争の仲裁をすることにしました。まるで自分の手足を動かすかのように魔法を操り、そこに割って入ります。その力はとても強大で、争っている人々が使う魔法が児戯に見えてしまうほどでした。


 まもなくして男の介入もあり、争いは収まりました。ですが、彼は神から与えられた力を使いすぎた為か、全身を襲う苦痛に顔を歪ませ、謝辞の一つも掛けられることなく絶命してしまいます。


 残された彼らは後悔しました。自分たちに返事一つで知悉を分け与えてくれた彼を、他の誰でもないその男から教授された魔法を扱えるようになった事で自分たちの力に傲り、彼を殺してしまったのだから―――


 「それ、なんだ?」

 「これは、ロマンサ帝国の建国神話ですね」

 「へえ……」


 生来、宗教や神事に全くと言っていいほど関わりを持ってこなかったカンナは、興味なさげに相槌を打つ。


 「これ、帝国で育った者なら子供でも知っている話ですよ?」

 「お生憎様、多分帝国生まれじゃないからな。それにそういう話は興味無かったし」

 「そうだろうとは思ってましたよ……」


 呆れたように嘆息する。


 「んで、結局何が言いたかったんだ?こんな話持ち出して」

 「それはですね、この部分です」


 ―――彼は神から与えられた力を使いすぎた為か、全身を襲う苦痛に顔を歪ませ、謝辞の一つも掛けられることなく絶命してしまいます―――


 「うん……?ああ、俺が無詠唱で雷の魔法使った後に似てるな……」


 あれの後は必ず自分の身体にダメージが返ってくる。今までの戦いの中で例外は無かった。


 「やはりそう思いますか?」

 「使いすぎれば死んでしまう、っていうところも一緒だ。試したことは無いけど、全力を出せば多分死ぬだろうなとは思ってる」

 「それは、絶ッ対に試さないでください」

 

 とても強い語気で言い投げつけられる。


 「いや、流石に俺も死にたくないから……」


 ぶんぶん、と首を全力で振り試さないという事を示す。


 「あなたも居なくなってしまったら私は……」


 小声でぼそっと呟くフォーセ。


 「んあ?なんて?」

 「いえ、何でもないです」

 「あっそう……」


 元の話題に戻すのを促すように、わざとらしい咳払いを一つする。

 

 「これに加えて、冒頭の『神の声を聞くことが出来』るという点も、カンナに当てはまりそうな気がします」

 「え、どこが?」


 生まれてこの方、神から啓示を授けられた覚えは無い。


 「今、夢の中で懐かしい声を聞いた、って言ってましたよね?」

 「ああ……それが神の声だって?」

 「可能性は大いにあると思います」

 「んな馬鹿な……流石に飛躍しすぎなんじゃないか?」


 そこまで行くと、自分が神話の主人公と言っても差し支えないレベルになってしまう。


 「でも、あながち大外れではない気がするのです」

 「……根拠はあるのか」

 

 それでも、そう思える論があるなら一聴しておく価値はあるだろう。


 「魔法を放つ、つまり外流についての仕組みは分かりますね?」

 「詠唱を言霊として世界に伝えてその力を借り受ける、か?」

 「その通りです。ですが、あなたは詠唱無しで魔法を扱っている」

 「んまあ、雷だけだけど……」

 

 だからどうした?とばかりにフォーセの紺碧の瞳を見る。


 「この世界の力を借りることなく、属性を操る……つまりは世界の力を借りていないという事です」

 「それじゃあ俺もこの神話の男と同じで、神から力を授かってて、さっき聞こえた声はその神サマの声って事……か?」

 「ええ……あくまで推測の域を出ませんが」

 

 しかし辻褄は合う。普通の人間がいくら努力しても詠唱を破棄して外流を使うことは出来ない。カンナはその努力では到達できない事を、物心ついた頃から行えた。


 「いやしかし……もしそうだったら嫌なもんだな」

 「え?なぜですか?神話の人物と同じなんて、とても素敵では―――」

 「そういう英雄的な感じの奴って、早死にするもんだからだ。現に、その建国神話でも直ぐに死んでるし……俺は御免だよ」


 カンナには、どうしても成就させたい宿願がある。それを成すまでは、死にたくない。


 「そう、ですか……」

 

 残念そうに項垂れる。余程英雄譚の類が好きだったのだろう。


 「あ、そうだ。あんたに伝えておかなきゃいけない事がある」

 「なん、ですか?」


 顔を上げたフォーセに、軍務卿が来た顛末を話す。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「な、ルコウを助ける方法ですって!!」

