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13、夜空の下

 船……そう、この国へは船で来た。富も権力無いあたしたちでは、正式な渡航許可も下りるはずもなく、貨物船に乗りやってきた。当時幼かった自分は分からなかったが、密航、というやつに他ならない。目的は……何だったかな?お金を稼ぐためだったっけ。いや、故郷の里を追われたから、かもしれない。どちらにしても、過去の事だ。今となってはどうでもいい。問題はこの国に着いてからだ。


両親とあたし、三人でここロマンサ帝国に渡り、生活費稼ぐ為に骨身を削った。最初は言葉も分からず、見様見真似で出来るような仕事を低賃金でやっていた。それでも裕福とは言えないまでも、家族との暮らしは平和だった。そう、あの男に目を付けられるまでは……


「ここから一番近い街は交易都市のオーグですか……」


 はっ、と今はそんな過去の事なんてどうでもいい、そう思い込む事にして、いつもの軽くて少し気が強そうな、そんな女性になる。


 「商人と一緒に情報も集まるから、身元を隠さないとスグにバレちゃうかもしれないわね」

 「たしかに、侍女さんの言う通りだな」

 「む……」


 そういえば、最初に会った時に自己紹介はしたはずなのにこいつ、あたしを名前で呼んだこと無いな……?

 

 「あたしは侍女って名前じゃなくて、ちゃんとルコウ・カガミっていう立派な名前があるんだから、その呼び方は止してくれる?」

 「お、おお……すまん、これからはちゃんと、ルコウって呼ぶよ」


 立派な……そう、立派な名前だ。名のルコウは母が好きな花、縷紅草から付けられた、常に愛らしくいて欲しいという願いが籠った名だ。特に意識して愛されるようになどとは思っていないから、母の気持ちを無下にしている、のかもしれないが、自分自身でもこの名は気に入っている。

 

 姓のカガミ、これは隠の国四大名家の内の一つ、火神家の証だ。もっとも、今となっては地位も権力も財も無い没落貴族、いや、存在自体が無くなっているだろう。名家の長女として生を受けたルコウの忍としての才能は、歴代でも一、二を争うレベルだったらしい。幼いながらにして、自分の倍の体格もある大人の男との組手で互角、同年代相手では負けを経験したことはついぞ無かったが、それと同時に同年代の友人を作ることが出来なかった。


 「そう、それでいいわ」


 二つ結いの伸びた髪を手で払い、ツンとした表情で顔を逸らす。


 「それにしても、このペースだと日が暮れるな……」

 「そう、かもしれないですね」


 いくら整備された街道とは言え、夜になると動物とはまた違う、魔物が活動し始める上、夜盗などに狙われる可能性も出てくる。


 「こんな状況じゃなけりゃ、どっかの商人の用心棒する引き換えに馬車に乗せてもらうことも考えたんだけどなぁ」

 「あたしらならそれこそ、どこの馬の骨ともわからない冒険者雇うよりもずっと安全だろうしね」

 「冒険者の連中なんて、本当にアテにならない奴ばっかりだしなぁ」


 冒険者。言葉だけを聞くと、未開の地に探索して誰も見つけたことが無いお宝を探しに行ったりするのを想像するが、ここでの冒険者の意味合いは少し違う。


 冒険者ギルドに登録し、そこに届く依頼―――クエストと呼ばれている―――をこなし、その結果如何で各冒険者個々にランク付けされるシステムで、自ら人類未踏の地を旅しようという者は殆ど居ないのが現実だ。特にこの城下町の冒険者ギルドに籍を置く冒険者は、帝国兵により魔物などの被害が抑えられているため、採取などの依頼ばかりで相当な軟弱者の集まりだと、一部の人間に思われている。


 ちなみに、この冒険者ギルドに依頼できないような、もしくは難度が高すぎて無理だと判断された事案を扱うのが、砂滑亭となっている。

 

 「まあ、彼らも帝都民の生活を守る重要な仕事をこなしているのですから、そんなに悪く言うのもではないですよ」

 「それも、そうね」


 帝都民の生活を守る……ルコウもある意味では民の生活を守っていた。いや、そう信じていた。


 生まれながらにして持っていた忍としての才を活かし、常人には到底届かない高所での作業、月の出ていない夜も夜目で日中と変わらず作業を続けられる彼女とその両親は、とても現場で重宝されていた。言葉は通じずともお互いに寝食を共にしていくうちに、同業の人たちとも仲を深めることが出来ていたと思っていた。


