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12、出立

 「で、計画に支障は現時点では見受けられない……そういうことで良いんだよな?」


 話が拗れてしまったのを修正するべく自らが声を上げる。


 「え、ええ。私たちは既に死んだ人間……暫くは自由に動けるでしょう」


 犠牲を出したことに罪悪感を感じているのは見て取れるが、心の芯はまだ折れていない、紺碧の瞳には意志の光が宿っている。


 「でもさすがに城下町に素顔をさらけ出して繰り出すのは止めた方がいいと思うわよ?」


 もう気持ちを切り替え、いつもの軽い調子に戻っている侍女、ルコウ。


 「まあ、たしかに……辺境の村とかならともかく、ここでは皇女殿下の顔を知る者も多いからなぁ」

 「顔と姿を隠す丁度いいのを用意してあるぜ?」


 アザロがここぞとばかりに、話に割って入る。


 「よっこらせっと」


 カウンターの奥から大きな袋をこちらまで運び、開封する。


 「おお、これは……フード付きのローブか」

 「おう、食料もついでに用意しておいたぜ」


 袋の中には干した羊の肉と、同じく干した魚、果物などが入っている。

 

 「これは、身を隠す為のものだけで良いと伝えたはずですが……」

 「がっはっは!これはプレゼントだよ、お三方」

 「プレゼント……?」

 

 首を傾げるフォーセにアザロが続ける。


 「お前たち、面白い事してくれるらしいからなぁ。期待と応援の気持ちを込めて、だ」

 「あなたは、私たちがこれから成すことが、良い方向に転がると信じているのですか?」


 真意を掴みかねたフォーセが、質問を投げかける。


 「いやいや、良いとか悪いとかじゃなくてだな……」


 やれやれといった風に頭を掻くアザロ。


 「この先何をしでかすかわからんお前たちの前途が面白そうだからってだけだ。俺からすりゃこの国が転覆しようが関係ねぇよ」

 「なっ……関係、無いですか……」


 その言葉を聞いてあからさまにしょんぼりしているフォーセ。


 「アザロの親父さんも俺と同じでこの国出身じゃないんだ。だから悪気があって言っている訳じゃなく、純粋に俺たちの事応援してくれてるんだよ」

 「そう、ならいいんですが」


 このフォローが功を奏したのかはわからないが、今まで通りの凛然とした面持ちに戻る。


 (それにしても、プレゼント、ねぇ……)


 その言葉に連想されて、何事も無ければ今夜行われるはずだった宴会に思いを馳せる。


 (沢山のリムチーズに、美味い酒。ゴリーのご家族も気が良くて、楽しかったろうな……)


 報酬にパメリ家での食事会の費用を全部フォーセ皇女殿下に持ってもらうのも悪くない、などと考えている中で、大事なことを思い出す。


 「そういえば、結局どこで何をするまでが依頼の内容なんですか?そこのところを、そろそろはっきりしてほしいです」


 まだこれからの行き先も目的も知らない。これでは下調べも準備も出来たものではない。


 「あれ、フォーセまだ言ってなかったの?」

 「色々と、落ち着いて話す時間が無かったので……」


 ここに来てから時間が経ち、この路地裏にある店からでも外の喧騒が伝わってくる。


 「私たちの目的は、『錬金国家バン・マリ』の首都『パノポリス』にて、元首『ゾーシモス』に謁見、友好国として共に、『真なる敵』の陰謀の阻止の協力を仰ぎます」


 なるほど、だからバン・マリで傭兵していた自分に白羽の矢が立ったのか。だが……


 「ちゃんとした計画は立ててあるのか?そもそも、城に火を放つ必要があったのか、森に逃げ込まなければいけなかったのか、その上、方位磁石まで用意していないなんて……」

 「そ、それは……」


 放火せずにも、夜逃げで身を隠す方法なんていくらでもあったはず、仮にそうしても森ではなく市街に逃げ込んでもバレない手段もあったはずだ。

 