 「声がデカい!怪我人の身体に障るぞ」

 「あっそうですね、舞い上がってしまってつい……」


 しかし、そんなリアクションを取るのも無理はない。絶望的かとも思われていたルコウを救う手立てを、こうも早くに知れたのだから。


 「まあ、罠の可能性もあるが、あの言い分だとそれは低いだろう」

 「ルコウが大事で、愛している。ですか……」

 「そういえば、あの軍務卿とルコウの確執ってなんなんだ?」


 フォーセなら何か知っていると思ったが、


 「恥ずかしい事ですが、私、ルコウの過去は殆ど知らないんです。聞いてもいつもはぐらかされてしまうんです」

 「そう、か……」


 (ルコウ本人も語りたくない過去、か……意外と根が深そうだ)


 「それで、『リューザ』と『三日月の涙』って聞いたことあるか?」

 

 あいつが話していた地名も、フォーセなら知っているかもと踏んでいたが、


 「いえ、聞き覚えはありませんね……」

 「そうか……」


 ということは、南東にある、という情報のみが手掛かりになってしまうが……


 「あ、もしかしたら商人さんが何か知っているかもしれません」

 「商人?ああ、あの胡散臭そうな……」

 

 フォーセは彼と交友を深めたかもしれないが、カンナは刀を買った時以来姿すら見ていない。


 「彼は、様々な土地に自ら赴いて商品になりそうなものを仕入れているそうで、もしかしたら、と思うのですが」

 「うーん……そうだな。ここまで運んでもらった礼も兼ねて、だな」


 軽やかな動作でベッドから飛び降りるカンナ。


 「ロブさんは、どうしましょう」

 「あんなに気持ちよく寝てるんだ、そっとしておこう」


 腹を出し豪快にイビキをかいているロブを尻目に、病室を後にする。


 外はすっかり茜色に染まり、人影もまばらになってきている。


 「俺、今日殆ど寝て過ごしてたな……」

 「仕方がないです。あなただって限界ギリギリの戦いをしていたんですから……」

 「まあ、そりゃそうだけど……」

 

 そういえば、なぜ今回に限って体が癒えたのだろうか。特に普段と違うことは無かったし、治るのであればここに運ばれてくる間でも良かったはず……


 「どうしたのですか?」

 「ん?いや、何でも……」


 疑問が残るが、それはまた後で考えれば良いだろうと、頭の隅に追いやる。


 「ところで、商人はどこにいるんだ?」


 どんどんと街の中央に向かっていくフォーセ。


 「ここをずっと真っ直ぐ行くといますよ」

 「いや真っ直ぐって……ここの中心部ってかなりの税を収めないといけない区画じゃあないか?」

 「その通りですね」

 

 全く驚く素振りを見せることもなく、そのまま突き進む。


 「あの商人ってまさか、凄い富豪なのか?」

 「ええ、そうですね」


 さも当たり前かの様に言い切るフォーセに、


 「いやいや……え、本当か?」

 「本当です」

 「……本当か」


 そんな富豪に命を助けられたとなれば、それ相応の見返りを求められるだろう。


 「俺たち、一銭も持ってないんだぞ。大丈夫なのか?」

 「多分、大丈夫です」


 それは言い切らないのか。


 「なにか、とんでもないことやらされそうだな……」

 「……現にロブさんはあの商人さんに多大な借金を背負っているので、ほぼ言いなり状態でしたね」

 「ああ、だからこんな馬の骨に親身になってくれてたのか」

 

 ……ということは、


 「それは、俺達もそうなるかもしれないってことじゃないか?」

 「かも……しれませんね」


 ルコウをいち早く助けたいのに、借金返済のために足を止められては世話無い。


 「命を助けてもらった礼はしなきゃいけないが……返済するまでここを出るなとか言われたらやばいな」

 「それは、何とか交渉してみます」


 既に覚悟を決めているのか、フォーセの横顔に一切の曇りは無い。


 「それじゃあ、お願いしますよ」

 

 無言で首を縦に振る。


 進んでいくごとに並ぶ品物が目に見えて豪華に、店構えが段々と煌びやかになっていく。やたら金に輝くツボや、よくわからない形をした年代物の石像に、一目見るだけで滑らかだとわかる高級な織物など、庶民には到底手が出せない代物が並ぶ。それもあり、客も店員も先程の通りより明らかに良い身なりをしている。


