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「だが、お前の言葉でエレミヤがアヘンと関係しているという噂が流れている。しかもこともあろうにお前は茶会でよく口にしていたようじゃないか、エレミヤが心配だと」
『エレミヤが心配』
その言葉の何が悪いのか分からないリーゼロッテは首を傾ける。その様子にノワールはため息をつき、野次馬たちは眉を潜める。
これで完璧にリーゼロッテの派閥から人がいなくなる。
だって、彼女の悪意なき言葉が自分の名誉を傷つけるのだもの。それも『心配』という体裁を整えて。誰が一緒にいたいと思う。
貴族社会は自分の地位を守る為に、欲しい物を手にする為に、常に足の引っ張り合いが行われている。そんな最中、陣営にリーゼロッテのようなタイプがいたら致命的だ。
「誰もが思っただろう『エレミヤはアヘン中毒者。お優しいリーゼロッテはそれを心配している』のだと」
「でも、実際にエレミヤ様がアヘンを吸引してしまったのは事実ですよね。私のお友達が吸引していたアヘンが部屋に充満して、それを知らずにエレミヤ様がアヘンを吸引。あれは依存性の高いものですし」
その言葉に野次馬たちの呆れる声と私に対する同情的な眼差しを感じた。
「お前は馬鹿か。アヘンに気づいた護衛の一人がすぐにエレミヤを結界で囲った。それに彼女は部屋に入ってすらいない。その状態でアヘンを吸引するなどあり得ん。先ほど襲われた時にエレミヤに張られた結界を見たものもいるだろう。これほど完ぺきな結界だ。アヘンの入る隙などない。それに仮に吸引したとしてもほんの一瞬。それで依存するなどあり得ん」
「そうなんですか!」
リーゼロッテは驚く。そしてすぐに安堵する。
「良かったですわ。私はてっきりエレミヤ様がアヘンに依存してしまったと思ってとても心配してたんです。私の早とちりみたいですわね。本当に良かった」
何が良かったのだろうか。
彼女の不用意な発言が私を貶め、最悪の場合は社交界から追放。皇妃にはなれず、国に戻されたところで良いところ修道院送りになっていた可能性だってある。
それに普通の貴族令嬢はストレスに弱い。私のような立場に追い込まれたら自殺したっておかしくはないのだ。
彼女は何も分かっていない。自分がどれほどのことを仕出かしたのかを。
早とちり?
その程度で済まされることではないのだ。ましてや相手は、私はテレイシアの王女なのだから。
それに気づいている野次馬だけが顔を青ざめさせている。
周囲がこれだけ分かりやすい態度を示しているのに、どうして彼女は気づかないのだろう。私の護衛だって殺気立っているのに。
ある意味、天才ね。
「私は初めからアヘンなどしておりませんわ。なのに周囲が誤解をして噂が独り歩きをして、とても不快でしたわ。中には嫌味を言う人もいましたし」
「そうなんですね。心無いことをする人もいるんですね」
まるで他人事のような返しに私の護衛の殺気が高まる。
ノルンもディーノも魔力を展開させ、キスリングとシュヴァリエは剣を握る手に力を籠める。
いつでも斬りかかれる状態になっている。
「元をたどるとあなたが発端ですよ」
「え?」
分からないと彼女の顔に書いてある。そうだろう。彼女はただ心配していただけ。噂を流していたなんて思いもしない。
同じ王宮内にいる王女が口にするだけでどれほど噂に真実味を持たせてしまうのか。それを分かっていない。
「あなたはもう少し自分の影響力を理解した方がいいですわよ」
最後まで理解できない顔をしていたリーゼロッテと周囲を残して私は部屋に戻った。さすがに疲れた。