 「大丈夫なのか?この目的を達成する算段は付いているのか?」

 「……」


 指示に従う身としては、出来るだけ信頼のおける人間の元で働きたい、そう考えるのは必然だ。


 「でも、何としてでもやり遂げなければ……『真なる敵』の脅威は目には見えませんが、もうかなり近い所まで接近しています。そのためにはあなた達二人の力が必要なのです」


 どうか、未熟な私ですが……と深々と頭を下げるフォーセ。


 「あたしは元から従う以外の選択肢は無いわ。例え死地に赴こうとも、ね」

 「そうかい……」


 たしかに子供の割には良く考えているし、覚悟も信念も大したものだとは思う。


 「俺は無駄死にする気はない。だから、自分の身が犠牲になるようなことはしない。それだけは押さえていてくれ」

 

 報酬で自分の夢が叶えられるかもしれない千載一遇のチャンス、必ずモノにしたいが、死んでしまっては元も子もない。


 「私がもう少し、頭が良ければもっとスムーズに事が運んだのは確かでしょう……でもそれでも、この状況を打破したいのです」

 「……わかったよ、とりあえずこれからどうするのかだけ、教えてくれ」


 フォーセが自分の無力さに打ちひしがれているが、それを意に返さず聞く。


 「途中の村で補給をしつつ南下する予定ですが、それについて先立つものをこの城下町で用意します」

 「分かった。武器も持ち出して来なかったし、調達するべきか」

 「資金は用意してあるから、買ってきなさい。あたしはあんた達が来る前に済ましたから、使い切るならそれでもいいわよ」


 ポケットから硬貨が入った袋を取り出し机に置く。


 「ありがとう、ルコウ」

 「じゃあ……行くか」


 お互いに黒いコートを着て、フードで顔を隠し、

 

 「それじゃあ行ってきます。準備が整ったら南門で集合しましょう」

 「はーい、くれぐれもバレない様にね」


 ガチャリ、とドアが閉められる。


 「あの二人……この先仲良くやっていけるのか、少し不安ね」

 「逆にどんな関係になるのか、俺は楽しみだがな」

 「ほんと、あんたってやつは面白いか面白くないかしかないのね……」


 アザロの思考に呆れるルコウ。


 「しかし、メイドの嬢ちゃん。あんた大分あの姫様に肩入れしてるみたいだな」

 「……面白そうだから聞きたいの?」


 先程からの言動から自身の興味があること、面白い可能性が少しでもあれば知りたいのであろう。


 「女性の秘密にはトゲがあるわよ?それに話す義理も無いし」

 「まあそりゃそうだな……詮索は止そう」

 「それが賢明よ」


 やれやれと首を振る。


 ルコウ・カガミも必要なら必要、不必要であれば不必要と物事を割り切って考える節があり、この質問に対しても答える必要が無いと思っていたが、それ以上に赤の他人には話したくない理由があるのはまた別の話。


 「それじゃ、あたしはこの荷物を持って先に南門で二人を待つわ。色々準備してくれたのは本当に助かったわ」

 「とびっきり面白くなるのを期待してるからな」


 無事を祈るとかはこの変人の頭には無いのね。


 「あんたのご期待に添えるかはわからないから、勝手に期待してなさい」

 

 コートで身元が発覚しない様にし、食料の入った袋を背負い扉を開ける。


 「じゃあ、世話になったわね」


 軽やかな足取りでその場を後にした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 傭兵ってどんな感じの仕事なんだ?と、師匠に昔、戦いで稼げる仕事を教えてもらった時に聞いたことがある。他にも冒険者や用心棒、騎士や兵士などもあったが、何故か傭兵だけ気になった。師匠は、これを雇われ兵で金の為に命を落としかねない職業だから、別の職を選んだ方がお前の為になる、と言っていた気がする。だが、それから暫くして突然目の前から師匠が姿を消して、手っ取り早く金を稼ぐ手段として一番に頭に浮かんだのは、傭兵だった。力さえあれば金を稼げる。自分にとっての天職、とまではいかないにしても、かなり向いている部類の仕事だと思った。確かに師匠の言う通り、命を落とすときは簡単に命を落とす、そんな仕事だったが、幸い俺の周りにはとても常識的とは思えないほどの屈強さを誇り、尚且つ気が良くて楽しい人間ばかりだった。だから、だからこそ、あんな無茶な命令で簡単に傭兵仲間の連中が倒れてしまったことが、悔しくて堪らなかった。


 (おかしな指示で、俺は死にたくない)