 「……ルコウ?どうしたのですか?また、顔色が悪いようですが……」

 「え?」


 いけない、と過去を振り払うように頭を左右に振る。


 「なにか、あったのか?」

 「いや、なにもないわ」


 強気に、自分の思考ごと追いやるように語気を強める。


 (くそ、あの下種野郎の一言でこんなにも惑わされるなんて……あたしはまだあの事を引きずっているのね)


 過ぎ去ったことに囚われ続けている自分自身に嫌気が差しているルコウ。


 「……もう日もかなり沈んできた。今日は早めに休んでしまおう。俺も含めて、皆疲れてるだろうし」

 「賛成です。城下町を出てから終始歩き詰めで、少し疲れました……」


 藍色と茜色の黄金比で彩られ始めた空を見上げ、そう提案するカンナに便乗するフォーセ。


 「そうね……あたしも休みたい気分だわ」


 街道を少し離れ、『陽光隠しの森』付近の草原地帯で荷をほどく。


 「ここで、今夜は野営だな」


 カンナが一息つくと同時に、


 「じゃあ俺は薪をそこらで調達してくるから、二人はここで待っていてくれ」


 そそくさと森に分け入っていく。

 

 「ちゃんと迷わず戻って来てくださいね!」


 了解したと手を振って応えるカンナ。


 日が沈み掛けた空の下で、陽光の暖かさの残る草に腰を下ろす二人。


 「そういえば、私とあなたが出会ったのもこんな空の時でしたっけ……」


 フォーセが、星が瞬き始めた空を、それはもうその輝きに劣らない澄んだ瞳で見上げる。

 

 「そう、だったかしら?」

 「あれ、忘れてしまったのですか?」


 忘れるはずもない。あれ程鮮烈な出会いを忘れられる訳がなかった。


 「私が幼い頃庭で一人で遊んでいるとき……そうですね、たしかボールで遊んでいたはずです」

 「そう、だったかもね」


 無邪気な顔で一生懸命ボールを追いかける、幼いフォーセ。その時の彼女の笑顔が直視出来ないほど、自分には眩しかった。


 「それであなたは何故か知らないけど、塀の上からこっちをずーっと見てて……」

 「そう、だったかもしれないわね」


 そんな純粋で、純朴で、何者にも汚されていない、何者にも穢されることがない、すべてを浄化せしめてしまう清水の様に澄んだ紺碧の瞳。


 「私が遊びたいの?って聞いたら、びっくりして、そのまま固まっていましたよね」

 「……」

 

 突然声を掛けられた事に驚いた。当時はこちらの言葉なんて分からなかったから、とにかく目的を達成しなければ、と思った。


 「その後に塀から飛び降りてきたのには驚きましたが、ボールを渡すときょとんとした表情をして、とても可愛らしかったのを覚えています」

 

 ボールを屈託のない笑顔で手渡されて、そこで初めて遊びに誘われているのだと理解した。


 「それでボールを蹴ったり投げたり……もちろん、あなたにとっては、私程度の身体能力では物足りなかったでしょうけど……」


 ただただ、楽しかった。目的も何もすべて嫌なことは投げ出して、彼女と関わることで心が洗われる気がした。


 「そこにユーゼが来て、彼女を介してようやく言葉が通じて、そこで初めて自己紹介して……友達になったの」


 ルコウ・カガミという名前を教えて、生まれて初めての友達が出来た。


 「それでユーゼと相談して、あなたを私の傍付きの侍女として無理矢理に雇ったの。懐かしいな……」


 皇族専属の侍女という立場を得て以降、あの男からの干渉はめっきり無くなったが、城下町を出る際に、接触されてしまった。


 「先ほどからずっと上の空ですが……本当に大丈夫ですか?」

 「え?あたしはいつも通りよ」

 

 空もすっかり黒に染まり、辺り一面が闇に飲まれる。


 ぼがぁん!と森から何かの炸裂音がしたと同時に、こちらに黒い人影が飛んでくる。


 「おい、何してる!変な連中に囲まれてるぞ!早く臨戦態勢をとれ!」

 「な……」


 普段から培っている敵意を知らせる直感が鈍っていたため、初動が遅れた。


自身の首めがけて振り下ろされる刃を、薄皮一枚を切らせるのみで何とか避ける。


「しぃッ!」

「《火よ、安寧もたらす光となりて、その身を窶せ》!」


 薪を持ってきたカンナが、それに火を着け光源を確保する。


 「こいつら、まさか……諜報課の連中か?」

 「その……様ですね」

 「もう、来るなんて……」


 あいつの発言からして、皇女が生きているのは少なくとも奴にはバレているようだったが、


 「『もう』ってどういうことです?ルコウ」

 「軍務卿の奴にはもう既に、皇女が存命しているのが知られているの……」

 「な、まじか……」

 