 「俺達の恰好、絶対浮いてるよな……」

 「ええ、間違いなく……」


 カンナは先の戦いをローブを着て戦っていた為、今着ている服に返り血の類は付いておらず、『陽光隠しの森』で付いた汚れ位のものだが、それでもこの場所には似つかわしくないのは明らかだ。フォーセの服装は元の綺麗な状態であれば、この場に見合った衣装だったろうが、ところどころ焦げていて泥やら苔やらがこびり付いているので、全くと言っていいほどここに合っていない。


 「服も、そろそろ新調したいですね……」

 「あの時に汚れたままか……」


 そういえば森から抜けた際に、


 「落ち着いたタイミングで着替え用意しようって言っていたけど、どうする?」

 「ん……それは賛成ですけど……」


 こちらを一瞥し、また視線を正面に戻すフォーセ。


 「よく、そんなことを覚えていましたね」

 「え?そんなに時間経ってないだろ」

 「それは、そう、ですが……」

 

 しばし間を置いて、


 「あなたがそのような、仕事とは全く関係ないようなことを覚えているのが、意外でした」


 晴れやかな笑みをカンナに向けてくる。そのリアクションにどう対応していいものか分からず、


 「たまたまだ、たまたま。普段ならこんな事覚えてない」


 頭を掻きながら気恥ずかしさが混じった返しをする。


 「でも、金無いよな」

 「ええ、無いです……」

 「じゃあ、無理じゃん」

 「ええ、無理ですね……」

 

 同時に嘆息する二人。


 「金、どうにかして工面しないといけないのか……」

 

 何はともあれ、金が無いと服どころか食を繋げることが出来ない。カンナとしては外で野生動物を狩って食べるだけだが、この箱入り娘がそんなのを食べるとは思えない。


 「そうですね……そのことも商人さんに相談してみましょう」

 「あまり、安請け合いはするなよ?騙されて借金まみれは御免だ」

 「それは留意しています。あ、そこの奥に商人さんが見えますよ」


 フォーセが指を差す方向に視線を動かすと、城下町で会った時より数段は値が張りそうな衣装に身を包んだ、小太りの男が忙しなく接客しているのが見て取れる。


 「只者じゃないとは思ってたけど、ここまでだとは……予想以上だな」

 「私も探し回ってまさかこんな中心地に陣取れる程だとは想像していませんでした」


 赤や緑、青などの宝石をあしらった金の腕輪や、かなりの力を秘めているであろう古代の魔具。良く見ると帝国の物だけではなく、隣国バン・マリの錬金薬やら錬金溶媒に錬金道具のガラス製品も並んでいる。


 「凄いな……バン・マリからも仕入れてるなんて、余程顔が広いみたいだ」

 「そのようですね。私も驚きました」


 品物を眺めているのを横目で捉えた例の商人が他の店員に客の応対を任せ、その体格に似合わない素早い動作でこちらに近づいてくる。


 「ヤヤッ!これはいつぞやのお二人ではありまセンカ~!」

 

 なんともわざとらしく声をかけてくる。


 「フォ……あいや、この娘とはもうこの街で会っているんだろう?」

 「オオ、そうでございマスネ……」


 声を低くくぐもらせて、口に手を当て、


 「フォーセ皇女殿下とは既に先程、お会いしております」

 「ッ!」


 フォーセの方を振り返る。


 「……隠してはいたのですが、この方、私の顔を知っていたようでして……」

 「ホホ、この国の要人の顔位は覚えておりますトモ」

 

 とても厄介な人物に正体がバレてしまった。


 「ソモソモ、アナタの様な高貴な雰囲気ハ、生まれながらにして皇族としての教育を施されていない限り持ち得ナイ、とても隠しきれるものではございまセン」

 

 確かに、フォーセの所作は若干の幼さはあれど、庶民には到底真似できないような特別な上品さがある。


 「まあ、いつかは誰かにバレるものだとはわかってはいたけど……」


 だが、フォーセの身が暴かれたとしても、自分の存在がバレなければ金の要求はきっと彼女に向くだろうと考えた矢先、


 「モチロン、『雷霆』のことも存じておりマスヨ」

 「え……」

 

 その考えは真っ先に崩れ去った。


 「な、あんたこいつに喋ったのか俺のこと!」

 「いえ、城下町で会った時から気づいていたみたいですよ」

 

 その時の情景を脳裏に浮かべる。


 「その特徴的な髪と目、見間違うはずもありまセン」

 「そういえば、がっつりと見られてたな……」


 自分も負債を負わねばならない身になってしまった事に顔を引きつらせる。


 「人を疑う前にまず自分を、ですよ?カンナ・アカンサスさん?」


 疑った当てつけとばかりに、こちらに嫌味な顔を向けるフォーセ。


 「悪かったって……」

 

