最終話 涙と笑いと
「新クロス」が出来上がったことを、ソラの服に縫いこまれている通信機を通じていつものようにフィーが教えてくれた。
僕たちはジャンも含めた全員がオマール号のクロスの部屋に集まった。
みんなが立ったままテーブルを囲み、白い台座に置かれた真っ黒な野球のボールくらいの球を見つめる。その「新クロス」の上を、レグが赤く光りながらフワフワと飛んでいる。
タルマさんが説明を始めた。
「このクロスは黒の妖精が時間位相を強引にずらしたデータを解析応用し、レグ様に協力していただいて作ったものです。これによって空間位相が重なっている二ヶ月間の範囲内なら、どの時間のどの場所にでも、カイト君たちは帰ることができます」
お姉ちゃんが僕を見てうれしそうに微笑む。
「しかし、簡単な動作チェックをして先ほど分かったのですが・・・・」
タルマさんがそう言うと、後をフィーが続けた。
「実は、今回の空間位相の重なりの終わりが、もう、すぐそこに来ています。予想していたよりも数日早く現れました。お二人が安全に帰るには、明日の朝、夜明け前までに帰らなければいけません」
みんなが、クロスを無言のまま見つめた。
「イヤです! そんな急にまたお姉さまがいなくなるなんて、テルファは絶対にイヤです!」
テルファがお姉ちゃんの腕にしがみつき、フィーに抗議するように叫んだ。テルファは目に涙を浮かべフィーの視線から逃れるようにお姉ちゃんの背中に隠れ、体にしがみつく。
フィーとお姉ちゃんが困った顔をしていると、ソラがテルファの後ろからコツン、とゲンコツをした。
「ワガママを言うでない。もともとカイトもコノハもこちらの人間ではないのじゃぞ? 自分たちの世界にご両親も友人もおるのじゃ。おヌシは自分の姉がこの村の第一巫女であることをもっと誇りに思え。そうすれば自覚も生じて甘えの気持ちも抑えられるじゃろう」
テルファは叩かれた頭を両手で押さえて「うぅ・・・痛いです」としゃがみこんだ。
お姉ちゃんがテルファの前にしゃがんで、
「私はまた、四年後に呼んでくれたら来るよ? 私だって、テルファやフィー、ジャンやタルマさんと、みんなと別れたくないもん。でも、お母さんとお父さんが待ってるからさ。もう、ずっと会ってなくて心配かけちゃってるからさ。やっぱり、帰らなきゃ」
テルファの頭の上にある両手にそっと自分の手を重ねて、うつむくテルファの顔をのぞきこんだ。
みんながお姉ちゃんとテルファを見守るなか、僕はクロスの上に浮くレグに聞く。
「ねぇ、まだミミは目を覚まさないの?」
「いや、うーむ。うーん・・・、そう、だな・・・・」
なぜかレグは困ったような顔をして僕に背中の赤い羽根と長い髪を向けて、
「明日の朝までに帰らなければいけないなら、もうそんなことを言ってる場合じゃないだろう・・・」
と、ボソボソと独り言をつぶやいた。うむ、しかし、いや、うん、とうなづいたり首を振ったりしてまたこっちを見て、
「実は・・・・・」
ふぅ、と一回ため息をつくと、
「ミミはすでに目覚めているのだ」
「ええ?」
思わず声が大きくなる。
みんなの視線がレグに集まった。
「なんで、ミミは出てきてくれないの?」
「ただ、その・・・・今はまだカイトと顔を合わせたくないと・・・・」
「んもう、なにそれ! ミミ、ねぇミミ! 聞こえてるんでしょ? 出てきてよ、ねえ!」
僕がテーブルに両手をついてそう言うと、レグは目をつむって一回深呼吸をした。すると、スゥっと音もなく長い髪の毛と羽根が赤から水色に変わり、次に開いた目の中の瞳は水色から赤へと変わっていた。その赤い瞳で一瞬だけチラッと僕を見たあと、すぐに背中を向ける。
レグがミミと入れ替わった。
「ミミ。僕はミミに言われたとおり、やるべきことをやったよ。なのにどうして怒ってるの?」
「お、怒ってなんかないわよ・・・・」
「じゃあ、なんでこっち向いてくれないの?」
「だって・・・・」
宙に浮いたままゆっくりとミミは振り向く。
「カイト、あ、あの・・・・・」
上目づかいで僕をチラリと見て視線をそらすと、モジモジした。
「おはよう、ミミ。目覚めてるなら、もっと早く会いたかったよ」
水色に輝くミミを見ていると、心の底からあったかくてやさしい気持ちが湧き上がってくる。自然に、顔がほころんでしまう。
「ミミがいたから、僕はここまで来れたんだよ。ミミがいてくれたから、お姉ちゃんも助けられたんだよ」