 中央にフォーセ、その両側にカンナとルコウが付く。

 

 「それじゃあの計画自体無意味だったってことか?」

 「いや、あいつの性格からして他の人間に教えることはないはずよ」


 しかし、ずっと後をつけていたにしても気配が無さ過ぎた。この場所をあらかじめ把握していて、ここに急襲したとしか思えない。


 「そうかい、それならいいけど。まずはここを切り抜けるぞ!」

 

 数は十数人、相手が余程の手練れでなければ十分に撃退可能だ。


 黒装束集団のリーダーと思しき人物が、なにやら指を二本立てたジェスチャーで他の連中に指示を出した瞬間、一斉に飛び掛かってくる。


 「くッ!こいつら……」

 「なかなかのやり手ね!」


 ナイフを上に掲げ振り下ろすと見せかけ、そのまま逆手に持ち替え首を狙うフェイント、ゆらゆらとした服で得物を隠し、右脇腹へと一直線に伸びる軌跡。それらを寸での所で腕を取り関節を極めナイフを落とさせ、それに加えて顎に掌底打ちし気絶を図るが、体を上手く仰け反らせて衝撃を緩和させてくる。だがその行為自体は隙が大きく、一対一なら問題なくダウンを取れるのだが、一人体勢を崩したらその背後からもう一人と、立ち代わり入れ替わりで攻撃の手を緩めない意志の疎通の取れた連携を仕掛けてくる。


 (これは、このままだとジリ貧ね……)


 一見すると膠着状態の様に見えるが、後ろには守るべきフォーセが居て、相手はただ突っ込んでくるだけで良く、一瞬の隙を突かれてフォーセに手を出されるだけでアウトの状況である。


 「ちょっとカンナ!あんた三秒位で良いから時間稼いで!」

 「三秒!?なにするんだ!?」

 「いいから!」


 少しの間、いや、引き伸ばされた時間の中での三秒は平常時とは比較にならないほどの密度を生み出す。その中でルコウが身を引き、形勢を覆す策に出る。


 ルコウが両手を合わせる。人差し指以外の指を握りこんだと思ったら、次は小指と人差し指、その次は親指と中指、など目にも止まらぬ速さで両手を組み替える。


 「《風遁:暴風壁の術》!」


 そう言い放ち両手を地面に叩きつける。そうすると、ごう!と丁度三人が台風の目に居るように、周囲だけが突風に見舞われている。


 「なんだ……?」


 襲撃者達はたまらず後方に吹き飛ばされ、先程の連携は崩れ去る。


 「よし、今のうちにここを離脱するわよ!」

 「おい待て!多分離脱は無理だ!」

 「何故、離脱は無理なのですか?」


 この技の突風はそれなりの持続時間があるようで、話す時間を作る。


 「こいつら、後をつけてた訳じゃねぇ!何らかの手段でこちらの居場所を特定出来るんだ!」

 「じゃあ一体どうすれば……」


 フォーセがこの状況を打破する方法を考えているが、


 「もうそろそろこの術の効果も切れる……!どうするの!?」


 この時、カンナの目が一瞬だけ、濁った光を放った。


 「しょうがない。全員殺すしかない」

 

 日中あの胡散臭い商人から購入した、刀の柄に躊躇いも無く手を掛ける。


 「……!それはダメです!あの人たちもれっきとした帝国の―――」

 「じゃあ三人揃って殺されるのか?いや、死んだはずの人間をわざわざ追うメリットも無い、推測するに俺とルコウを殺して、あんたは生け捕りにでもする魂胆だろう」

 「……ッ!」

 「とどのつまり、あいつらを全員殺して次の追手が来るまでに何とか身を隠す。もしくは俺たち二人を殺させて、あんたも捕らえられるかの二つに一つだ」

 「そ、そんな……!」


 カンナの推測に補足を入れるのであれば、皇女の生存を知っている人間は生かせない、だから彼自身とルコウが口封じに殺され、生きていた皇女を何かに利用するつもりなのだろう、と考えている。遠からず当たらずだが、一番大事なところを読み違える。