 平謝りするカンナを尻目に、商人が話題を切り出す。


 「ところデ、ここに来たのは一体どういう理由デ?それニ、カンナさんはあと一週間ほど動けないと聞いていましたガ」

 「ああ、二つ目の質問に関しては俺自身でも分からないからパスだ」


 肩を竦めるカンナ。


 「そうなんデスカ……では一つ目に関シテハ?」

 「それは、あなたに聞きたいことがあったからです」

 「ワタクシにデスカ?」


 改めてフォーセが彼の目を見て話す。


 「ええ、商人として様々な地域を股に掛けているあなたであれば、わかるのではないかと」

 「ホホウ、お役に立てれば良いのデスガ……」


 一呼吸置き、


 「ここから南東にある『リューザ』という村と『三日月の涙』という物をご存じありますか?」

 「フゥム……」


 二つの単語を口の中で転がしながら、腕を組み記憶を漁る商人。


 「どちらモ、聞き覚えが無い訳ではありまセン」

 「本当ですか!?」

 

 フォーセの瞳がきらきらと輝くが、それとは対照的に渋面を崩さない商人。


 「しかしデスネ、何とも冗談めいたとイウカ、真偽の程が怪しいウワサのようなモノしか聞き及んでいませんノデ、参考になるかどうか……」

 「それでも構いません。兎に角何かしらの情報が欲しいのです」

 「そうデスカ……では、ワタクシの知る限りお教えしまショウ」

 

 いつになく真剣な面持ちのカンナとフォーセを前に、語りだす。


 「まずは『リューザ』についてデスガ、南東の山中にあるのは間違いありまセン。しかしながら、どこを探しても全く見つからないそうデス」

 「全く見つからない?」


 間違いなくあるのに見つからないという矛盾が引っかかる。


 「ワタクシも人伝に聞いた話ですノデ、これ以上は何トモ……」


 商人も申し訳ないとばかりに首を振る。


 「そう、ですか……では『三日月の涙』については?」

 「そちらについてモ、万病に効く香草だトカ、飲むだけで不老不死になれるだトカ、御伽話の中の物みたいな事しか聞いたことがありまセン」

 「兎に角それを信じるなら、あの大火傷も治せそうだが……」


 そこまで期待をしていなかったにしても、そこまで有力な情報を得られなかったのは手痛い。


 「やはり『リューザ』を見つけ、そこで話を聞くしかなさそうですね」

 「あまりお役に立てずに申し訳ありまセン……」

 

 深々と頭を下げる商人。


 「いや、こればっかりはしょうがない。教えてくれて助かったよ」

 「ええ、お忙しい中ありがとうございました」

 

 商人が顔を上げ、


 「イエイエ、アナタ達は大切な顧客デスカラ……お客様を大事にするのは商売の基本デス」

 

 お客、という言葉にドキッとした。


 「ああ……そういえば、俺達をここまで運んでくれたのはあんただってな。それも重ねて感謝するよ」

「イエ、あれは人として当たり前のことをしたまでデスヨ」

「そ、そうか……」


 金を取られるような話にならなくて良かったと内心ほっとするが、


 「あの、私達一文無しなのですが……必ずこのご恩はお返し致しますので、しばし待っていてください」


 (おい、今金払わなくてもいいみたいな雰囲気になってたのに何言ってくれてんだこのお人好し……)


 しかし、こう自分の雇い主が言ってしまった手前、その発言を無かったことにする力は残念ながらカンナには無かった。


 「オオ!それはソレハ……期待してお待ちしておりマス」

 「はあ……マジか」


 頭を抱えるカンナだった。


 「それはそうとお二人サン、その恰好、折角ですから着替えて行かれまセンカ?」

 「え!いいんですか!?」


 この提案に食いつくフォーセを冷ややかな目で見る。


 「金無いって言ってたのどこのどいつだよ……」

 「あ……そうでした。ごめんなさい、今回は、そのお断りさせて―――」

 「いいですカラ、ササ、こちらへドウゾ!」


 いつの間にか背後にこの商人の部下と思われる人物が二人立ち、背中を押される形で店の中に案内される。

 

