第十三話 生まれ変わる妖精
オマール号から出ると、そこは大きな川の辺だった。川に沿って畑や田んぼがあり、その向こうに本で見たことのある高床式の家らしきものがポツポツと見える。
コード村から南東方向におよそ六十デパス、五日間かけて着いた村はもう夏みたいに暑い。
タルマさんもジャンも僕も、紺色で生地の薄い、時代劇の商人みたいな服を着ている。履いてるのも、サンダルをもっと靴に近づけて丈夫にしたような、隙間だらけのやつだ。涼しいけど少し足の裏がくすぐったい。
フィーは白く透ける薄い布を頭からかぶって、その下に丈の短い浴衣みたいな服を着ている。コード村の巫女の夏服だって言ってた。
ミミは落ち着かない様子でみんなの周りをヒュンヒュンと飛び回った。
「うふふ〜、楽しみだわぁ」
「ミミ、あんまり動き回ると危ないよ」
「へーき、へーき」
田んぼの間の細いあぜ道を村に向かって歩き出すと、道の出口あたりに人が集まり始めた。背が低くて茶色い髪の女の子が、周りにいる村人たちに何かを話している。
「ほれみぃ、やっぱり水色のミミ様じゃ! ミミ・ファルム様じゃ!」
おおぉ、と村人たちは声を上げた。
「あら、私の名前ってこんな遠くまで広まってるのね」
近づくと、さっきの女の子の頭の上に何か変なものが乗ってるのが分かった。なんだろう? ネコの耳みたいな・・・・。
フィーが挨拶をする。
「はじめまして。私たちはコード村というところから来ました。私は村の巫女を勤めているフィーファ・マシメといいます。そして・・・」
全員を紹介して、
「さっそくですが、ポラリス村の巫女と村長にお会いしたいのですが・・・・」
と言うと、あの耳付きの女の子が、
「ワシがこの村の巫女のソラ・ルデルタじゃ。そしてこっちが双子の兄のドラ・ルデルタじゃ」
そう言うと、足元に一匹のタヌキが現れた。
「今はタヌコの姿じゃが、まぁこれは訳ありでの。気にしなさんな」
タヌコ? こっちではそう言うのかな。今はタヌコの姿って?
「それよりも、ミミ様。ファルムの森からこんな遠いところまでよくお越しくださった。ん? ミミ様、その目はどうされました?」
ミミはふいに聞かれ「え?」と驚く。巫女の女の子はちょっとあわてたふうに、
「ん、あ、いえ、なんでもありませぬ。ミミ様の訪問を、村総出で歓迎いたしますじゃ」
耳付き女の子が深々と頭を下げると、周りの村人達もそれに続いた。
「あ・・・・」
ミミは少し戸惑っているみたいだ。今まで、自分の姿を見たとたんに逃げ出す人間たちばかりだった。七十年以上も人間たちから畏れられ逃げられてきたミミにとって、こんなふうに歓迎されたのは初めてなんだろう。
「あ・・・・ありがと。私、来て良かったわ!」
ポラリス村の巫女に案内されて村長の家にあがる。高床式の家の床は地面から一メートルくらいの高さにあって、階段を昇って家に入るようになっている。
中に入ると、村長が立ち上がって挨拶をした。
「ミミ・ファルム様、そしてお付きの方々。遠いところをよく来てくださった。わざわざこんな遠いところまで訪ねてこられるということは、よほどの訳がお有りでしょう」
村長と言ってもコード村の村長みたいにお爺さんじゃない。筋肉が盛り上がっていてプロレスラーみたいな体格だし、黒い髪の毛をオールバックにしている。そんな筋肉隆々(きんにくりゅうりゅう)のおじさんが僕たちを迎えると、何かの動物の皮の上にあぐらをかいて座った。僕たちもソラ・ルデルタに促がされるまま、動物の皮の上に座る。ソラはついてきたタヌコといっしょに村長の横に座った。
「では、・・・・」
フィーがヒュルムや黒の妖精のこと、クロス・ユニバースや僕とお姉ちゃんのことなどをまとめて話すと、村長の顔から笑顔が消えた。
しばらく黙って何か考えてから、村長が話し始める。