浮いているミミの足元に手を差し出すと、ミミはフワッと僕の手のひらに降りた。
「みんなミミのおかげだよ。ありがとう、ミミ」
僕がそう言うとミミは顔を上げて、今度はしっかりと僕を見た。
「そんな・・・ことない。お礼を・・・言わなきゃいけないのは、私のほう・・なの・・・・・」
ミミが言葉を一つ一つ出すたびに僕を見る目に涙が浮かび、ついに溢れ頬を伝わる。涙は僕の手のひらに落ちる前に固まって「妖精の涙」になって、手のひらの上を転がった。
「だって、カイトに会わなかったら私はまだファルムの森の中で、ずっと一人のままだったのよ? レグのことを思い出すことも出来なかった。カイトのおかげで、ずっと前の、前世体のころの記憶も取り戻せた。前世体で生きた三百年間の・・・・・。こんなに、こんなに人間に感謝したのは初めてよ。なのに、それなのに・・・・・」
ミミは涙をぬぐい、
「もう! こうなっちゃうから出たくなかったのよ! こんなに、みんなが見てる前でなんて、泣きたくなかったんだから!」
グシグシと顔をこすり、
「なんで、・・・・アンタ、こっちの人間じゃないのよ! なんで帰らなきゃいけないのよぅ!」
僕の手のひらの上にしゃがんで顔を両手で隠した。
「僕だってミミと離れたくないよ。でも僕がやらなきゃいけないことは、まだ終わってないんだ。お姉ちゃんを無事にお母さんとお父さんに会わせなくちゃ。そこまでが、僕のやらなきゃいけないことだから」
「そんな・・・こと・・・・」
僕の肩にお姉ちゃんがそっと手を置く。
「初めまして。ミミちゃん」
『ちゃん?』
僕とソラがびっくりしてそう言い、手のひらの上でミミがピクッとなった。お姉ちゃんは、
「あ、もしかしてチャンづけってダメ? やっぱり『ミミさま』って言ったほうが良かった?」
あわててキョロキョロと周りのみんなを見る。
「あ、そっか! こっちでは『ちゃ』って言うんだっけ? じゃあ、ミミちゃ?」
「むはーっ!」
ソラが変な顔で変な声を出した。
「あ、いえ、コノハさんならどちらでも良いのではないかと・・・・」
ミミとソラを気にしながら、フィーがオロオロしながら言う。
「フフフッ・・・・。あははっ」
涙をぬぐいながらミミが笑い出した。
「ふふふっ。そうね、コノハ。アンタならいいわよ。全然いいわ! カイトに初めて会ったときみたいで、なんか、もう、さすが姉弟って感じよね! アハッ、もう、おっかしー。あはははっ」
ミミはしばらく笑ったあと、自分の足元に転がるたくさんの「水色の涙」に気付いて、笑うのをやめた。
僕の手のひらから離れ宙に浮かぶと、少し恥ずかしそうに、
「ねぇ、フィー。これ、コノハに全部あげて。持って行ってほしいの、向こうの世界まで。私やみんなのことを、二人にずっと覚えててほしいから」
手のひらにあるたくさんの「水色の涙」を、僕はフィーが差し出した小瓶に入れた。涙はビンの中で水色にキラキラと輝く。
「何があったって、僕は忘れないよ」
フィーが小瓶にコルクの栓をしてひもをかけお姉ちゃんに渡すと、お姉ちゃんはネックレスと同じようにしてそれを首にかけた。
お姉ちゃんの胸には、水色のガラス玉と小瓶が、二段ベッドみたいに上下に輝いた。
それから僕たちは、オマール号のいろんな部屋から持ってきたイスやソファーに座ったり寝転がったりして、一晩中クロスの部屋で語り明かした。
その話の中には、僕が知らないお姉ちゃんとフィー、タルマさん、ジャンの四人の冒険の話や、ミミが恥ずかしそうに照れながら、でもうれしそうに言うレグとの馴れ初めの話や、ソラの歴史解説なんかもあった。
たくさんの話の中でも僕が聞いて一番うれしかったのは、ミミが持つ夢の話だ。
ミミは宙に浮いたまま少し興奮ぎみに、明るく水色に光りながら自分の夢を語った。
「レナートする前、まだ記憶を失う前に持っていた夢よ。思い出したの!
私はレグといっしょに、妖精たちが人間を誰も傷つけずにレナートできる村を作りたい。
人間たちと仲良く暮らすためには、妖精が生まれ変わった後の悲劇をなくさなくちゃいけないわ。それに、レナート後の記憶のない妖精たちを正しく導いていくことも大切よ。それには、妖精たちが力を合わせて、助け合っていかなくちゃ。
例えば、時期が近づいた妖精は私たちの村に来てレナートするの。そして、魔力が安定するまでずっと村で暮らすの。レナートのときに記憶は消えちゃうだろうけど、覚えておきたいことは私たちに託してくれれば、あとでフォローできるでしょ?
