15、助け
「サテ、目的の交易都市『ゼニ』に到着しまシタ」
街を凶暴な生物や魔物から守り、安全な商売が出来るようにと、ロマンサ帝国領のほぼ中心に造られた、この国で最も人が行き交う都市と言われているが、今は深夜という事もあってか、通行人の姿は見えない。
「しかし、こんな夜中に門番さんは街に入れてくれるのでしょうか」
日中であれば開放状態の今は鉄格子が下りてしまっていて、そのままでは通ることは出来なく、門番から通行の許可を取らなければいけない。
「その心配要りまセン」
商人が懐から金属製の手形を取り出す。
「それは……『永通売無制限』の手形……?」
「エエ、見るだけで分かるナンテ、学がありマスネ、お嬢サン」
正確には『永年通行商売無制限』という。この手形はこの交易都市で発行されるものとしては、最上級のものだ。これがあれば時間問わずここを出入りでき、商売も自由―――無論、完全な自由という訳ではないが―――という、規格外の力を持つ手形だ。
『ゼニ』での商売には幾つかのルールが定められているが、その一つに、『売り手は、売り場として使用するスペースの立地、面積に応じて相応の税を納める義務がある』というものがある。他にもこういう品物は税を多く、あるいは税を抜いて販売しても良いなど、こまごまとした規則があるが、これが割合として一番高い。この都市、もといこの国にどれだけ税金を落としたかによって、発行可能な手形のランクが異なる。
つまり、この商人……
「あなた、この都市を牛耳るレベルの大商人だったのね……」
「牛耳るなんてとんでもナイ!ワタクシは普通の細々としたしがない商人デスヨ」
細々レベルで『永通売無制限』の手形を貰えるなら、それを持ってない人はどうなってしまうのか……という突っ込みは胸に仕舞う。
そのまま馬車を進め、いかにも眠そうに船を漕いでいる門番にそれを見せると、慌てて門の鉄格子を上げに向かった。
「アナタは、これからどうしマスカ?」
「そう、ですね……」
門が開き始める。
「まずはこの二人を医者に診てもらおうかと……」
「お金ハ、あるのデスカ?」
そ、それは……と口ごもる。
「ワタクシの顔馴染みの医者がいますガ……彼ならきっト、悪いようには出来ないはずデス」
悪いようにしない、ではなく出来ない、という言葉に引っかかったが、断る理由も余裕も無いので、
「何から何まで……お世話になります」
「良いってことデスヨ」
深々とその商人に頭を下げた。
門が開ききり、再び馬車が歩みを進める。
「デハ、今からその医者の所に向かうとシマショウ」
「え、こんな真夜中に、大丈夫なんですか?」
「ワタクシが顔を出セバ、彼はどんな状況でも断れなくなるノデ、問題無いデショウ」
「そ、そうですか……」
推測ではあるが、その顔馴染みの医者というのは、この商人に何らかの弱みを握られているのだろう。今更ながら、この人の勧めるがままに従っても平気なのかという不安がよぎるが、どのみち他の選択肢も無かった上に、悠長に構えていると本当にルコウが危ない。
「サテ……あそこデスヨ」
彼が指差しながら振り向いて、教えてくれる。自分も少し身を乗り出してどんなところか確認する。
至って普通の石造りの民家といった様相だが、ちゃんと壁に看板が掛けられている。暗くてなんて書いているかは読めなかったが。
「デハ、アナタは彼らを荷台から降ろす準備でもしていてクダサイ。ワタクシが話を通してキマス」
そういって馬車の御者席からひょいっと飛び降りて、扉に向かう商人。
一人の力では運べないので、なるべく丁寧に降ろしやすい所までカンナとルコウを引っ張り出す。カンナは顔色一つ変えずに引っ張られてくれたが、外傷が酷いルコウは少し動くたびに表情を痛みで引きつらせている。
(ごめんね……でも、今からお医者さんに診てもらうからきっと大丈夫)
その言葉は彼女に対してではなく、自分自身を安心させるために宛てたもの。
「んなぁだぁれだこんな夜中にしつこくノックする奴はぁ!」
扉を破壊するかの如く開け、いきなりの怒鳴り声を上げる。驚いてビクッとしてしまった。
「ヤア、こんばんハ。元気にしていたようで安心しまシタ」
「ああ?ああ……!お前、借金の取り立て来るにはまだ早いだろー!」
しんとする街中すべてに聞こえそうなくらいの怒号。
「今回ハ、それとは別件……イヤ、アナタの借金返済の一助になるかもしれない仕事を持ってきましたヨ」
「はあ……?」
