65.カルヴァン視点
「何だ」
イラつきながら王宮を出て、竜の姿になって飛ぼうと思った。竜の姿はかなり大きいので王宮の裏に行くように言われた。王宮の裏は障害がなく、とても広いので竜の姿になっても問題ないとのことだった。
騎士の案内で王宮の裏に到着し、すぐに竜の姿になろうとしたがなれなかった。
がくりと膝が崩れ落ちた。力がまるで入らない。
そのまま俺は地面に倒れた。意識はある。視界も良好。でも、声が出せない。指一本動かすこともできない。
「おい、さっさと運ぼうぜ」
「ああ」
一人だと思っていた騎士が、どこに隠れていたのか分からないほどわらわらと出てきた。
そして一国の王である俺を乱暴に持ち上げるとそのまま麻袋にまるで物を突っ込むようにして入れた。
おそらくはそのまま馬車に入れられたのだろう。がたがたと揺れて、あちこち体をぶつけた。揺れが激しいので舗装されていない道を庶民が使う乗り合い馬車のような安っぽい馬車で移動しているのが辛うじて分かる。
一時間ほどすると馬車は停止し、俺は麻袋に入れられたまま担がれたようで、状況が全く掴めない。どこに連れて行かれたのかも、これからどこへ連れて行かれるのかも。
「あっらぁ。これが例の?」
「ああ。頼むぜ、ドクター」
「おまかせよ。例の薬は既にできてあるし。ノワちゃんって本当に恐ろしい子よね。まぁ、そこがいいのだけど」
麻袋の外から聞こえたるのは女のような喋り方をしているが明らかに男と分かる野太い声。気持ちが悪いなと思っていると入れられた時と同様に麻袋から乱暴に出された。
もっと丁寧に扱えと睨みつけた後で俺は固まった。生まれて初めて見た人種がそこにいた。
金髪のおかっぱ。分厚い唇に真っ赤な紅をさしている。顎は生えている髭をそってはいるが僅かに青い。ドレスを着ているが分厚い胸板に俺の太ももよりも太い上腕二頭筋を持っている。どう見ても男だ。
「あっらぁ。二枚目ちゃんね。アタシの好みじゃないけど」
「っ」
声が出ないせいで喉が引きつったかのような悲鳴が口から洩れた。
「じゃあ、ドクター後はよろしく」
まて、置いて行くな。と、懇願するように俺は騎士を見た。だが、帝国の騎士は察しが悪いようだ。俺の訴えに気づかずあっさりと背を向けた。
「はいはい。じゃあ、僕ちゃん。アタシと楽しみましょうね」
「 」
必死に訴えようとするが声が出ない。体も動かず、竜にもなれない。ドクターと呼ばれた女の姿をした男は俺の首元を掴んで部屋の奥へ行った。
そして何やら薬品を取り出し、俺の口に無理やり突っ込んだ。
飲みたくはなかったが、口に薬瓶を突っ込まれたせいで飲まざるをえなかった。味は想像を絶する不味さだった。どんなにお腹がすいていても口に入れた瞬間に吐いてしまうだろう。人が口にするものではない。
どくん。
心臓の鼓動が急に速まり出した。もしかして俺は毒を飲まされたのだろうか。
ドクターを見ると、彼?彼女?の瞳に不安そうな顔をした俺が映っていた。
「うふん。大丈夫よ。飲んだところで死にはしないわ。尤も、死んだほうが一層のこと幸せかもしれないけどね」
「 」
全身に猛烈な痛みが走った。体を掻きむしり、体を脱いでしまいたいと思えるような痛みだ。
これは死ぬのかもしれないと思った。
俺の意志に反して勝手に体が竜に変化し、筋肉という筋肉が固まっていく感じがする。まるで石のように体が重くなり、どんどん体温がなくなっていく感じがした。
これで死なないとどうして信じられるだろう。
苦しむ俺をドクターは楽しそうに観察する。まるで実験動物を観察する研究者のようだ。
◇◇◇
「これは素晴らしい」
「見たこともない。竜の剥製だなんて」
「本物かしら?」
「まさか、偽物だろ。それにしても黄金の竜か。是非、我が家に飾りたいものだ」
「その為にはオークションで落札しなくては」
何だ。何がどうなっているんだ。俺はカルディアス王国国王、カルヴァン・フロリアン・カルディアスだぞ。何で、その俺が魔族相手に競りにかけられている。
それに剥製だと?ふざけるなよ。誇り高き竜族だぞ。俺は。こんなことをすれば外交問題になる。カルディアス王国が黙っていないはずだ。
けれど俺の意志を無視して、馬鹿どもは好き勝手な値段を俺につけていく。意識はあるのに声を出すことも動くこともできない。まるで本物の剥製になったみたいだ。
「アタシの作った薬は成功の様ね」
アタシの名前はケビン・カトライナー。子爵家の次男坊。体は男だけど、心は乙女。趣味が高じて医者兼研究者をしているの。
何の研究かですって?もちろん、お薬のよ。いろんな薬よ。人を助ける新薬から毒薬まで。幅広くやっているわ。今回のは新薬を作ろうとした過程で生まれた副産物の薬を改良して作ったの。
そのおかげでカルヴァン陛下は生きた剥製になったわ。誰もそのことに気づかないでしょうけど。
普通ならそのまま衰弱死するでしょうけど、竜族って無駄に丈夫なのよね。だから少なくとも三〇年は生きているんじゃないかしら。
可哀そう。
頑張ってね、陛下。国のことは心配いらないわ。だって、あなたの国はもうないもの。




