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「ノワールは彼女たちのことが嫌いなの?」
部屋に戻った後、私は二人に対するノワールの態度が気になったので聞いた。
「エレミヤはあの二人をどう思った?」
「質問を質問で返すのね。別にいいけど。そうね。会ったばかりだから特に思うところはないわ。アウロ様は心配症で優しい方。リーゼロッテ様は少し子供っぽい、可愛らしい方かしら?」
「アウロについてどれだけ知っている?」
「小国の元王女ということぐらいしか」
小国の王女だからこそアウロに対する情報は少ない。リーゼロッテもあまり表には出ないから得られる情報は少ない。
「彼女の国はもうない。先王、つまり俺の父親にあたるのだが。奴が滅ぼしたからな」
その情報には息を飲んだ。同時に彼女の態度に対する違和感を覚えた。
私を心配する気持ちに嘘はないように見えた。
恐らく、望んだ結婚ではなかっただろう。
自分の家族を殺し、故郷を滅ぼした帝国をアウロはどう思っているのだろうか。憎くはないだろうか。
私はノワールを見た。
私の目の前にいるのは彼女の国を滅ぼした仇の息子。そして先王の側室であるアウロにとっては義理の息子でもある。
「得体が知れないだろう」
私の考えを読んだかのようにノワールが言う。
王となった彼がアウロを追い出すのは簡単だ。でもそうしないのは得体が知れないから。
ノワールは敵を自分の傍に置くタイプなのだろう。
自分の懐に置いて、監視をして、出方を伺っている。
この国は先王の悪政が続いた。ノワールが弑逆してから優秀な彼と彼の部下のおかげで情勢は落ち着きを取り戻している。
先王を弑逆したノワールを国民は英雄視している。だからこそ、彼に反感を抱いている貴族たちは彼を簡単には排せないだけ。
「あまり近づくな」
「いいえ、近づくべきだわ。彼女は私に対して何らかのアクションを仕掛けてくるはず」
何か一物を抱えているのなら私を心配しているあの態度は演技になる。そう見せたのはノワールに対する自分は何もしないという意思表示なのか、何かする為に私を利用するために引き込もうとしているのか。
「俺はお前を駒として利用するつもりはない」
「私はあなたの婚約者であり、次期皇妃よ。なら、共に支え合い守り合うのは当然」
私の言葉がそんなにも意外だったのか彼はとても驚いた顔をしている。
「俺を守るというのか。はははは。そんなことを言った女はお前が初めてだな」
声をあげて笑うノワールに今度は私が驚いた。
「ヤバいな。どんどん、お前に惹かれていく」
笑うことを止めて真摯に私を見つめる彼の目に思わずどきりとしてしまった。
自然に、流れるようにそんなことを言うから私の顔は一気に赤くなってしまった。彼は本当に心臓に悪い。
「分かった。お前の好きにしろ。だが、無茶だけはするな」
「大丈夫よ。身を守る術は知っているし、私には優秀な護衛もついているから」
私の言葉に応えるようにノルン、カルラ、ディーノ、キスリングが頷く。
「そうか。では、私の最愛の人を頼んだぞ。傷一つつけないように」
護衛に向けたノワールの言葉は命令であり、脅迫でもあった。傷つけたら、ただではおかないと。
出会った当初は分からなかったけど、彼はどうやらかなり過保護のようだ。
もっと淡白な人かと思ったけど、人は見かけによらないものだ。