 「いやだから、俺達持ち合わせが無いんだぞ!いいのかこんな貧乏人相手に商売して!」

 「貧乏人?イヤ、アナタたちの未来を期待しての投資、デスヨ!」


 いや強引すぎるだろこの商人。


 「それニ、こんなにもお綺麗な人がそのような服では美人が勿体ナイ、カンナさんはそうは思いませンカ?」

 「あ?何をいきなり……」


 一緒に強制連行されているフォーセから放たれる強烈な視線を感じる。


 「いや、まあ……そう、かも?しれないな」


 言葉を濁して適当にこの場を切り抜けようとしたが、


 「アラアラ……年甲斐もなく正直に女性を褒めるのが恥ずかしいのデスカ?」

 「……余計なお世話だよ」

 「そうデスカ。では、着替えた後の彼女はしっかりと評価してあげるんデスヨ?」

 

 フォーセをちらりと見るが、着替えられると輝いていた表情は少しばかりくすんでムッとしている。


 「わかったよ、ちゃんと評価するからそう落ち込むなよ」

 「エエ、最近仕入れたばかりのとっておきデ、絶対に似合いマス!ワタクシを信じてくだサイ!」


 そうこうしている内に試着室に連れてこられた。


 「デハデハ、各部屋にお似合いのお洋服を置いてあるノデ、着替え終わったら出てきてクダサイ!」


 そう言われて押し込まれるように中に入れられる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 暫くして、まず先にカンナが試着室から出る。


 「おい……俺の服、前のと殆ど同じじゃん……」


 各所に刺繍で様々な模様が縫われた、前よりも幾分か高級感の漂う白いシャツに、肌触りが若干マシになったかもしれない黒のスラックス。


 「とっておきじゃなかったのか」

 

 じっとりとした目で商人を睨む。


 「ハテ、カンナさんのもとっておきにシタ、なんて言った覚えないデスガ?」


 悪びれもせず言い放つ。


 「くそ……少し期待した俺が馬鹿だった……」


 自分の思慮の浅さにほんの少しだけ後悔するカンナ。


 「あれ、そういえばフォーセはまだか?」

 「ハイ、脱ぐのも大変そうなものをお召しになられていたノデ……カンナさんの様に簡単にはいかないのデス」


 喧嘩を吹っ掛けられている気がしなくもないが、


 「はいはい、どうせ俺は女の事なんてなーんにも知りませんよ」


 軽く(?)受け流す。


 その時、ジャラー、ともう一つの試着室のカーテンが開いた。


 「これ、どうでしょうか……?」

 「おお……」

 「これはコレハ……」


 全体にフリルをあしらった緋色の、一見すると肩の開いたただのワンピースの様だが前面のスカートが大胆にカットされ、下には革のショートパンツ、膝丈近くまでトップラインが伸びている黒のレースアップ・ブーツ。胴体部分には革製の丈夫そうなコルセットを着け、動きやすさとお洒落と耐久性を兼ね備えた、まさにとっておきに相応しい逸品だ。


 「あまりこういう服は着たことが無かったので、少し恥ずかしいですね……」

 「イエイエ、ワタクシの見立て通り、とっても似合っておいでデスヨ!ですヨネ!カンナさん!」

 「お、おお……」

 

 一向に感想を言わないカンナにしびれを切らしたのか、隣の商人が肘でつついて催促してくる。


 「その、凄く、綺麗だと、思うよ」


 照れくさいのかフォーセを直視せずに感想を述べるカンナ。


 「ははっ!なんですか、その反応は……!」


 素直に感想を言われたのが面映いのか、はたまた、ドギマギしているカンナのリアクションが面白かったのか、満面の笑みを浮かべてこちらを見る。


 「なんだよ、何か言って欲しそうだったから、言ってやったのに……」


 語尾が先細りしていく。


 「いえいえ、こちらこそごめんなさい……!なんだか子供みたいだなって思って」

 「さっきまともな意見言われなくてむすっとしてた娘に言われたくないね」


 軽口を叩くが、フォーセは全く気にした様子もなく笑い続ける。


 (それにしても、お姫様がこんなに笑ったところ、初めて見たかもな)


 城を出てから、様々な事が起こりすぎた。十六歳の少女には余りにも重い事が。それでも今の彼女は笑っている。


 (まあ、この笑顔を拝めるのは悪くはないな……)


 少しだけではあるが、カンナの心にも任務抜きでフォーセを守りたいという思いが芽生え始めたが、本人はまだ自覚していなかった。


 「サテ、それではお代の方デスガ……」

 「……やっぱりタダじゃないよなこれ……」


 嘆息するカンナ。


 「今回は出世払いってことにしておきマス。今後、資金調達出来た時でいいノデ、返しに来てくださイネ」

 「では、助けてもらったお礼と一緒に―――」

 「アア、そのことについての礼は要りマセンヨ」

 「え?でもさっき……」

 

