67
ノワールのことをどう思っているかまだ分からないけれど、一緒に生きていけたらとは思う。なので、婚約をすることになった。
規則に従って一年の婚約を経ての結婚となる。この一年の間に私は帝国のマナーや文化、貴族の勢力図、歴史などを学ばないといけない。
すぐに結婚しないのはゆっくりと学ぶ期間を作るための配慮でもある。
今日はノワールの家族と対面することになった。と、言ってもノワールの母親は既にこの世にいない。父親もノワールが弑逆したのでいない。
なら誰に会ったかと言うとノワールの腹違いの妹。
金色の髪に黒い目。頭の真ん中に赤いリボンをつけた可愛らしい少女だ。帝国の特徴である褐色の肌をしていないのは彼女の母親が小国の出の王女だからだ。彼女は母親に似たようだ。
名前はリーゼロッテ。
「エレミヤ様、会えて嬉しいですわ。こんなに美しい方がお義姉様だなんて嬉しいわ」
と、リーゼロッテは友好的な笑みを見せてくれた。
そして彼女の母親、アウロ。
金色の髪に青い瞳をしていて、とても儚げに見える。とんでもない美人というわけではないが、魅力的な女性だ。
「分からないことがあったら何でも聞いてね」
そう言ってアウロは私の手を自分の両手で包んだ。
ぎゅっと強く握られた手。私は頭一つ分大きいアウロを見上げる。彼女はとても心配そうに私を見ていた。
慣れない環境で暮らす私のことを心配しているとても優しい人なのだとその時は思った。
「はい。エルヘイム帝国に早く慣れるように頑張りますのでよろしくお願いします」
そう言って笑った私をアウロは更に心配そうに見つめた。
小国の王女がこんな大きな帝国の側室になったのだ。彼女自身、とても苦労したのだろう。
アウロの心配はそこから来ているのだと私は思った。
「もういいだろう。挨拶は終わりだ。行こう、エレミヤ」
家族仲が良いようなタイプには見えないが、案の定ノワールは二人に対してどこか冷たい。
この挨拶も儀礼のようなものだったのかもしれない。本当なら会わせたくはなかった?
「もう、お兄様。美しいエレミヤ様を独り占めしたいのは分かりますが、私たちもエレミヤ様と仲良くしたいんです」
ぷくぅと効果音が聞こえてきそうな表情で頬を膨らませるリーゼロッテはあざとく見えるけど、どうも素のようだ。
「エレミヤ様、私に王宮内を案内させてください」
まるでハグを求めるかのようにリーゼロッテは両手を広げて私を待つ。
「えっと」
さっさとこの場から離れたがっているノワールに腰を抱かれているので私は動くことができない。
どうすべきか判断を仰ぐようにノワールを見ると彼は眉間に深い皴を作っていた。
不快だと彼の顔が言っている。
けれどリーゼロッテはそれに気づいていないのか、敢えて無視をしているのか満面の笑みで両手を広げたまま私の返答を待っている。
「必要ない。王宮の案内は既にすませている」
「一回じゃあきっと覚えられませんわ。王宮内はとても入り組んでいますし」
「お前と違ってエレミヤは記憶力がいい。それに、彼女は私の婚約者だ。一人で行動することはない。常に侍女や護衛がついている。どこに不逞の輩がいるか分からないからな」
そう言ってノワールがちらりとアウロを見た。
彼女はその視線を何でもない顔で受け止めている。ただ儚いだけの女性ではないようだ。
「よって迷うことはない。行くぞ、エレミヤ」
「はい」
「お兄様、束縛が強すぎるとお義姉様に嫌われますわよ」
去り際に聞こえたリーゼロッテの言葉をノワールは鼻で笑い飛ばした。




