第二十九話 戦闘
「コノハは死んだ」
黒の妖精をにらみ両手に剣を構えたまま、ジャンは言った。
黒の妖精はニヤリと笑い、
「フッ。時間位相が合っていないことなど分かっていたさ。計画通りならその水色の巫女と弟のガキも同時に死ぬハズだったのだが、オマエのせいで飛び込むタイミングがずれてしまったようだ」
ちょっとしたゲームに負けたかのように言う。
お姉ちゃんが、死んだ?
「うそだよ。そんなの、デタラメだ。だって、お姉ちゃんは黒の妖精を信じてたじゃないか。殺す必要なんてないよ」
「カイト、」
ジャンが黒の妖精から視線をそらさずに、
「本当だ。私も、フィーもそれを見ている。すまない、本当に・・・・・」
低い声で、苦しそうに言った。
「そんな・・・・、そんな・・・こと・・・・・」
急に息が苦しくなり、目に映る景色がゆらゆらと揺れ始める。ミミが頭から離れ、僕の名前を心配そうに呼んだ気がした。
僕は体から力が抜け倒れそうになるのをこらえながら、頭を振って遠くなる意識を引き止める。
お姉ちゃんが、死んだ?
死んだ・・・・・・・。
本当に?
いや、違う。
殺された。黒のルーシーに、殺されたんだ!
メルテにしている剣の白い輝きが増し、すぐに光は僕の体全体を包んだ。
「うわあああぁああああ!」
飛び出し、黒のルーシーに切りかかる。
ルーシーの頭上へ、わき腹へ、立て続けに剣を振るう。そのたびにルダ・マグラスは空を切った。
ルーシーはニヤニヤと笑みを浮かべたまま容易く僕の剣を避け続ける。
「フフ。いいぞ小僧。計画通りにはならなかったが、その表情、その感情、それは私が見たかったものだ」
静かに言った。
僕とルーシーの周りはあっという間に雪けむりで真っ白になり、剣を避けるルーシー以外は見えなくなった。それでも剣を振るい続ける。
「フハハ、こうでなければな! ハッハハ! これは愉快」
左下から振り上げ、右から左へと振る。すべて、ことごとくかわされる。
「何が、何が楽しい、ルーシー!」
また剣が空を切り、舞い上がる雪にむなしく線を残した。
「フッ、私はオマエ等を使って遊んでいるだけさ。すべては暇つぶしにすぎん。コノハのことも、ヒュルムのこともな。オマエ等人間どもの恐怖や怒り、悲しみに咽ぶ姿を見るのが、最高の暇つぶしになるのだよ」
メルテにしているのに、クソッ、どうしてルーシーに掠りもしない!
「甘いな。その程度で私に歯向かってこようとは。私はいつでもオマエを殺すことができるぞ?」
雪けむりの中を、ルーシーは余裕の表情で僕の剣を避ける。
メルテにしてるのに見切れないなんて!
視界のすみに入った黒い残像を「切った」。
「!」
手ごたえを感じて僕は動きを止める。真っ二つになった黒いものが僕の足元に転がった。
切り口から火花を出しているそれは、クロス・ユニバースだ。
「フッハッハッハ! 自分の世界へ帰る唯一の手段を壊してしまうとは、なんと愚かな!」
ルーシーは僕の頭上で醜く笑い、
「もういい。オマエには私を楽しませる材料にでもなってもらおう。フフッ、そうだな。あの入り口にいる仲間たちに、オマエの血を雨のように降りそそいだら、アイツらはどんな顔を見せてくれるだろうなぁ」
ルーシーの体から黒い霧が出て僕に迫る。僕が剣で切りかかろうとしたら、霧といっしょにルーシーが消えた。
「後ろ!」
直後、ミミの叫ぶ声が聞こえ水色の球体が僕を包んだ。
「何やってるのよ! アンタ一人で飛び出して!」
振り向くと、ミミが僕の背中で黒のルーシーに両手を向け、球体を出して僕を守っていた。
「アンタがメルテにしてるときは危なくて近寄れないのよ! やっと止まったから来れたけど」
「うん」
「ナニ弱気な声出してんの!」
ミミはいつものように僕の頭の上に乗って、
「クロスのことより、今は目の前の敵よ」
そう言って黙り集中して、球体を強くする。
「ほう、この星の妖精がシールドを作るのか。今までに出会ったどの妖精も為すすべなく殺されたというのに。キサマ、何者だ?」
ルーシーは霧を出し続け、球体は黒い霧に囲まれた。
「私は水色のミミ・ファルム。アンタこそ何者? アンタみたいな禍々(まがまが)しい存在、私と同じ妖精とは思えないわ」
ミミがしゃべっても球体の輝きが変化しない。ミミは以前よりも強くなっているみたいだ。
「フッ、当たり前だ。私は始原の妖精なのだからな。こんなちっぽけな星で生まれたキサマと違い、この宇宙が生じたときから生きているのだぞ? 永遠に近い時間、記憶とともにな。レナートのたびに記憶をなくし容易く死ぬこの星の妖精などとは、全く、格が違うのだよ!」
黒い霧が集まって何本もの細い糸となり、その先に黒光りする矢のようなものが作られた。無数にできた矢が、ミミの球体を攻撃する。
ミミは再び黙って集中し、球体をさらに強くした。黒い矢が当たるたびに大きな激突音が響く。でも、まぶしく水色に輝く球体には、ヒビのひとつも入らない。
ルーシーは矢で攻撃するのをやめ、苦々しい表情で、
「生意気なヤツ。キサマ、自分のことを水色と言いながら、瞳が赤いではないか。レナートのときに異物でも混ざったのではないか? フッ。どうせ覚えてないのだろうがな」
体から出た無数の黒い糸の中心で腕を組んだ。
「シールドだけはなかなかのものらしい。だが、これならどうだ?」
そう言うと入り口にいるジャンたちのほうを向き、糸の先の矢をみんなのほうに飛ばした。
「ミミ!」
言うと同時にミミが球体を消す。僕は全力で走って矢よりも先にみんなのところに着いた。
再び、ミミがシールドを出す。今度は全員を包むほどに大きな半球だ。
ガガガッ、ガガガガッ!
激突音が響く。半球から出る光は、大きいせいかいつもの球体よりも輝きが弱い。
雨のように降りそそぐ黒い矢は、次第に半球にいくつもの小さいヒビを作っていった。
少しずつヒビとヒビがつながって、大きな音とともについに半球が砕けた。
矢の雨が容赦なく降り注ぐ。
僕の腕に、フィーの足に、ソラに、矢は深く突き刺さり突き抜け、抜かれ、さらに攻撃を繰り返した。
ジャンが二本の剣で矢をかわしながら部屋から出るよう大声で言う。
僕も剣で矢をかわし、ジャンのとなりでみんなが部屋から出るのを助けた。
僕以外の全員が出たのを確認する。最後に僕も出ようとして入り口でルーシーに背中を向けたとき、黒い霧が僕とミミを包んだ。
「逃げたければどこまでも逃げるがいい。いつ私が現れるか分からぬ恐怖を存分に味わえ!」
氷の壁で出来た暗い通路に、ルーシーの笑い声が響いた。