その大声の主が商人の視線につられて、馬車の方に向けられる。
「意識不明の患者二人デス。勿論引き受けてくださいマスネ?」
「ちっ……わーったよ、引き受けてやらぁ」
無精髭を生やしたひょろい男が渋々了解してくれた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
城の治癒棟よりは明らかに狭いが棚に色とりどりの薬品類、包帯やガーゼに綺麗なシーツが掛けられたベッドなど、病院としての役割をしっかり持っている一室だ。
「おいおい、こりゃ酷い……」
このだらしなそうな男―――名前はロブで医者らしい―――がルコウの容態を診て、先程喚いていた時とは正反対に真剣な表情になる。
「どう、でしょうか……」
その反応に懸念がより一層強まる。
「辛うじて生きてる、というのが俺の意見だ。熱傷が神経部分にまで到達していて、ここまで酷いと皮膚の自然修復は恐らく不可能だろう……端的に言ってしまえば、彼女は再起不可能と言ってもいい」
「そん、な……!」
フォーセが口を覆い、目を見開く。ガス灯の明かりが怪しげに揺れる。
「本来ならもう死んでいてもおかしくない、それほどまでに酷い火傷だよこりゃあ……」
「何とかならないのデスカ?ロブさん」
「命を繫ぎ止めるくらいなら出来るが、俺の腕じゃあ時間稼ぎが関の山だな……」
しばしの沈黙の所為で明かりの音さえもうるさい。
「あのユーゼ隊長なら何とか出来たかもしれないが……無い物ねだったところでどうしようもない」
「ユーゼを、知っているのですか?」
突然出てきた知り合いの名前に、反射的に質問を返す。
「俺も昔は城の治癒隊員としてあの人の下で働いていて……」
そこで不意にロブがこちらの顔を見る。
「どう、されました……?」
「あんた……いや、あなた様はもしや……!」
心臓が跳ねあがる。そういえば今はフードを外してしまっている。
「……いやいや、気の所為か……こんなところにいるはずねぇもんな……」
頭に手を当てて独り言ちるロブ。
「とにかく、俺に出来ることは延命くらいだ。それ以上は俺に期待はするな」
「わか、りました……」
もしここが城内であればすぐにユーゼに治癒してもらえるのに、という考えを振り払い、今の自分に出来ることを考える。
「そうそう、そっちの男は明日にでも目を覚ますだろう。まあ、常人なら体を動かせない位の内傷だから、明日以降も看病必須だがな」
「ありがとうございます」
「……力及ばずで申し訳ないね」
「いえ、私の責任なので……」
自分はこれからどうするべきか。カンナは動けず、ルコウは瀕死。一人で何を成せるのか……
「とにかく、今日はもう遅いから、嬢ちゃんはもう寝な。空いてるベッドを好きに使えばいい。どうせここに転がり込んでくるってことは、宿代も無いんだろう?」
「……恩に切ります」
現在の有り金は銀貨一枚しかない。城下町と同じ相場だと考えたとして、一泊すらできなかったので、この申し出は非常に有難い。
「それに、大事な人の近くに居たいだろ?」
ロブが柔らかな笑顔を投げかけてくれる。
「ええ……本当にありがとう」
ああ、私はなんて人に恵まれているのだろう、と。今は倒れている二人を始め、ユーゼに砂滑亭のアザロ、商人、医者のロブと、まだ城を出てほんの僅かな時間しか流れていないのに、こんなにも良い人々と巡り会えた。そのことにじんわりと心が温まるのを感じるが、
(私も彼らにとっての、良い人になりえるのかな……)
裏を返せば、それだけ沢山の人間に迷惑を掛けていることに他ならない、とも思ってしまう。
(でも、ここまで来てしまった。私には前進しか道は無い)
迷惑を掛けた分だけ、大事を成す。ただそれだけの事だと、窓越しに三日月を仰ぎ改めて決意を固めるフォーセだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ゆっくりと、目を開く。全身の怠さに引きずられて、途轍もなく瞼が重い。目を開けると見慣れない天井、窓から見える景色にも見覚えが無い。
次に聞き耳を立てる。自分の他に少なくとも一人、この部屋に居るらしい。外もかなり賑っているのが分かる。よく耳を澄ますと、城下町では聞きなれない独特な訛りが混じった声もちらほら聞こえてくる。
そのまた次に、自分は何故こんな見知らぬところで寝ていたのだろうと考える。お姫様の誘拐をその人自身に頼まれて、それで、それで、それで……!
