第十一話 オマール号の中で その弐
ポラリス村に着くまで五日間くらいかかるらしい。そのあいだ僕たちは、オマール号の中でいっしょに生活することになる。
クロスの部屋からまっすぐ出ている通路の左右には三つずつ個室のドアが並んでいて、一番奥の突きあたりはトレーニングルームになっている。
僕はお姉ちゃんが使っていたフィーのとなりの部屋を使うことになった。タルマさんとジャンの部屋は通路を挟んだ向かい側で、ミミは僕といっしょだ。
今日はあのあとクロスの部屋の床から出てきたテーブルとイスを使って、コロンドニアのことをいろいろ教えてもらった。
コロンドニアには六百年前までは「国」があったけど、人間の戦争に腹を立てた妖精が「カラスコ戦争の悲劇」を起こしてすべての「国」が無くなった。それ以来人間は妖精を恐れ戦争をやめて「村」以上に大きな集団を誰が決めたわけでもなく自然と作らなくなった。「カラスコ戦争の悲劇」の当時のくわしいことは今のコード村に伝わってないけど、気候がその前と後とで変わったっていうからすごく大きな何かがあったんだろう。
この世界の人たちが生活に使ってるエネルギーのだいたいは「妖精の涙」から出ている魔力波動が元になってる。照明は魔力波動を光に変える「変光紙」、料理とかに使う熱は「変熱板」を使う。だからミミの魔力で照明の明るさが変わったのか、と思った。
他にも、タルマさんは難しいことをいろいろ興奮ぎみに言っていた。「魔力波動はリュウシと波の二つの性質を持っていて・・・」とか。うーん、よく分かんないや。
その、生活にかかせない魔力波動を出す「妖精の涙」はゴマみたいに小さな球で、水色や黒やいろんなのがある。僕はフィーが持ってる「水色の涙」を見せてもらったけど、ホントに小さくてキラキラしていた。
僕とミミが出会ったファルムの森では、七十年くらい前に少しの「赤い涙」とたくさんの「水色の涙」が見つかった。この話を聞いたときミミは「私、泣いたことなんかないわ!」と顔を真っ赤にして怒ってタルマさんをビックリさせたけど、すぐにフィーが「私たちが勝手に『涙』と言っているだけで、実際には『妖精に関係ある何か』としか分かっていません」と言ってミミをなだめた。
クロスについても教えてもらった。
お姉ちゃんがこっちの世界に来たときの最初のクロスは、空間系の魔法に向いている貴重で数少ない「黒の涙」を使って作られた。でも黒の妖精が敵にいると分かってから戦士召喚術には使わず、新しく「水色の涙」を使って二つ作った。
このオマール号にあるのが二つ目のクロス、もう一つはフィーが常に肌身離さず持っている、僕を呼んだクロスだ。この三つのクロスはつながっていて、オマール号の位置確認や村との連絡、お姉ちゃんや僕の生体と精神情報の確認が出来るようになっている。
今日はタルマさんが先生になって授業をして、半日つぶれた。おかげでいろいろ分かったけど、難しくって、もう最後のほうはボーっとしちゃった。
僕の部屋にはベッドやお風呂、シャワーもあって、とても空を飛んでるアヒルの中とは思えない豪華さだ。居心地は最高にいい。
しかも、ミミが魔力を抑える必要がない。オマール号はクロスの中の「水色の涙」からの魔力波動を使ってるけど、フィーが持ってるもう一つのクロスの影響を受けないように作ったからって言ってた。
ミミが気持ちよさそうに水色に光りながらフワフワ飛んでるのを見ると、なんだかうれしくなってくる。そんなふうに思って見ていたら、僕のほうに飛んで来た。
「あの女も言ってたけど、アンタちゃんと体洗いなさいよ? 特に頭は念入りにね。私の特等席なんだから」
「分かってるよ。そろそろお湯、溜まってきたと思うから入ってくるね。あと、フィーのこと『あの女』なんて言っちゃダメだよ? ちゃんと名前で呼ばなきゃ。みんなもう仲間なんだから、ね」
ミミは「フンッ」と言って離れていく。何が気に食わないんだろう?
