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フォンティーヌと書面でやり取りをして、ハクに頼んでお姉様に届けてもらう。
これでテレイシアから遅くとも一か月後には優秀な人材が派遣される。滞っている執務も片付くだろう。
このことはフォンティーヌから陛下に報告が上がった。
陛下は嬉しそうに私の元へ何の前触れもなくやって来た(いつものことだが)。
「陛下、今度から前触れもなく来た場合は取次はしません」
「す、すまない」
本来なら執務をしている時間だが、きっとフォンティーヌの制止を振り切ってきたのだろう。
そこまで考えて私はテレイシアから人を派遣して人不足を解消するという話を受け入れた時の彼の顔を思い出した。
彼はもう陛下を止めることもしなかったのかもしれない。
私の提案の意味も、最終的な目的も彼は勘づいている。そのうえで宰相として何が国民にいいのか彼は選択をしたから。
「それで、何の御用ですか?」
私に叱られて、うなだれた犬のようになる陛下をさっさと部屋から追い出したいのを我慢して、私は陛下にソファーを勧めた。
お茶は出さなかった。長居をされたくはなかったから。
「フォンティーヌから聞いた。お前が俺の為にテレイシアから人を寄こすよう女王に掛け合ってくれたと」
「・・・・・陛下の為ではありません。この国の王妃として当然のことをしたまでです」
「そうか。お前はやはりこの国に相応しい、立派な王妃だな」
にかっと笑う陛下を私は冷笑した。彼は私の態度には気づいていない。いや、気づかないふりをしているのかもしれない。
見たくないものには目を閉じ、聞きたくないことには耳を塞ぎ、嫌なことからは逃げて、心を閉ざした。愚かな王。
だから、フォンティーヌは彼を見捨てた。そのことに愚かな王はまだ気づいていない。
どこまでも幸せな男だ。
「公爵がいなくなり、優秀な人材もいなくなって、我が国はかつてないほどの人手不足に陥っていたからな」
その割にはあなたはここで私とお話をしている暇があるのですね。
それに公爵も、公爵にくっついていた者もそれほど優秀ではない。ただ、陛下のご機嫌取りは誰よりも優秀だったのかもしれないけど。
「お前のおかげで人手不足は解消だな。良かった、良かった」
「・・・・そうですね。とても喜ばしいことですわ」
「ああ」
テレイシアから人を寄こすと言うことは、テレイシアの人間が国の中枢に入り込むということ。
どんなに友好国であろうと、たとえ王同士が友人であったとしてもそれはあり得ないこと。それが分かっていないなんて、彼は本当に常識がない。
テレイシアの人間を国の中枢に持っていくということは、テレイシアがこの国を乗っ取れると言うこと。だからフォンティーヌはすぐには決断しなかった。
決断した後も陛下に自ら報告すると言っていたから、陛下が可能性に気づき、止めてくれることを心のどこかで期待していたのだろう。
無理だと分かっていても期待することを止められず、結果は玉砕。
当たって。本当に砕けてしまったのだ。
陛下に王としての器はないし、このまま玉座に居続けられても貴族が好き勝手していた公爵の時代に逆戻り。でも、自分ではどうすることもできずに苦渋の決断を強いられたフォンティーヌがとても哀れだった。




