85.フィグネリア視点
「信じられませんわ!あのバカ女。まさかこともあろうに、フィグネリア様のお名前を出すなんて」
私の部屋でミハエル伯爵令嬢、他数人の令嬢が目くじらを立てている。
「あれでは、フィグネリア様に唆されたと周囲に誤解を与えてしまいますのに。そんなことも分からないなんて」
「所詮は田舎貴族。おつむが足りないのですわ」
「本当ですわね。しかも、アヘンをしていたなんて。嫌ですわ。同じ穴の貉だと思われたくはありませんわね」
そう言ってしきりに頷く令嬢の中には当然だがアヘンをしているものが多数いる。
自分のことを棚に上げて。面の皮の厚いこと。
私は紅茶を一口飲む。
「確かに、あれは良い迷惑でしたわね。エレミヤ様が誤解を解いてくださったからいいものの。下手をすればエレミヤ様の二の舞ですわ」
私が言うと彼女たちはすぐにエレミヤ様がアヘンをしているという噂に思い至ったようだ。
「でも実際、どうなんですの?本当にアヘンをしていないのでしょうか?」
ミハエル伯爵令嬢が首を傾ける。
「陛下がしていないと言ったのならそうなのでしょう。騎士たちが介入してエレミヤ様を徹底的に調べて何も出てこなかったそうですし」
「そ、そこまでしたんですか」
相手はテレイシアの王女。そしてノワール皇帝陛下の婚約者。調査には手心が加えられていると思っていたのだろう。私の部屋でお茶をしていた令嬢たちはとても驚いていた。
馬鹿ね。立場があるからこそ徹底的に調べられるのよ。後から難癖をつけられても困るでしょうし。
「高潔なるテレイシアの王女殿下には疚しいことが一つもない。だからこそ、殿下はそれを許し、信じていたからこそ陛下も徹底的に調べることができたのでしょう」
私の頭にお茶をした時のエレミヤ様の姿が浮かんだ。
とても強い瞳をしていた。
まさに、高潔。その言葉が相応しいほどに。
あれは一筋縄ではいかないだろう。さすがは武道に長けていることで有名な王家ではある。彼女自身もいろいろな伝手を持っているのは直ぐに分かった。
まさか、こちらの手の者が牽制されて帰って来るなんてね。
復讐で目を曇らせた哀れなアウロ皇太后がどこまで通用するか。
「フィグネリア様は本当によろしいのですか?」
私の前に座っている令嬢が不安げな目を私に向ける。上目遣いをして訴えるその姿は庇護欲をそそる。男女関係なく。が、私には通用しない。
私は余裕の笑みを浮かべて先を促す。
分かっていて敢えて言わせる私に気分を害したのか、彼女は少し口を尖らせて、まるで拗ねた子供のように言う。
「このままではエレミヤ殿下が帝国の皇后になります。私たちはフィグネリア様こそが次期、皇妃に相応しいと思っています」
その言葉に周囲の令嬢たちはしきりに頷く。
みんな必死ね。それも当然か。
私が皇妃に選ばれると思っているからこそ私のお友達になったんですものね。皇妃の友達。それは社交界では上位の地位を得ることができる。
両親にも私と親しくなるよう命じられているはず。
だからこそ些細なことで簡単に終えることのできる関係でもある。人の絆のなんと儚いことか。
「全ては陛下がお決めになること。そのご意志に逆らうことはできませんわ」
私は口角をあげて笑みを作った。
それは彼女たちに「仕方がない」と諦めてしまった可哀そうな令嬢に映っただろう。もちろん、意図して作った笑みだ。
そして彼女たちの次の行動を私は予測することができる。なんて単純。なんて退屈なボードゲームだろうか。
◇◇◇
「お嬢」
楽しいお茶会を終えると全身黒づくめの男が一人私の前に現れた。彼は我が家に仕える暗部。
「お嬢の友達がエレミヤ王女殿下をお茶会に招待したそうです」
「そう」
バカな子たち。敵うはずがないのに。
「いかがします?」
「放っておけばいいんじゃない。自滅する人間に興味なんてないもの。私の名前を出さないようにだけは見張っておいてちょうだい。もしちらとでも出すのなら構わず殺しちゃって」
「畏まりました」
「それとこのことはお父様にも報告しておいて。きっとお父様の方からあのお方に報告が行くでしょうから」
「はい」
ひとまずの命令を受け取った彼は私の前から姿を消した。
「どこに行っても苦難の道のりね、エレミヤ様」