僕は霧の沢スキー場に行ったあの日からお風呂に入ってない。少し気になってたけど、フィーがお風呂に入るようにわざわざ言ってきたのは、もしかして、やっぱり、・・・・なのかな?
「疲れがとれますよ」って言ってたけど。
着ていた服を全部脱いで大きいサイコロみたいな「新洗箱」に入れる。
浴槽には水色のお湯がナミナミと入っていた。普通のお湯より少し青いみたいだ。
手を入れてみると、それだけでフィーの言葉の意味が分かった。すごい! お湯に入れたとたんに手が軽くなったみたい!
バシャーッと音をたてて溢れるお湯を少しもったいないと思いながら肩までつかると、体中が軽くなったような気がする。このお湯には何か魔法がかけてあるのかもしれない。
石鹸やシャンプーみたいなものがあったから、そのまま気にせずに使った。こんなに気持ちいいお風呂は初めてだ。
お風呂から出たあと、裸のまま「ミミも入ればいいのに」と言ったら、
「私は動物とは違うの、汗なんてかかないわ」
腕を組んで怒ったみたいに言う。
「違うよ。ホントに気持ちいいよ?」
「いいの、私は。雨だって弾き飛ばして濡れないんだから。人間みたいに水やお湯につかるなんて、したくても出来ないの。そんなことより、んもう! その股間についてるもの早く隠しなさいよ!」
「え? あ、ミミは気にしないと思ったんだけど」
「アンタ、ねぇ、・・・・・まったく」
ミミは一回溜め息をついて、
「私が言うのもおかしいけど、妖精に対してあまりに失礼よ? 他の連中の態度を見て分からない? 友達だからなんでもいいってわけじゃないでしょ? もう少し、礼儀をわきまえなさいよ!」
お母さんみたいだ。
「はぁーい」
なんだよ、そんなに怒ることないのに。ミミは赤い瞳の目をキッと吊り上げて僕を睨む。
それにしても、このお湯に入れないなんて。でも考えてみれば、蝶みたいなハネを持つミミがお湯につかってたらそれはそれで変かも。とりあえず、体を拭いたタオルを腰に巻いておく。
「今度そんなもの私に見せたら、スパッときれいに切り取っちゃうからね。気をつけなさい!」
な、なんてこと言うんだい。
「それで、ちゃんと洗ってきたんでしょうね。ヤダ、頭びしょ濡れじゃない。もう」
そう言ってミミが僕の頭にさわると「ボフッ」と音がして髪の毛が爆発した。
「あら? ・・・・ごめんなさい、ちょっと強かったかしら」
両手で頭をさわると、タルマさんみたいに髪の毛がボサボサになってた。しかもコゲくさい。
「ミミ・・・・。ひどいよ、これは」
「あっは。でもけっこう似あってるわよ? ・・・・ププっ!」
ミミはお腹をかかえて笑い出す。
「んもう、笑ってないでちゃんとなおしてよぉ。なおせるんでしょ?」
「だ、だいじょうぶ、いまやるわ。いま・・・・クププっ! あっひゃっひゃっ」
ああ・・・・。笑い終わるまで待つしかなさそう。
そのとき「ピンポーン!」と、新洗箱が終わりを知らせる音を鳴らした。
僕は浴室の隣にある新洗箱のフタを開けて、きれいになったシャツを着る。この箱は中を覗いても何もないただの箱なのに、汚れた服を入れると洗ってきれいにしてくれるらしい。
ミミはまだ笑ってる。僕はちぢれ毛のボサボサあたまのまま、ベッドに寝転がった。
明日からトレーニングルームでクロスが僕に与えたチカラを調べる。どんなチカラなんだろう、ちょっと、楽しみだな。