「二人とも無事ッ!?あッ、ぐっ……!」
「おおなんだ!目を覚ましたのは良いがいきなり体を動かすんじゃない」
毛布を剥がし上半身を勢いよく起こした衝撃で、全身に激痛が走る。
「あ、あんたは……?いや、それよりもフォーセとルコウは!?あいつら無事なのか!?」
「いいからちょっと落ち着け!」
痛みを意に返さず、白衣の中年男の襟につかみかかるカンナ。
「その二人は無事だ!だから、この手を離せ……!」
「そ、そうか……」
それを聞いて脱力したかのように手を離す。
「目覚めたと思ったらこれか……お前さんが倒れている間、誰が面倒見てやったと思ってるんだああん?」
服装を見て、それが嘘ではないと理解する。
「す、すまない……混乱してしまった」
はあ、とロブは深い溜息をつく。
「まあ、無理もない……ここまでお前さんらを連れてきた、フォーセ……彼女はそういう名前なのか?」
しまった……気が動転していた勢いでお姫様の名前を出してしまった。
「この際素性は置いておくが、彼女にも後で礼を言っておくといい」
何故?という顔を無意識にしていたらしい。
「昨日の夜中にお前さんらがここに運ばれたんだが、日が昇るくらいまで、お前ともう一人のお嬢さんにつきっきりで看病してくれたのさ」
「そう、だったのか……」
「ま、流石にその後は無理やり寝かせたが、直ぐに寝息を立て始めてたよ」
「ん?じゃああんたは……」
「昨日から今まで寝れてねーよボケナスが……」
よく顔を見るとたしかに酷い隈が目の下に出来ている。
「そうか、最初に掴みかかって本当、申し訳ない」
「ちっ、全くだ」
そこまでしてくれた恩人に失礼な事をしてしまったと、反省する。
「そうだ、ルコウは?ああ、あの火傷が酷かった黒髪の―――」
「あーその、彼女なんだが……」
目を泳がせ言葉を詰まらせている。
「もう、目を覚まさないかもしれない」
「ぐ……そうか……」
聞く前から、そんな予感はしていた。素人目から見てもあれは瀕死の重傷。生きていること自体が奇跡の御業ともいうべき事柄なのだろう。
カンナは歯噛みする。
「……ちょっと、外にでも出てきます」
「お、おい!動ける身体じゃないって自分でも……わかるだろって……」
ベッドから緩やかに足を降ろし、縁に手を添えじわじわと体内の魔力を熾し、全身に行き渡らせ、立ち上がる。
「おいおい……魔力視で見た限りじゃヒビが入ってる骨もあったし、筋線維も相当傷ついてたはず」
「ただ単に内流と、あとは負荷の掛からない体の動かし方を考えれば、これでも何とか歩く位はできます」
「そ、そうかい……」
後はじゃあ好きにしな、といった風に顔を逸らし手でしっしとされた。
のそのそ、と猫背で蟹股で扉を開けて外に出る。
「なるほど……『ゼニ』に無事到着してたのね……」
窓越しの見慣れない景色も、聞き慣れないイントネーションにも合点がいく。
所狭しに並ぶ屋台にも似た店。カラフルな色をした天幕から、その商会のロゴ入りの旗やら、やたら露出の多い女性を出汁にして客を呼ぶ店など、相も変わらず混沌としている。
そんな賑やかな景色をじっとりとした目で見まわすカンナ。
「あまり普段との違いは、見受けられないな……」
城への放火が起きて丸一日以上経過しているはずだが、それといった混乱もない。
「まだ、公にしていないのか……」
敵対する側の人間に少なくとも一人以上はフォーセ皇女殿下が存命、逃亡中だという事がバレているが……
「軍務卿にバレていたとしても、他人に教えることは無いんだったな」
どちらにしても、挙兵でもされて大っぴらに探される方が厄介。それならば今の状況の方が色々と動きやすい。
「しかし、ルコウ……」
目を覚まさないかもしれない。ロブの言葉を反芻する。いくら短い間だけの付き合いしか無いとはいえ、このままで良いとは断じて思わない。