 フォーセの顔―――今はフードで全く見えないが―――を見て、自分ももしかしたら同じ様な末路を辿る……そんな気もしてくるが、


 (もう動き始めてしまったし、それに……)


 『真なる敵』。もしかしたら、『四柱錬隊』壊滅の真相に繋がっているかもしれない。そうなれば、非業の死を遂げた仲間たちの死の理由を知れるかもしれない。


 (根拠は無い……が、何だかやけに、それと今回の事象が繋がっている気がする……)


 報酬的にも厄介ごとなのは分かりきってはいたし、このお姫様の覚悟が安いとは思っていない。


 (まだ成長途中ってやつか)


 『陽光隠しの森』を歩いていた時のフォーセを思い浮かべると、まだあどけなく子供っぽさが散見される。城で合った時とは比べ物にならない位砕けた印象を受けた。


 (まあ、そんなのどうでもいいけど……)


 自分も敬語を全て取っ払って話しているし、大分彼女に絆されているのかもしれないと心中で嘆息する。


 「号外、号外だよ!城で大事件が起きたらしいぞ!」


 遠くまで、尚且つ喧騒に掻き消されないように張った声が耳に届く。


 「ん、一応貰っておこう」


 世間ではどの様にあの放火事件が捉えられているのかを知る機会を得る。差し出される新聞紙をひったくる。その一面には、


 「『帝国城から謎の出火!!未だ原因死傷者共に不明!!』となっていますね」


 カンナが持つ新聞紙を背伸びして覗き込むフォーセ。


 「単に情報を得られていないか、もしくは口止めされているか、か?」

 

 事件の表向きの真相は放火、負傷者1名死者3名となっているはずだが、


 「口止め、でしょうね。皇女が亡くなったとあれば混乱は避けられませんでしょうから」


 騒がしさの波に乗じて耳打ちする。


 「でも『不明』としているあたり、いつかは公表するつもりだな」

 「ええ、どうせ長い間隠しきれるものでもないでしょうから……」


 それはどっちの事を言っているのか、そう聞こうと思ったが、どちらにしても大差ないだろうと口には出さない。


 「じゃあまあ……俺は用意しておきたいものがあるけど、あんたは何かあるのか?」


 新聞を後でルコウに見せられるように捨てずに懐に仕舞う。


 「私は特に……ああ、そうですね、出来ればですけど、リムチーズを少々買っておきたいですね」

 「リムチーズ?あんたも好きなのか?」


 言わずもがな、このロマンサ帝国一番の特産品(私見)であるリムチーズ。


 「ええ、あれが無いと一日が始まらないんです」

 「おお……!?」


 何も共通の話題なんて存在しないと思っていた二人の間に、リムチーズ好きという共通点が生まれる。


 「でも資金の無駄遣いもできないので、無いならなくても―――」

 「いや、何とかして余らせる努力をしよう」

 「え、あ、はい……」

 

 食い気味のカンナにフォーセが少し引く。


 リムチーズの前に必要な買い物を済ませるべく、街を歩く。いつもよりも城の事で騒がしい感じはするが、これといった混乱は起きていないようだ。


 「何を買うのが目的なんですか?」

 「そりゃ武器に決まってるだろう」

 「十分素手でも戦えていたように見えましたが……」


 師匠に徒手格闘の技術を教えられているため、もちろん素手でも十分に戦えるが、


 「武器があればどんな相手、まあ人間相手限定にはなるが、戦いの最中では相手の武器に気を取られる。だから、武器から繰り出される攻撃ばかりに夢中になりやすい」

 「武器を持っていることで、意表を突けると……?」

 「そんなところだ。まあ、俺の場合は普通に武器を扱う戦法の方が得意だから、持たない理由は特に無いけど」


 そうこう話している内に、目的の武器売りの通りに着く。


 「凄い、こうも沢山の武器があるのですね……」


 この通り一帯を埋め尽くす、直剣から身の丈程もある大剣、切先が三つに分かれている槍に振り下ろすだけで地面を割れそうな位重量がありそうな槌。そのほかにも様々な武器が並んでいる。城から出火したという大事件が起きているにも関わらず、鎧に身を包んだ者、軽装で如何にもレンジャーしていそうな者、ローブに杖を身に着け如何にも魔法を放っていそうな者など、客の幅も広い。