 ―――オオ!それはソレハ……期待してお待ちしておりマス―――と言っていたが、


 「あれは冗談デス。だってよく考えてみてくだサイ……ワタクシ、アナタ達に何かあげましタカ?」


 よくよく思い返してみれば、


 「いや、物は……でも入院させてもらっていますが」

 「それに関しテハ、彼の借金を返済する為の条件トシテ、無料で施術してもらう条件であそこに入院させたのデス」

 「あ……そう、だったのですね」


 たしかに、すんなり受け入れて貰えたとは思っていたが、そんな裏があったとは……


 「ワタクシの商売の座右の銘は、『恩はタダで売る』デス。ですノデ、この町まで運んだことは気にセズニ、彼女を助けてくださイネ」

 「恩に着ます」


 フォーセがぺこりと一礼する。


 「商人のあんたが街道で通りかからなかったらと思うと、ぞっとするな」

 「運命の思し召シ……かもしれませンネ!」


 運命、か……


 「あんたは運命を信じてるのか?」


 唐突に質問を投げかける。


 「ン?ワタクシは大いに信じていますトモ」


 大きく頷く商人に質問を重ねる。


 「それじゃあ、あんたがこうして大富豪になったのも運命って事か?」

 「エエ、ワタクシはそう考えてイマス。しかし―――」


 顎に手を当てながら、眉間に皺を寄せる。


 「何本もある運命の糸カラ、この富を得るという運命を掴み取ッタ、そう考えマスネ」

 「運命は一本じゃないってことか?」

 「幾本もの運命ヲ、人は図らずして選択しているのだと思いマスネ」

 「選択……か」


 今は天幕で見えない空を、まるで見るかのように顔を上げる。


 (ルコウは、自分の身を盾としてフォーセを守り、自分は重傷を負う運命を選んだ……そういう事なのか)


 そのカンナの意識に呼応するかのように、


 「私は周囲の者達の運命に依って生かされているのかもしれませんね……」

 「……かもな」


 フォーセが胸の前で手を組んで、目を瞑る。


 「じゃ、俺達はロブんとこに戻る。色々ありがとな、商人さん」


 カンナの声に弾かれるように目を開けるフォーセ。


 「私からも重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました」

 「また元気な顔をワタクシに見せてくださいネ!」


 そのままルコウのいる病院に踵を返し、商人に手を振る二人だった。


 その帰路にて、


 「もうこんなに暗くなっちまったのか……」


 星々が、生命の躍動を彷彿させる輝きを放ち、月はそれを見守っているような夜空が頭上に広がる。


 「大分いましたからね……」


 この時間になると、殆ど店仕舞いしているため人影がまるで見えない。二人の足音だけがそこに寂しく響く。


 「それにしても、あの商人意外といい人っぽかったな」


 当初、刀を半ば押し売られた記憶しかなかった為に胡散臭いイメージが頭を埋めていたが、それも半減した。


 「この服で、法外な値段を取られるかも……とは考えないのですか?」

 「あ……それは確かに……」


 クスッとフォーセが笑う。


 「カンナ、意外と抜けてるところありますよね」

 「な、余計なお世話ですよ高貴な身分の方」


 そのからかいに両肩を上げる。


 「そういえば私、先程着替えと一緒にこれを貰ったのです」

 「……貰った、というよりかは借金したんだけどな」


 カンナの言葉を耳に入れずに、懐から一本の短剣を取り出す。


 「ん……?んん……!?」


 それを手に取り、無駄の無いシンプルな鞘から抜き、刀身が見えやすいように月明りに掲げ目を凝らしたカンナが、驚嘆の声を上げる。


 「これ……魔獣『ルガル』の牙か……!」

 「それって……あの『月の化身』と言われるあの?」


 この世界の生物には、大きく分けて二種類ある。人間や犬、猫などの動物と、その動物が魔力の影響を強く受け、より凶暴で獰猛になったものを魔物という。魔獣はその中でも、より強大な力をもつ魔物に与えられる総称だ。


