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帝国に来てから数日が経った。
「今のは」
ここ数日は久しぶりに心穏やかな日を過ごしていた。
思えばカルヴァン陛下の妻になってからは怒涛の毎日を過ごしていた。
使用人と上手くいかず、馴染めず、陛下はユミルにかかりきりで、私のことを嫌っていた。分かっていたこととはいえ、それでも年頃の乙女だ。多少は結婚に夢を見ていた。
それは脆くも崩れ去ったけど。
自分にはもう二度と訪れることはないのかもしれないと思っていた平穏を今、一生分味わっているのではないかと思っていた矢先、窓の外を黄金の巨大な竜が飛んでいるのが見えた。
初めて見たが、何となく嫌な予感がして私は急遽、ノワールの執務室を訪ねた。
彼は来ることが分かっていたのか前もって来訪の手紙も寄こさずに来た私を驚くこともなく迎え入れた。
「思ったよりも早く来たな。お前の元夫は」
私は全くノータッチだったのであまり実感はないけど、姉からは離婚の手続きを終わらせたとの知らせは来ているので私と陛下はもう赤の他人である。
「カルヴァン陛下が来ると伺ってはおりませんでしたが」
「ああ。俺も知らなかった」
つまり、陛下は事前の来訪の連絡もなく勝手に、それも竜の姿になって頭上からやって来たのだ。
何てことだ。ここまで無鉄砲で常識知らずだなんて。
「不法入国で捕まえてしまおうか。トカゲの丸焼きなんかしてスラムに捨ててもいいな。きっと、みんな目の色を変えて食べてくれるだろう」
ははは。と楽しそうな声で笑ってはいるけど、彼の目は決して笑ってはいなかった。
嫌な汗が背筋を流れる。呼吸を満足にすることもできず、あたりに漂う殺気に近い威圧を私は何とか受け流していた。
「皇帝陛下。少し、気をお静めください。エレミヤ様の前です」
「ああ。すまない」
カルラの言葉であっさりと空気は変わった。
私は自分の後ろに立つカルラを見る。彼女は相変わらず無表情で、淡々としている。彼女と反対の方向に立っているノルンは真っ青になり、今にも倒れそうだ。
私の専属護衛たちは冷や汗をかきながらも剣の柄を握っていた。柄を握っている手を反対の手で抑え込んでいるのを見るに、反射的に剣を抜こうとして何とか留めたのだろう。
「トカゲの相手は俺がしよう。お前はどうする?」
「元とは言え、夫です。自分でけじめをつける機会を与えて下さるのならお受けしたいです」
「いいだろう。二人っきりにはしてやれんがな」
「十分です」
元より二人きりになりたいなどと思ってはいない。
「では行こうか。ああ、そうだ。カルラ、頼みがある」
「はい」
ノワールに耳打ちされた後カルラはすぐに執務室を出て行った。心なしか、彼女が楽しそうに見えた。そしてなぜか、一瞬だけ垣間見えた彼女の吊り上がった口角に寒気がした。
「では行こうか」
「・・・・・はい」
彼がカルラに何を頼んだかは気になるが、耳打ちをしたということは教えてもらえないのだろう。あまり知りたいとも思わない。
私はノワールにエスコートされながら応接室へ向かった。