「お姫様はどう考えてるんだろう……」
フォーセとルコウは主とその従者、という淡白な関係に留まらないのは明らかだろうが……
「……どちらにしても、俺一人では判断を下せないな」
肩を竦ませようとしたが、多分激痛が走るので止めておく。
「はぁ……歩くのも疲れたし、帰ろう……」
のそのそ、と踵を返して『ロブ施術院(休業中)』と書かれた看板の扉のノブに手を伸ばしたら、
「うおっ!」「きゃ!」
丁度扉が開かれ危うく開けた主、フォーセと衝突しかける。
「す、すまん……」
「いえ、こちらこそ……」
何だか気まずい空気が二人の間を流れる(と感じているのはカンナだけかもしれない)が、
「カンナ、本当にもう歩けるのですね」
「え?あ、ああ……あんたの看病のおかげかもな」
目を逸らし頭を掻く。
「そう……ですか。ルコウも、あなたのように目覚めて外に出られる日が来ると良いのですが……」
お礼のつもりで言ったが、ずんずん暗い表情に落ちていくフォーセ。
「あんた、この先どうするつもりなんだ?ルコウの事、諦めるのか?」
「それは……」
一拍を置いて続ける。
「諦めません。絶対に。ルコウは、私の大事な友達なんです。見捨てたりなんてしたくないです」
「そうか……」
紺碧の瞳が爛々と輝くのを見た。
「俺も同意見だ。このままだと、寝覚め悪いからな」
「ええ、ルコウを助ける方法、必ず見つけてみせます」
ルコウを救う。二人の間で目的が一致した瞬間だった。
「ところで、今からどこに行こうとしてたんだ?」
「ああ、それはですね、フラフラとここを出て行ってしまったあなたを探すことと、ここまで私たちを連れてきてくれた商人さんにお礼をと思いまして」
「商人?」
「あの刀を売ってくれた方です」
「え?そう、だったのか」
恐ろしい偶然もあるものだ、と心底驚いてしまう。たまたま城下町で声を掛け、その夜にたまたま近くの街道を通りかかった、という事だろう。
(運命、って言葉は好きじゃ無いけど……)
あまりに都合の良い出来事の重なりに、理解し得ない力を感じる。
(神の思し召し?んな馬鹿な……人間は理解しがたいことに神を見出したがるって師匠も言っていたし、そういう事だろう)
そう、偶然。それ以外はあり得ない。
「本当に、不幸な事もありましたが、その中にあっても幸運な出来事は起こりえるのです」
「……」
「だからきっと、ルコウも元気になります!」
「そう、ねぇ……」
何だか他力本願の様に聞こえたが、否定も肯定もする気になれず、曖昧な返事をする。
「それじゃあ俺は、またベッドに潜って休むとするよ」
フォーセの肩に手を乗せ押し退けながら部屋に戻る。
「あ、はい……お大事に」
言葉を遮るように扉を閉じ、そのままもたれかかる。
「なあ、ロブさん」
そこで、先の会話を全て聞いていたであろう人物に問う。
「あんた、運命って信じるか?」
「運命?なんだ、急にセンチメンタルにでもなったか?」
「いや、あくまで、論理的に存在するかしないか……そう聞いているんだ」
「ふぅむ……運命、ねぇ……」
ロブが顎に手を当て、逡巡する。
「俺は存在するし、存在しないとも思ってる」
「……はぁ?」
なに言ってんだこのおっさん。
「どういうことだ?」
顎に当てた手で無精髭をさすりながら、視線を宙に浮かせる。
「その人が運命を信じれば在るし、信じていなければ無い。要は本人の考え次第なんじゃねぇかと、俺は思ってる」
「へぇ……」
ベッドで横になっているルコウの顔を見る。とても穏やかな表情で、透き通りそうなくらい白い。
「だから、信じる信じないは個人個人の自由ってことだな」
「個人の自由、か……」
顔を見上げ、ロブに向き直る。
「それじゃあ、あんたはどっちなんだ?」
「ん、そうだなぁ……」
天井からぶら下がっているガス灯を見つめるロブ。
「俺は信じたい時に信じて、信じたくない時は信じないな!」