 「ここの近くには冒険者ギルドもあるから、こうやって目に付きやすいようにしているらしい。向こうの通りには、ここと同じように防具の通りがある」

 「へえ……私全然知りませんでした」

 

 このお姫様は本当に城外に滅多に出なかったのであろう。この通り自体はこの町に住む者ならば知っていて当然のはずだが。


 「ほんと、本に載っているような知識しか知らないのな」

 「ええ……百聞は一見に如かず、それは分かっていて、自分でも直接外の世界を見てみたい、そう思っていました。母上が逝去されるまでは、それなりに自由が効いたのですが……」

 「それ以降は、あまり好きに外出出来なくなったと」

 「ええ、そうですね……」

 

 母が死んでから、というのが少しばかり引っかかるが、具体的にどう気になるのか口では説明出来そうにないので、あえなくスルーすることにした。


 「とにかく、良さそうな武器を見つけて、余った金でチーズ買って南門にさっさと行こう」

 「ですね」


 通りを歩き、品物を物色する。


 「おーい!そこの黒ローブ二人組」

 

 突然背後から声を掛けられ、少し心臓が跳ねる。


 「な、なんですか」

 「アナタ達、武器が入用なら、ウチの品を見ませンカ?逸品が揃ってますヨォ」


 男にしては甲高く、耳に残りやすい声の禿頭の人物が、客引き行為をしている。正体がバレたのではないかと焦ったが、そうではなかったことに安堵する。


 「折角ですし、見てはどうですカ?」

 「そうだな。特にアテがあったわけじゃないし」


 言われるがまま、武器の並ぶ商店の一つに連れられる。


 「ん……これは確かに、いい武器だけど……」

 「あまり見慣れないですね……」


 目の前には、この地域では殆ど見かけない、


 「刀でございますヨ。如何デスカ?」

 「いや、そう言われてもな……」


 刀、主に極東『隠の国』で使用されている武器だったはずだが、流石にこれの使い方は心得ていない。


 「悪いけど、この武器は扱えない。折角案内してもらって悪いけど―――」

 「そんな!ただでさえ売れなくてまずいんですヨ!だから、東洋人っぽいアナタに声をお掛けしたというのニ……」

 「東洋人っぽい……?」

 「その顔立ちに黒い頭髪!目はまあ……違いますガ」


 東洋人、そう間違えられることも多いが、


 「いや、こんななりしてますけど、多分、東洋の出身じゃないので……」

 「そうデスカ……残念デス……」


 物凄く残念そうに項垂れる店主。


 だが、流石のカンナにも申し訳ないという感情が芽生えてくる。


 (まあ触ってみたら、案外良い感じかもしれないし)


 「少し、貸してもらってもいいですか?」


 これを聞いた店員の顔が急激に明るくなる。


 「是非是非!どうぞご自由ニ!」

 

 適当に近くにあった刀を持って、構えてみる。


 「これは、軽いな」


 周りに人が居ないことを確認し、縦に横にと試し振りをしてみる。


 「意外と、使い勝手がいいかもしれない」

 

 でしょうでしょう、と小太りな店主が頷きまくっている。相当買って欲しい様子だ。


 「でもこれ……すぐ壊れそうだけど、大丈夫なのか?」

 「ええそれは勿論。騎士団員が使用する剣と比較しても遜色ない強度を誇っておりますヨ」


 騎士団員が扱う武具は魔具の機能も兼ね備えた、大昔の聖遺物だとかこの世に比肩しない鍛冶師が打ったものだとか、とにかく凄い逸品のバーゲンセール状態なのを知っているため、誇張しているのだと分かるが、


 (兵士団員に支給される安物の剣よりは、この細っこい刀ってやつのほうが、確かに丈夫そうだ)


 ぶんぶんと、内流を込めてかなり本気で振っても、変にたわんだり、刀身がすっぽ抜けたりはしない。


 「……他も試してみるか」

 

 見た目通りに軽量で疲労が溜まりづらく、その割には頑丈。これから都合よく武器を調達できるか分からないこの状況で、この武器を見つけられたのは非常に大きい。その後も暫く刀を選定する。


 「お、これは……」

 