 「そうだ。月光を当てると、それに反応して普通とは違う光り方をするんだ」


 単純に光を反射しているのとは違う、紫色の薄い被膜のようなものが纏っている。


 「これを護身用に、って渡すなんて太っ腹なのか金巻き上げたいのか……」

 「やはり、それほどに凄い物なのですね」

 「これを獲るのは難しいのは勿論の事、加工も至難を極めるって聞いたことあるな。まあ、普通の金属とは比較にならない硬度だから、壊す心配もないだろう」


 ふと、ここで疑問が浮かぶ。


 「あんた、短剣なんて使えるのか?」

 「いえ、刃物を持つのでさえ初めてです……」


 想像通り、いや以上だった。戦うこともできない人間が短剣を持ったこと無いのは分かるが、包丁さえ持ったことがないか、さすが皇女殿下。


 「しゃあないな……それじゃあ旅すがら扱い方を教えるから、今は危ないから仕舞ってな」

 「あ、はい!よろしくお願いします」


 そうこうしている内に、ロブの病院前に着く。


 「彼、まだ寝ていますかね?」

 「さあ、どっちでもいいだろ」


 遠慮なく扉を開け放った途端、


 「おいお前寝てろって行っただろどこほっつき歩いてたんだぁぁぁあ!」


 時間など気にせず怒鳴り声を上げるロブにドキッとしたが、既視感を感じるフォーセ。


 (そういえば、ここにやって来た時もこんな風に大声出してましたっけ)


 「いや、だってもうほら、一人で歩けるし立てるようにもなった」

 「はあ?んなわけ……嘘だろ……」


 当然とばかりに立っているカンナを魔力視で診るロブ。


 「どうやってあのボロの身体からこんな全快になれるんだ?それもこの数時間で……!」

 「すまん、俺も分からないんだ」

 「なんだぁ?自分でもわからねぇのか……」


 残念そうに舌を打ち、


 「もし分かれば、火傷を治す手掛かりになったかもしれねぇのに……」

 「あ、そのことについてですが―――」


 部屋に上がり、事の顛末を説明する。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「『リューザ』に『三日月の涙』か……いかにも眉唾モノだが、信じていいのか?」

 「現状は信じるしか……」

 「そうか……」


 しんと静まる部屋で、カンナが刀の具合を確認している。


 「ルコウは、持つのか?」


 刀を鏡代わりにして対面して椅子に座っている二人を見る。


 「ああ、現状死ぬことは無いだろう。容態もかなり安定している。だから嬢ちゃんのことは心配しないで存分に探すといい」

 「ありがとう、ございます……」


 深々と頭を下げるフォーセ。


 「おいおい、一国の皇女様ともあろうお方が庶民に頭なんか下げちゃいけないだろ」

 「え……!?」


 勢いよく顔を上げるフォーセ。


 「さすがにわかったよ。その容姿と名前を聞いちゃあ、疑う余地が無かったぜ……」


 目線であいつが犯人だとフォーセに告げるロブ。


 「ああ……俺がうっかり名前を口に出してしまったんだ」

 「そうなのですか……」


 ここに来てからというもの、城下町を離れた所為もあってか緩みが生じていると感じる二人。


 「まあ安心しな、他言はしねぇよ。こう見えても口は堅いからな」

 「そうか、助かる……」


 刀を鞘に収め、礼を言う。


 「俺はただ、運ばれた患者を治すだけだ。お前さん達が何者かなんてハナッから関係ない、ただそれだけだ」


 本当に人に恵まれている、そう実感する。


 (お姫様がそういう運命を手繰り寄せてるのか?もしそれならこの先も安泰だろうが……運命なんてアテにならんか)


 結局どう転ぶか、その時にならないと分からない、そういうものだ。


 「じゃあ今日はもう休もう。それで明日の朝ここを発つ、それでいいな?お姫様」

 「ええ、わかりました。しっかり休息を取って、明日に備えましょう」

 「俺はさっきまで寝てたから、夜通しで嬢ちゃんの容態でも観察しておこう」


 各自ベッドに潜る。『リューザ』と『三日月の涙』に思いを馳せながら……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 リク・ゴトーとかいう男はどうやら、あたしを含めた家族全員をスカウトしに来たらしい。


 『まさかこの国で我ら忍の力を振るえることになろうとは……』

 『これで安寧の暮らしを得られるかもしれませんね……!』


 こんな感じで両親が浮足立っていた気がする。


 だけど、今やっている仕事を放棄するのは、折角拾ってくれた人たちに失礼だ、義理を通す必要がある、と父が話していた。だから、あたしは故郷で積み重ねてきた技術を両親と共に磨きながら、建築の仕事に精を出した。


 それからも週に一度のペースであの男がやって来ては、あたし達の特訓を眺めていた。時折三人がかりでそいつと手合わせしたことがあったが、隠の国きっての実力者である父と母が相手しても太刀打ちできないほど、その男は強かった。それでも、


 『いやあ本当に素晴らしい技術です。声を掛けて、そして承諾してくださった事に感謝の念が絶えません。今の仕事を終わらせて、あなた方が僕の下に来るのが楽しみで仕方がありません!』