「なっ、無茶苦茶な……」
「だって個人個人の自由だって言ったじゃねぇか!」
いや、たしかにそうだが。
わっはっは!と豪快に笑うロブが、呆けている俺を尻目に机の引き出しから煙草を取り出しカンナの方、もとい扉に向かう。
「ちょっくら煙草でも吸って休憩してくるから、そこどきな」
言われるがままに横にずれる。
「そうだ、お前はどっちなんだ?」
「え?」
「運命だよ」
ノブに手を掛けたまま聞いてくる。
「俺は、信じてない……かもしれない」
「?釈然としねえなぁ……まあ、少しくらい悩んだ方がきっと良いことあるさ」
そう言い残し外に出るロブ。
「……良いも悪いも、『運命』の一言で心を整理出来れば、楽だったかもしれない……」
それと同時に、諦めるのと同義。それをカンナは許せなかった。
(信じてない……か。信じたくない、の方が正しいか)
『四柱錬隊』壊滅の時を想起する。
(あれを『運命』だった、の簡単な一言では片づけたくない)
今考えても仕方ないとばかりに首を振るカンナ。
「はぁ……兎に角もう休もう」
自分のベッドに向かいながら、ルコウの顔を一瞥する。
その瞬間、視界が、世界が歪んだ。
ほんの一瞬の違和感が過ぎ去ると、ルコウの前に、男が立っていた。
「!!!」
こいつ、どうやってここに入った!?いや、扉を開けて入るにも絶対にロブとすれ違うし、そもそも扉を開けずにここに突然現れたのか!?
心臓が破裂しそうな勢いで拍動する。幾度となく死闘を繰り広げてきたカンナの直感がこの、まるで初めからそこに居たかのように佇んでいる男がどれだけ危険かを察知した。
仮に万全な状態でもこいつに勝つのは不可能。逃走も無意味。そうカンナが感じるほど、この男は異常な、人智を越えているとも形容できる力を持っている。
それでも、抗う術を持たないルコウを守らなければ、と即座に身体が壊れることを厭わず魔力を熾し内流を使い、自身のベッド脇に置いてある刀に手を伸ばし、床を穿つ程の力を込める。
「ああ、可哀想なルコウちゃん……」
しかし、その男が発した意外な一言に、魔力を熾すのを止めてしまった。
「僕がもし、君についていれば、こんなことにならなかっただろうに……」
ルコウに語り掛けている内容自体は、優しいと言っても差し支えない。が、男の纏うあまりに異常で異質なオーラが、その言葉以上に何らかの意味を含んでいると確信させる。
再び魔力を熾し、刀を取るべく跳躍する。男はそれを気にすることもなく、ルコウの頬に手を伸ばす。
「!やめろッ!」
居合一閃。首を目がけて刀を振り抜く。それに気づいていないのか、全く避けようとしない。
獲った!と思ったのも束の間、男に刃が届く寸での所でまたあの違和感。それが終わり、跳ねられた首が宙を舞い、鮮血がこの室内を染める……はずだった。
手応えがない。何故なら、目の前にはもうその男は居なかったからだ。
「いやいや、いきなり殺そうとするなんて、野蛮すぎませんかぁ?」
背後から、耳にへばりつくような男の声。
「お前、一体何者だ」
あまりの緊張感の中で体を動かせず、振り抜いた格好のままで背後の男に問う。
「そりゃあなたも僕の顔くらいは、知っているはずですけどねぇ……ささ、そんなおかしな決めポーズを止めて、その物騒なものも仕舞って、お互い面と向かって話しましょうよぉ」
一体どんな力か魔法かは分からないが今の一撃で、カンナはこの男に傷一つ付けられないという事実を受け入れる。
「是非も無い……か」
相手が本当に話したいのか、隙をついてカンナを殺す魂胆があったとしても、今の彼が自由を選択出来るほど、この対面はあの男が掌握している。
刀を鞘に納め、戦う意思がないことを示すために部屋の隅に投げやり、振り返る。
「……!お前……は……!」
そこにいる人物の姿を見て、カンナは驚愕する他なかった。