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「エレミヤっ！」
応接室には騎士に見張られたカルヴァン陛下が苛立たし気にソファーに腰かけていた。
彼はノワールに追随して入って来た私を見つけた瞬間、表情を和らげた。まるで愛おしい者を見つけたかのような顔に私は気持ちの悪さを感じた。もちろん、顔には出さないが。
「良かった。無事だったんだね。君が帝国に連れ去られたと聞いてどれほど心配したことか」
そう言って私に駆け寄り、まるで熱い抱擁でもするかのように両手を広げた。
「カルヴァン」
絶対零度を思わせるような声でカルヴァン陛下を呼んだノワールは彼の視界から私を守るように前に出た。
カルヴァン陛下は眉間にしわを寄せ、ノワールを邪魔ものを見るような目で見つめる。
「妻でもない淑女に気安く近づくものではないな。お前に常識がないのは知っているが、最低限の礼儀を弁えてもらおう。ここは帝国でお前の箱庭ではない。そして、お前は賓客ではなく、侵入者だ」
「っ。礼を欠いたことは詫びる。しかし、元はと言えばお前が俺の妻を連れ去ったのが問題で」
「囚われの姫を助けるのは皇子か騎士の役目だからな。それに、彼女とお前は離縁が成立している。今のお前に騒ぎ立てる権利はない」
「俺は認めてない！」
感情的になるカルヴァン陛下をノワールはどこまでも冷静に、虫を払うようにあしらっていた。
「お前の意思などどうでもいい。離縁に対して抗議をする権利はない。対等の国からもらい受けた姫を不当に扱えば当然のことだと思わないのか。思う頭がないのか」
「ノワール陛下。幾ら何でも無礼がすぎるぞ。俺の国とお前の国は対等なはずだ」
「黙れ、不法入国者。ここでお前に危害を加えてもこちらは問題ないのだぞ。お前は正式な手続きをして帝国に来たわけではないのだからな。立場を弁えろ」
「っ」
口では勝てないと分かったのか、カルヴァン陛下は捨てられた子犬のような目で私を見つめる。
私はノワールの許可を貰って口を開いた。
「陛下、姉から離縁の話を聞き、私はこれを受け入れました」
「なぜ」
愕然とするカルヴァン陛下には心底理解できない。どうしてあんな扱いを受けた私が今もあなたの妻であり続けると思えるのだろう。
代償行為で彼はユミルの代わりに私を愛そうとしていると医者は言っていた。なら、ユミルが彼を愛した（本当に愛していたかは不明だけど）ように私も彼を愛していると思っているのだろうか。それは何とも都合のいいことだ。
「簡単な話です。私はユミルではないからです」
「お前も俺を捨てるのか」
「私を最初に捨てたのはあなたです。あなたの勝手な都合で拾われたり、捨てることが出来るほどテレイシアの女は都合よくできていません」
「お前は平気なのか。俺を捨てて」
何を言いだすのか。隣で、ノワールが笑いをかみ殺している気配がする。
私も王女でなければ、ここに誰もいなければ腹を抱えて笑っていただろう。
それぐらい今のカルヴァン陛下は滑稽だった。
自分の行いを省みることもできずに、「欲しい、欲しい」と駄々を捏ねる大きな子供のような男だ。
「当たり前です。だって、私はあなたのことを愛していないもの」