 よく見るとほんの少しだけ橙がかった刀身に、シンプルながらも細やかに装飾が彫られた鍔、片手だけでも扱いやすいよう程よく反った柄。


 「この刀身、もしかしてオリハルコン製か?」


 この橙の感じ、かなり色は普通の鉄に近いが、この特殊な色合いはオリハルコン特有のものだ。


 「お客さん、さすがの慧眼ですネェ。その刀身、純度100パーセントのオリハルコン製でございマス!」

 「へ、へぇ……」

 

 息をするように誇張するなこいつ。


 この色を見る限り、せいぜい5から10パーセントほどしか含まれてないだろう。このオリハルコンという金属はかなり特殊で、普通の金属であればちゃんとした比率でなければ逆に脆くなったりするが、これの場合は入れれば入れるほど、より強固にかつ、柔軟に加工されてくれるようになる。


 「これ、幾らするんだ?」

 「これに決めたのですね」


 こんな街中でこれほどの物を売る店はここ位だろう。あまり他の店は見て回れていないが、これを買うことにする。


 「おおー!ありがとうございマス!これのお値段、今回は初回サービスで金貨二十枚とさせていただきマス!」

 「き……」

 

 金貨二十枚ぃ!?心中で叫ぶ。これはサービスとかではなく恐らく原価、いやそれ以上だろう。


 砂滑亭で受け取った袋の中には金貨九枚と銀貨十一枚しかない。


 「さすがにボッタ値すぎる、純度百パーセントは嘘だってのは分かってるから、それに見合った価格にしてくれ」

 「な、なんと……嘘はやはりバレますネ……」


 嘘はやはりバレる。今の自分たちにブーメラン間違いなしだが、そんなことは関係ない。


 「では半額の金貨十枚でどうでショウ……こちらも生活がある故、これ以上の値下げハ……」


 冷や汗を流しながらねだるように両手をこすり合わせる。


 「カンナ、どうするのですか?」

 「有り金殆ど無くなるが……しゃーない」


 袋から金貨九枚と銀貨十枚を手にあける。銀貨は十枚で金貨一枚相当の価値があるので、支払額としては問題ない。


 「これで、頼む」

 「はいい、確かニ、金貨九枚と銀貨十枚頂きまシタ!」


 せかせかと頭を何度も下げる店主。


 「そうそうではこちらも……」


 と言って今度は真っ黒な筒のようなものを取り出した。


 「なんですか?それは」


 フォーセが質問する。


 「これはデスネ、鞘と言いまして、その刀をしまっておく為の物デス」


 こちらで主に使う剣は、帯に刀身を剥き出しにしたまま帯剣することが多い。


 「刀をナマで持ってたら確かに危ないのは分かる……が生憎もう持ち合わせが殆どないからそれは買えな―――」

 「いえいえ、これは本当にサービスで差し上げマス」


 と、直接手渡しさせられる。


 さっきのサービスは嘘だったのかと心で突っ込みつつ、


 「わ、悪いね……」

 「良いって事デスヨ。お陰様で自分も食いつないでいけマス」


 食いつなぐ、ねぇ……


 「まあじゃあ、有難く貰っておくよ」


 刀を鞘にしまい、腰に差す。ローブのおかげで丁度帯剣しているのか分からない。


 「今後とも御贔屓にお願いしマスー」


 そのまま店主に背を向け、南門に向けて歩き出す。


 「あの方、仮に刀が売れなくても食いつないでいけたでしょうね」

 「ああ、だろうな」


 売れなくて大変、という割には図々しく尚且つ、服装もそれなりに整ったものを着ていた。体格も少々肥えていたし、恐らく別の商売も掛け持ちしているのだろう。


 「扱ってる品物は確かに良質なものばかりだった。相当仕入れの腕が立つんだろうな」

 「でしょうね」

 「……リムチーズ分の金は残らなかった。そこは残念だな」

 

 少し日が傾きつつあるこの通りに、少し物悲しい影が二つほど出来ていた。


 「カンナ……デスカ……いやはや、まさかこんな所で出会えるなんテ……」


 禿頭に手を乗せ、粘着質なにやけ顔を浮かべる刀売りの店主。


 「これは、良い顧客を見つけてしまいまシタ……!」


 稼げる、商人としての本能がそう告げていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 路地裏の『砂滑亭』を出てそのまま真っ直ぐに南門へ向かう。その途中、日の光の全く届かない、まるでそこだけ別世界のような暗がりから、


