81.ノワール視点
「あの女は上手くやっているようだな」
エレミヤとの楽しい夕食を終えた後は残っている執務を片付けるために執務室に籠っていた。
机の上には山のような書類がある。
無能な先王のせいで使える臣下が少ない。無能な王の手元に残ったのは無能な臣下だったのだ。それらを一掃し、有能な臣下に入れ替えるのは一筋縄ではいかない。
まだまだ俺の負担も俺の側近の負担も減りそうにない。
片付ける書類の区切りが良いところで気分転換に側近であるジェイの報告を聞く。彼は俺のエレミヤにつけている従者でもある。
「はい。懐にもぐりこんだようです。ただこの件はエレミヤ様も動いているようですが、どうなさいますか?」
「問題ない。あれは聡い。こちらの仕事を邪魔するようなことにはならないだろう」
「彼女がエレミヤ様に接触したようですが」
「そうだな。事態を早々に動かすためだろう。エレミヤの周囲の護衛を強化しろ。俺も可能な限り傍に居る。傷一つつけるな」
「御意」
貴族を蝕むアヘン。
先王もこのアヘンに溺れた。貴族の中には率先して手を出している者もいる。先王の時代ではそれでも許された。けれど、俺の時代でそれを許すつもりはない。
今回の件はいい見せしめになるだろう。どうも先王時代の気分が抜けきらないバカがいるようだ。
「エレミヤ様の噂はどうなさるつもりですか?」
「アヘンと同時に収拾させる。リーゼロッテの馬鹿な発言は上手く利用できる」
「皇女殿下を貶めるためにですか?」
穏やかな声で聞いてくるジェイに俺はうっすらと微笑んで答える。
「無能は王家に必要ない。ましてや毒を孕んでいるのなら尚更だ」
エレミヤの無実は既に証明済みだ。
それでも噂が絶えないのは自分の娘を皇妃にしたい娘を持っている貴族と、何も考えずにエレミヤを心配だとお友達に話しているリーゼロッテのせいだ。
次期皇妃を貶めるその行為が謀反に繋がると彼ら、彼女たちは考えもしないのだろう。
俺が動けば、貴族たちは保身の為に真っ先に身を引くだろう。リーゼロッテというスケープゴートを使って。
貴族の中で彼女は立場を考えることもできなければ、常識も身についていない無能で厄介な皇女という認識になるだろう。
果たして、俺を害して操りやすい無能なリーゼロッテを皇帝にと考えている馬鹿どもはどう動くか。見ものだな。
「先王を殺した。兄も殺した。俺の手は真っ赤な血で汚れている」
月にかざしてみる。月光に照らされてもなお自身の手は汚れているように見える。
「これからも俺はこの手を赤く染め続けるだろう」
「どれだけの数の血を浴びる気ですか?」
若干呆れながらジェイが聞く。
「必要な数だけだ。もちろん、それは仕方がなかったという程度に極力おさめたいとは思っているがな」
「あなたの行く先は地獄ですね。そしてそれに付き合わされる私たち臣下も地獄行き決定です」
眼鏡をくいっと上げながら「乗りかかった船なので、仕方がありません。地獄までもお供します」と彼は言った。素直じゃないな。
「俺が座っている玉座は血で染まっている。それでいい。玉座とは血で染まるものだ。後悔はしない。皇帝になるために先王を殺したことも兄たちを殺したことも。リーゼロッテの件もな」
リーゼロッテが俺に好意を抱いていることも無意識にエレミヤに嫉妬していることにも気づいている。
エレミヤのアヘン中毒なんて根も葉もない噂も、彼女は確かにエレミヤを心配してはいるのだろう。でも、それだけが事実ではないのだ。
心の底でこれが本当なら、致命的でありエレミヤとの婚約は破棄される。彼女は国へ帰り、俺は再び独身となる。
リーゼロッテは心のどこかでそう思って口にしているはずだ。
悪意なき悪意といったところか。




