75.ノワール視点
「最悪なことになったな。全く、やってくれる」
部下から報告は受けていた。
廊下で俺の義妹、リーゼロッテがエレミヤに「アヘンをしていたのか」と聞いた。
彼女は恐らくこう聞きたかったのだろう「エレミヤ様、ユリアンヌがアヘンをしていたというのは本当のことですか」と。
だが気が急いていたのだろう。
最悪なことにリーゼロッテは聞きたいことだけを抜粋して聞いた。しかも衆人環視の目がある廊下のど真ん中で。人が最も多い時間帯に。まるで狙ったように。
ぎりっ。と奥歯を噛み締める。
エレミヤはすぐに否定し、リーゼロッテが何を聞きたかったのかを周囲に知らしめてから答えたそうだが、廊下の真ん中で子爵とはいえ貴族の一員を貶めることもできず、詳細は避けて簡単な受け答えだけをしてその場を去った。
彼女の行動に間違いはなかった。本来なら廊下のど真ん中でする話ではない。
ましてやエレミヤは来たばかり。
帝国貴族との繋がりはまだ希薄で、これから強めていこうとしている最中。現に彼女主催のお茶会が何度か開かれ、彼女自身も招待されたお茶会には必ず出席していた。
まだ出方をお互いに伺っている最中で今回の件はかなりの痛手だ。
現に俺の元にエレミヤとの離縁を進める話が持ち上がってきている。代わりに自分の娘を差し出す貴族も増えつつある。
「くそっ」
どんっ。と、机を拳で叩いたところで気など晴れない。
「落ち着いてください、ノワール」
側近のジェイがお茶を淹れて俺の机の上に運んでくる。
「分かっている」
自分でも気が立っている自覚があるのでお茶を一気飲みして何とか精神を落ち着かせようとした。
あまり効果は期待できないけど、しないよりはましだ。
「エレミヤの様子は」
「平然と振る舞っておられます。ご自分でも情報収集を始めていますね。タフな方です。普通の令嬢なら人目を気にして部屋に引きこもってしまいますよ」
「そうすれば噂に信憑性を与えるだけだとあいつはよく知っているからな。噂で人は殺せる。あいつ自身、噂を駆使していろいろしてきていたからな」
俺はジェイが上げた報告書に目を通す。
「エレミヤに手を出した馬鹿どもは処分しておけ」
「よろしいのですか?」
「侍女の分際でありながら仕える主に害をなす無能は俺の城に必要ない」
「畏まりました」
専属の侍女ではないが、エレミヤにはたくさんの侍女をつけている。
部屋の掃除や衣裳部屋、宝石などの管理をするのにノルンやカルラだけでは足りないからだ。
王宮内でエレミヤがアヘンをしているとういう噂が出回ってから何を勘違いしたのか侍女の中にはエレミヤに悪戯という名の嫌がらせをしようと考える馬鹿がいた。
その殆どが実行される前に彼女の護衛や侍女に防がれているので実行はされていない。普通の令嬢なら気づかないだろうが、エレミヤは恐らく気づいている。
侍女や護衛たちが未然に防いでくれているので気づかないふりをしているだけに過ぎない。
「エレミヤの周囲の護衛を強化しておけ」
「御意」