 「首尾はどうかね」


 とても神経を逆撫でするような、耳障りな声を掛けられる。


 「首尾は、って……あんたも知っている通りよ」

 「知っている通りぃ?」


 クックック、嫌な笑い方だとつくづく思う。


 「城で謎の出火、死傷者不明。これが真実じゃないことくらい僕にだってわかるさ」

 「……!」


 あくまで、冷静を装う。


 「全く、余計な事をしてくれましたねぇ……」

 「……だからどうしたのよ。そもそも、あたしはあんた達とは縁を切ったはずよ?」

 「その通り。全くもってその通りだ、ルコウ・カガミ」


 その瞬間、何の音も、風も無く、既に首元には小さなナイフが添えられていた。


 「……ッ!」

 「だけど君はいつまでも、いつまでも僕のお人形さ」


 更に耳元に顔を近づけて、


 「なんなら、今すぐに君の過去を、君の心酔するお姫様に伝えても良いんだよォ?」


 ぞくりと背筋に悪寒が走る。


 「それだけはッ!」


 首元に据えられたナイフを気にも留めずに、大腿部に隠してある隠鉄製の小刀を振りぬくが、虚空を割くのみに終わる。


 「クックック、本当に君の反応は面白い。まあ、お姫様に今伝えたところでなぁーんにも面白くないから、今回は言わないでおいてあげるよ。これから精々彼女の眩しさに目を細めながら頑張るといいさ」


 既に奴の姿は何処にもなく、声が残響して聞こえてくるだけだった。


 「ああ……あんの下種男が……」


 荒い呼吸を繰り返し、何とか平静さを取り戻す。


 (もうあたしは足を洗った……二度とそっちに戻ってたまるか)


 大量に掻いた冷や汗を袖で拭い、南門へ向かうルコウだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「彼女、少し遅いですね……」

 

 南門の端で、人の往来の邪魔にならない所で二人並んでルコウを待つ。


 「まあ、待ってればいずれは来るだろう」

 「ですね。何か、大変なことに巻き込まれていなければ良いのですが……」


 この状況だ。その気持ちは分かるが……


 「あの侍女さん、只者じゃなさそうだから、大丈夫だろう……ってあの人一体何者なんだ?」


 初めて自室―――今はもう燃えてなくなってしまった―――で会った時から、何か常人離れした凄さを感じていた。


 「彼女は、『隠の国』出身の、『くノ一』だそうです」

 「『隠の国』?そりゃまた遠くから……」

 「でも、私も彼女の過去はそれ位しか知りません。聞いても、頑なに話そうとしないので、最近は訊く事はしてないです」


 『隠の国』。さっきその国の人物に間違えられたことを思い出すが、それは関係ない。


 「俺と同じ黒い髪だったなそういえば。どうして彼女があんたの侍女になることになったんだ?」

 「それはですね……」

 「おーい!」


 少し遠くから、丁度話題にしていた彼女、ルコウ・カガミが手を振りながらこちらに来る。


 「噂をすればなんとやらってやつか」

 「はあ、はあ……ごめん少し遅くなっちゃたわね」


 大量に食料の入った荷物を背負っている所為か、くノ一ともあろう人が息を上げている。


 「今、丁度あなたの事をカンナに教えていたところなんですよ?」

 「え、あたしの、事、を……?」


 何故か顔を青くするルコウ。


 「いやなに、出身地とくノ一だって聞いた、だけだけど……」

 「あ、そ、そうよね、そうだよねぇ……」

 「?」

 

 あははは、となにやらぎこちない笑みを浮かべている彼女。


 (聞いちゃまずかったのか……?)


 考えるが、答えは出るはずもなく。

 

 「私たちの準備はもう既に整っています。とにかく日が沈む前に、宿を借りられるところまでは行きたいと思っていますので、ルコウも大丈夫であれば出発してしまいましょう」

 「そう、ね。あたしは平気よ。さっさとここを出ちゃいましょう」

 「そうだな、二日連続の野宿は避けたいしな」


 ルコウが急かすように、いや自分自身が早くここを離れたいような……そんな思いを他の二人が知ってか知らぬか、そそくさと南門から街道へと足を踏み入れた。

 

 




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