魔力が安定したら、レナート前に住んでいた人間たちの村に帰ってもかまわないし、出て行ってもかまわない。周りには妖精たちしかいないから、ちょっと暴走しちゃったって全然問題ないわ。
ポラリス村の人たちが目指す妖精との共存も、そんな『妖精の村』があれば、理想的な形で実現できるんじゃないかしら?」
これを聞いたソラは毛を逆立てて大興奮して、叫ぶように言った。
「すばらしいですじゃミミ様! そんな村があったらもう事故も起こらず、どの村でも妖精と共存していけますぞ!」
ポラリス村の調査では、現在確認されている妖精は十一、二人らしい。ポラリス村とミミとレグが協力すれば、この夢はもう、すぐにでも実現できそうな気がする。
僕もいっしょにミミの夢を応援したいけど・・・・。それは、仕方ないかな。
四年後にコロンドニアに来たら、どうなってるんだろう? きっと、いろんなことが良くなってるんだろうな。もう、ワクワクしてきちゃうよ!
いつの間にかテルファは寝てしまっていた。僕はみんなと話せるのが楽しくて、寝るのがもったいなくて、眠くなってきたらオマールの癒しの水をガブガブ飲んで、みんなの話を聞き続けた。
部屋の窓から見える空がうっすらと明るくなり始めるまで、僕たちは語り続けた。
ミミと出会ったあの崖の下まで、森の中の道をみんなで歩く。
懐中光を持ったジャンが先頭で、メルテにしたルダ・マグラスを持つ僕が一番後ろだ。剣をメルテにしてるのは獣に襲われたときのためもあるけど、懐中光の代わりにもなるからだ。
僕の前で水色に光りながら飛ぶミミは、ときどき僕のほうを見ては何かを確認するみたいに周りを一周して、また僕の前に戻ってくる。それだけで何も言わなかった。
前にこの道を歩いたのは、コロンドニアに来てミミに出会ったばかりのときだった。思い出すと、すごくたくさんのことを経験したような気がする。それがたった一ヵ月半の間の出来事だったなんて・・・・。みんなとはもっとずっと前から友達だったような気がする。特に、ミミとは。
今はテルファも目を覚まして、お姉ちゃんと手をつないで歩いている。でも歩いている間はほとんど誰も、何も話さなかった。
そして、あの場所に出た。
崖をバックに立つ僕とお姉ちゃんに、
「カイトさん、コノハさん。お二人にはどんなにお礼を言っても足りません。本当に、ありがとうございました」
フィーは深々と頭を下げた。
フィーと同じ巫女の格好をしたお姉ちゃんが、
「もう、やめてよフィー。私たちそんな他人行儀な関係じゃないでしょ? ほら、ね、巫女モードオフ!」
右手の人差し指でフィーのおでこをつん、と突いた。
「フフッ、あはは、」
お姉ちゃんといっしょに目を潤ませて、フィーはお姉ちゃんに抱きついた。
「カイト、ねぇ、・・・・・ちょっとだけ、いい?」
ミミは僕の周りをクルッと一周すると、頭の上に乗った。僕は目をつむって『また四年後に会おうね』と頭の中でミミに伝える。
その返事として、言葉では言い尽くせないくらいたくさんのミミの『想い』が流れてきた。離れたくない、なんで行っちゃうの?、全部アンタのおかげ、会えて良かった、楽しかった、行かないで、元気でね、四年後にまた、忘れたら許さないんだから・・・・。そして、『ありがとう、本当に、ありがとう・・・・・』。
ミミの僕への気持ちが、感情が、言葉にならない想いまでもが伝わってきて、心がギュッてなって。
元気に『またね!』って言って帰ろうと思ってたのに、これじゃ・・・・。
少しだけ、涙が出ちゃったよ。
タルマさんが明るくなり始めた空を見て「そろそろ時間です」と、遠慮がちに言った。
フィーがクロスを両手に持ち、僕とお姉ちゃんの目の前の、崖側の空間に映像を出す。そこには僕が霧の沢スキー場に向かった日の夕方の、「お姉ちゃんのお葬式」の景色が映っていた。たくさんの喪服を着た人たちが動いていて、一番奥にお母さんとお父さんの姿が見え隠れしている。
ミミが頭から離れた。僕は早口で、
「タルマさん、ありがとう。ジャン、鍛えてくれてありがとう。ソラ、いつもソラといると楽しかったよ。フィー、お姉ちゃんを心配してくれてありがとう、テルファ、元気でね。ミミ・・・・、あの、」
「行くよ、カイト」
お姉ちゃんが僕の手を握る。
「ミミ、大好きだよ!」
『また四年後に!』
僕とお姉ちゃんが同時に最後にそう言って、フィーが「必ず呼びます!」ソラが「ワシも遊びに来るからの!」と言うのを聞きながら、その映像の中に飛び込んだ。
最後に見たコロンドニアのファルムの森は、夜明けの空にやさしく包まれていて。
笑顔で手を振るミミと仲間たちのこれからを、祝福してくれているようだった。
エピローグに続きます。