 仰々しい身振りでそんなことを言っていた、と思う。


 それに加えて、両親はこの国の言語も教えてもらっていた。あたしに教えなかった理由は『まだ子供のルコウちゃんには難しい』から、らしいけど真意はきっと別にあったのだと今なら分かる。


 そんな生活を始めて数か月が経ち、都市開発にも一区切りがつく。


 『$#“!$#&”&#$&+‘+*』

 『$“‘&%、+‘、#$%#$』


 自分にはさっぱりだったが、ここの言葉を幾分か扱えるようになった父と、ここの責任者が何やら真剣な面持ちで話している。決して険悪ではないが、意見がぶつかり合っているように見えた。


 『「ここよりも良い働き口に声を掛けられたあんた達を、ここで雇い続けるのは忍びない」と責任者の方は話していますね』


 隣にいた母が会話を訳してくれる。


 『一方でお父さんは、「まだ拾ってくれた恩を返せてはいない、だからまだここで働かせてほしい」ですって』


 ふーん、と分かったような分からないようなリアクションを取る。


 『ルコウにも言葉を教えてくれませんか、とあの役人さんには要望を伝えたのですが……なぜか頑なにそれは許してもらえませんでした』


 別に他の人に言葉が通じなくても、お父さんとお母さんがいるから大丈夫、そう告げた。


 『あら、ルコウったら嬉しい事を言ってくれますね』


 にこにこと柔和で朗らかな笑みを向けて、頭を撫でてくれる。父のと違って大きくは無いけど、柔らかくて気持ちいい。

 

 『でもね、ルコウ』


 母が改まり、あたしと目を合わせる。


 『お母さんたちもいつまでも、あなたと一緒には暮らせないのよ。だから、いつかは自分一人でも生きていけるように力をつけなさい』


 うん、と返す。母に限らず父からも良く言われていたことだが、忍という職の性質上、任務に命が係る事が多い。だから、両親が突然死んでも大丈夫なようにしなさいと、よく言われていた。


 と、そこに父が話し終えたのか、戻ってくる。


 『恩義を感じるならさっさと上に与えられた仕事に就け、だってよ』

 『そうですか……でも親方にそういわれてしまえば、仕方がありませんね』


 子供だったあたしにでも、あの浮世離れした男の下で働くことになるのだと分かった。


 これから、あたしの人生が闇に飲まれるとは、当時の自分に知る由も無かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「よし、食料の入った袋と刀、大丈夫だな」

 「私も大丈夫です」

 

 朝、窓から差し込む陽光が二人を照らす。


 「おう……お前さんら、気をつけろよ。いくら冒険者の連中がそこら辺の魔物やらを退治しているとは言っても、危険はあるぞ」


 生活リズムの乱れもあるのか、酷い隈を目に作ったロブが心配してくれる。


 「それはなんとか……この人の身を守りながら、どうにか切り抜けるよ」


 隣のフォーセを指差す。


 「ちゃーんとお守りするんだぞ?何かあったら国家転覆しかねないぞ」


 それを言ったらもう転覆しかけている気もする、というのは置いておく。


 「私も護身術を学んでいるので、きっと大丈夫です」

 「どうせ本で読んだような付け焼刃だろ?強がりは止めておけって……」


 そのやり取りを聞いたロブが、がははと豪快に笑う。


 「お前さんら、なかなかに良いコンビなんじゃねえの?こりゃ、嬢ちゃんが起きたら入る隙間なくなってるんじゃねえのか?」


 徹夜でテンションがおかしくなったのかそのまま笑い続ける男に、


 「そりゃさすがにないな。入れなくなるとしたら、俺の方だ」

 「そうか?まあそれもあるかもなぁ!」


 ひとしきり笑い、それが落ち着く。


 「まあ、なんだ……嬢ちゃんのことは任せてくれ。これでも医者だ、お前さんらが吉報を持ち帰ってくるまでは、必ず生かしてやる」


 胸に拳を当てるロブに、


 「ルコウの事、よろしくお願いします」


 頭を下げるフォーセ。


 「だから、あまり俺みたいなやつに頭を下げるなって……」


 ばつが悪そうに体を逸らす。


 その様子を見て、他に話すことが無いかを脳内で確認し、


 「それじゃ、出発するか」

 「ええ、行きましょう。目指すは、南東の森にあると言われる『リューザ』です」


 ルコウを救うために嘘か真かも分からない情報をあてにロブの病院を後にする二人。彼らに待ち受ける村で、鬼が出るか蛇が出るか……それは彼らの運命のみぞ知る。


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