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「キャロライン、どうして」
「・・・・リーゼロッテ様」
リーゼロッテとノワールが一緒にやって来た。騒ぎを聞きつけて、偶然居合わせたのか。それとも一緒にいたのか。
どうしてそんなことが気になるのだろう。兄妹なのだ。別に一緒に過ごしても問題はない。たとえ無自覚とはいえリーゼロッテがノワールに好意を抱いていたとしても。
彼の婚約者は私なのだから。
それにどうやら私を殺そうとした少女の名前はキャロラインでリーゼロッテの友人のようだ。
さて、これはどちらにとって都合が良いのだろう。
私はノワールを見る。彼が仕組んだことなのだろうか。リーゼロッテの言動は幼い。とてもじゃないが一国の王女が務まるはずもない。なぜ野放しにしているのか。
下手に嫁に出して外交問題、最悪の場合は戦争の引き金になるから容易くやれなかった。では国内は?先王が死に、ノワールがどう出るか分からない以上は貴族もリーゼロッテを貰いたいとは思わない。
処分に困っていた?
私の中で一つの仮説が出来ていく。
「キャロライン?というのですね。彼女は。王宮で白昼堂々と私を殺そうとしたんです」
「そんなはずないわ!殺しだなんて」
リーゼロッテの顔が青ざめる。
「きっと何かの間違いよ」
手違いで殺されたくないんだけど。それにこの状況でよく言える。野次馬たちも呆れている。
「そうよね、キャロライン。あなたがエレミヤ様を殺そうとするはずないわよね」
リーゼロッテは護衛の制止も聞かずにキャロラインに駆け寄り、慈愛に満ちた目で彼女を優しく包む。
「皇女様、私、私は・・・・うっ」
キャロラインは泣き出してしまった。そんな彼女をリーゼロッテは「大丈夫よ」と声をかける。
当然だが、大丈夫なはずがない。皇帝の婚約者でありテレイシアの王女を殺そうとしたのだ。彼女には死刑以外の道は用意されていない。
どのみちアヘンで体はボロボロ。そんなに長くは生きられないだろう。
早いか遅いかの違いだ。
「リーゼロッテ、お前はエレミヤを殺そうとした犯人を庇うのか?」
成り行きを見守っていたノワールから低い声が放たれた。さすがのリーゼロッテもノワールが怒っていることには気づいたようで体を僅かに震わせた。
私にはノワールが若干、嬉しそうに見えるのだけど。
「キャロラインは人を殺せるような人ではありません」
「ではエレミヤが嘘をついたと言うのか」
「そ、それは」
確かにリーゼロッテの言葉を鵜呑みにすればそうなる。もちろん彼女がそんなつもりで言ったわけではないことは私もノワールも分かっている。でも、それじゃあダメなんだ。
「それにお前の言う人を殺せる人間とはどういう人間だ?」
「・・・・・」
答えられないリーゼロッテにノワールはため息を着く。リーゼロッテに呆れているという表情を隠しもしない。
なるほど。ノワールの意図が見えてきた。やはり、この状況はノワールによって仕組まれていた。私がアヘン中毒者であるという噂が流れてすぐに手を打たなかったのも利用しようと考えたのか。
一体どこから計算していたのか。
「悪人面している奴か?いかにも人ひとりは殺してますって顔か?そんな奴ばっかりだったら憲兵は苦労知らずの集まりだな」
皮肉交じりにノワールは言う。リーゼロッテの目に涙が浮かんでいる。でも誰も助けには入らない。リーゼロッテが連れている護衛も侍女もリーゼロッテを庇おうともしない。彼らにとってリーゼロッテはあくまで命令を下す上司ということか。
「それにキャロラインはこちらの調べではアヘンを服用している。リーゼロッテ、お前がエレミヤに引き合わせようとしていた令嬢もアヘンを服用していたな。引き合わせる予定だったはずのお前はボイコット。代わりにエレミヤが行くことになり、現場を抑える羽目になった。にもかかわらずエレミヤがアヘン中毒者であるかの様な言葉を公衆の面前で使って貶めた」
「私は貶めてなど」
「お前にそのつもりがなかったことも、悪意がなかったことも分かっている。純粋にエレミヤを心配してのことだということも」
ノワールの言葉を聞いてリーゼロッテは安堵していたが周囲の反応を見るに安堵できる状況ではない。
ノワールの言葉を鵜呑みにするのならリーゼロッテが私を貶めようとしていたことになる。その証拠に「エレミヤ殿下はアヘンをしてはいなかった?」「関りがなかった」「寧ろ関わらせたのは皇女殿下の方」「アヘン中毒者を次期皇妃になられるエレミヤ殿下と引き合わせるなんて」という声が上がってる。
噂はリーゼロッテが私を貶めるために流した卑劣なものだったと周囲に認識された。これでリーゼロッテの社交界での地位は暴落。
無能なリーゼロッテを王にして陰で牛耳ろうと考えていた連中もこれで大人しくなるだろう。
私を貶めようとしたなんて噂のあるリーゼロッテと一緒にいれば、要らぬ火の粉を浴びかねない。