「私たちも、遥か北の地で何か大きな魔力が動いていることは察知していました。しかし、そのような事になっていようとは・・・・。まず先に確認しておきたい。あなた方は黒の妖精と戦うと言うが、妖精のチカラをどれほどとお考えか?」
フィーが答える。
「その気になれば星をまるごと破壊できる、と昔からコード村では言われてきましたが・・・・。実際はどうなのでしょう?」
「ああ、間違いではない。しかしそれができるのは、妖精の中でもトップクラスのチカラを持つ妖精のみと思われる。そして、黒の妖精は間違いなく、そのトップクラスに入ります」
タルマさんの喉が「ゴクッ」と鳴った。村長はとても低い声で、力強く続ける。
「はっきりと言わせていただこう。あなた方がやろうとしていることは、ただの自殺行為だ。何も出来ぬまま、無駄死にするだけだ」
フィーが反論する。
「しかし戦いに勝つための切り札として、クロスの戦士召喚術でカイトさんに来てもらいました。まだどのような能力を与えられたのか判明していませんが・・・・。それに、ミミ様も協力してくださいます」
村長は困ったように首を横に振った。
「私たちは六百年前の『カラスコ戦争の悲劇』以来、妖精を研究し続けてきた。きっかけとなったその『悲劇』も、黒のルーシー・メルサ、たった一人の妖精によって起こされたことを、あなた方はご存知か?」
一瞬の間があり、
「い、いえ、知りませんでした。もしよろしければ・・・・。私たちは妖精のことをほとんど知りません、教えていただけないでしょうか?」
ミミがフィーの前に出る。
「私も知りたいわ。私、自分のことなのに知らないことばかりだし」
ミミを見ると村長は急にやさしい顔になって、うなづく。
「ミミ様がそう言われるのでしたら・・・・。しかし、ミミ様にとって気持ちのいい話ばかりではありません。それでもお聞きになりますか?」
「いいわ。知らないより知ってるほうがいいに決まってるもの」
「そうですか・・・・。ミミ様は何年前までの記憶をお持ちでしょうか?」
「え? 覚えてるのは七十二年前までよ。生まれたときから人間の言葉が分かってたのも不思議よね。どうしてなのかしら」
「その瞳の色は、その七十二年の間に赤く変わったのでしょうか?」
「自分の目の色なんて気にしてないから分かんないわよ。初めから変わってないんじゃない?」
「ふむ・・・・」
僕も気にしてなかったけど、ミミの瞳は出会ったときから赤かったと思う。それが何かあるのかな?
村長は口に手を当て少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「では、お話しましょう。黒のルーシーは六百年前、この星の陸地の三分の一を消し去りました。そこにいた人も動物も、妖精たちも含めてすべてを。現在、ポラリス村は大陸の端にありますが、その『悲劇』以前にはこの先にまだ陸地が続いていたのです。そのときにこの村が消されなかったのは、伝説の『白の妖精』のおかげと言われています」
「白の妖精?」
「はい、ミミ様。悲劇を途中で食い止め黒の妖精と互角に戦ったと伝えられていますが、六百年前のそのとき以来、誰も白の妖精を見た者はおりません。しかし、いつか黒のルーシーがまた同じようなことをするかもしれない。そのときのために我々は六百年間、白の妖精を捜し続けましたが、未だに・・・・実在する証拠さえ見つけられないでおります」
「そう。でも、・・・・黒のルーシーって六百年前から生きてるの?」
「いえ。妖精の寿命はおよそ三百年と思われます。現在の黒の妖精は、あの悲劇を起こした黒の妖精の二代あとの後世体と考えられます」
「コウセタイって?」