 「……もう術が切れるわ。ここまで来たら……もうやるしかないわ」


 風の勢いが弱まり始めたその刹那、文字通り風を斬って先程まで安全圏だった空間に割って入る。


 「くッ……!」


 その者の短剣とカンナが居合で抜いた刀とがぶつかり合い、即座に力押しでは負けると判断した相手が、すぐさま後方に飛び退く。


 「相談は、終わりましたか」

 

 抑揚の無い、男とも女とも判断が付かない、恐らく身元が発覚しない様に予め何らかの手段で変声させているのだろう、掠れた声だ。


 「いや、終わってないけど、どちらにしてもやることは一つしかない」


 刀を片手で緩く持ち、正面に構える。


 「そう、ですか……では」


 と言って、また先程とは違うジェスチャーで指示を出すリーダーらしき人物だったが、


 「やらせない!」


 踏み込むには多少踏ん張りが効きづらいふかふかとした地面を蹴って、急速に接近、首目がけて横一文字に薙ぎ払うが、あまりにも素直な攻撃であったが為に、半歩下がるだけで躱されてしまう。


 「では皆さん、お願いします」

 「なぁッ!くそッ」

 

 躱しながら指示を出されてしまった。


 「「《業火よ……》」」


 今度は連携攻撃ではなく、詠唱を始める黒装束達。


 「な、詠唱……!?」


 カンナが守るべき対象から離れても良い、そう判断した理由に『フォーセに危害を加えない』という考えがあったからだ。しかし、実際にはフォーセとそこにいるルコウの二人を巻き込みかねない魔法の詠唱を始めている。


 「「《……天焦がす柱となりて、全てを灰燼と成せ》!」」

 「まずい!逃げろォォ!」


 帯電させても救出は到底間に合わない。喉が張り裂けんばかりに叫んだ。


 ユニゾン、と呼ばれる技術。本来は音楽の用語であるが、それと似たような魔法技術であった為、こう呼称されている。一人の時は勿論一人分の出力しか出せないが、二人三人と同じ詠唱を重ねるほど指数関数的に威力が大きくなる技術だ。だがそれ故に、一朝一夕で出来るようなものではなく、それ相応の訓練時間を要するものである。が、先程のような完璧な連携をジェスチャー一つのみで掛け声すら無しでやってのけた、この集団に失敗はあり得なかった。


 彼女ら二人の頭上に巨大な魔法陣が形成、そこから溢れんばかりの熱が、地上に向かって円柱状に放出される。

 

 「ああ、ああ……」


 まるで火山の噴火口からマグマが噴き出ているような、人間二人を焼き殺すには十分すぎる威力だった。


 炎が収まり、黒煙が徐々に払われていく。空に浮かぶ月が、スポットライトの様にその場所を照らす。


 「……!二人とも!」


 そこには、金髪の少女に覆いかぶさるように、黒髪の女性が倒れていた。カンナも覚束ない足取りでそこに向かう。


 「ルコウ……?ねえ、ルコウ……返事をして?お願いだから……」


 下敷きになっていたフォーセは見たところ多少の火傷で済んでいるようだが……


 「ルコウ、お前……!」


 庇ったのだろう。背中は酷く焼けただれて、見るも無残な姿をしている。


 「ねえルコウ……ねえったら……!」


 フォーセ泣きながらの呼びかけもただただ、空虚な星空に吸われるのみで、ルコウの意識には届かない。


 「……くそったれ……」


 カンナは自分の判断ミスを悔いた。


 (あそこで離れなければ、防御の手段も、発動阻止の展開もあったはずだ)


 迂闊で、軽率。他人に注意するだけの思慮深さは自分も持ち合わせていなかったと、自嘲気味に心中で笑う。


 「我々の目的はフォーセ皇女殿下の身体の奪取、それだけです。この意味は……お分かりですね?」


 その掠れた声が、いやに耳障りだと感じた。

 

 「……大人しくフォーセの身を渡せば、俺の命は取らないって……そういうことか?」

 「そうだ。だがもし、皇女殿下の存命を言いふらせば、次はあなたの命を頂戴することになりますが」


 目の前には今も必死にルコウに声をかけ続けているフォーセが居る。その悲痛な声と今にも号泣し出してしまいそうなのを、ぐっと堪えているその姿が、心を刺す。


 「残念……その要求は飲めないし、飲みたくもない」


 声の主の方に向き直す。


 「お前らは、ここで全員殺す」


 彼の唐紅色の瞳から、冷徹な怒気が流れ出る。


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