「妖精は生まれてから三百年ほどたつと、魔力の結晶で出来たタマゴのようなものを作り、その中に閉じこもります。そしてその中で、新しく生まれ変わるのです。タマゴに入っているのはほんの二週間ほどですが、新しく生まれてきたときには肉体は若々しくなり、前世体の記憶のほとんどが残っていません。もっとも、この記憶の残り方については妖精によって異なるようですが」
タルマさんが驚いたふうに言う。
「よくそこまで、調べられましたね」
村長はチラリとタルマさんを見て、
「この村には茶色の妖精、デルノ・スワン様がおられる。六年ほど前、デルノ様はご自身で作られたタマゴの中に二週間ほど閉じこもりました。タマゴから出てきたとき、そのお体は非常に若々しくなられていて、さらに過去の記憶のほとんどがなかった。私たちはこれを『生まれかわり』と呼び、生まれかわる前のデルノ様を前世体、後を後世体と呼ぶようにしました。さらに・・・・」
村長は一度「ゴホン」と咳払いをして、視線をフィーや僕たちに向ける。
「タマゴの殻は、デルノ様が生まれてきたときに砕けて大量の妖精の涙になった。妖精の涙はその妖精の体液が空気に触れ固まってできるものだが、妖精の生まれ変わり時のタマゴの殻からできることも、このときに分かった。このことを、六百年間の妖精の涙の発見記録など研究資料と照らし合わせると、すべての妖精がこのように三百年ごとに生まれ変わっていることが判明したのです」
ミミが村長の顔の前にフッと飛び出す。
「じゃあ私は七十二年前に、ファルムの森の中で生まれ変わったっていうこと?」
「そのとおりです、ミミ様」
ミミの体から出る水色の光が急に明るくなり、ジャンやタルマさんが身構える。でも村長や横に座るソラはまったく顔色を変えず落ち着いていた。タヌコは気にする様子もなく後ろ足で首のあたりをかいている。
ミミの魔力の光は不安定に明るくなったり暗くなったりを繰り返す。動揺してるのかもしれない。
少しのあいだ沈黙が続き、ミミの光が落ち着いたころにフィーが質問した。
「現在、妖精は何人くらいいるのでしょうか?」
「徐々に減り続けています。おそらく、十二人か十一人でしょう」
「生まれかわり続けるのに減るのですか?」
「コロンドニア中に妖精同士で戦った跡が見つかっているので、おそらくは・・・・」
今は落ち着いたミミが割り込む。
「殺し合い?」
「そうです。妖精にもそれぞれ性格がありますので、相性や考え方の違いなどで衝突することがあるのでしょう。妖精を殺せるのは、妖精しかいません」
ミミはショックだったみたいで、うつむいて黙ってしまった。
「先ほど、黒の妖精はトップクラスのチカラを持つと言われたが」
めずらしくジャンが話し始める。
「そのような戦いの跡から、黒の妖精や他の妖精の強さも予想されるということか?」
「それもある。うむ。君はコード村の戦士だな? いい眼をしている」
村長はジャンを一度真っ直ぐに見て続けた。
「黒の妖精の強さについては『悲劇』のときに多くの妖精を消し去ったことからも予想できるが、他の妖精については茶色のデルノ様に聞けば分かる。デルノ様には魔力の大きさを計る能力があるのでな。それに、」
村長は隣に座っているソラ・ルデルタを見て、
「ソラのこの頭についているタヌコの耳は、タヌコ好きのデルノ様がふざけてソラにつけてしまったものだが、おかげでソラも魔力を感知する能力を得た」
ソラは「ふふんっ」と鼻で息を吐いて、
「ワシのこのタヌ耳はいろいろと感じ取ることができるのじゃ。妖精の魔力の強さも含めて、な。さっきは急にミミ様の気配が現れて、驚きましたわぃ」
ソラはまだうつむいているミミを見てやさしく笑った。
「そうじゃ、カイトと言ったか? おヌシがクロスから与えられたチカラがまだ分かってないらしいが、ワシがみれば分かると思うぞ?」
僕たちは顔を見合わせた。
「ホントに?」




