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苛立ちが止まらなかった。そのせいで、今日は寝不足だ。
重いため息をつきながらベッドから降り、鏡を見るとそこには疲れ切った女が映っていた。
パンッ
両頬を思いっきり叩き、気合を入れる。
こんな顔を使用人に見せるわけにはいかない。
にっこりと私は鏡の前で笑う。よし。
気合を入れて、ちゃんと笑えることを確認したら朝の準備をしに来てくれたノルンたちを迎え入れる。
私の身支度を手伝いに来てくれたノルンとカルラ。カルラはいつも通り無表情で何を考えているか分からないけど、ノルンは困惑した顔をしていた。
「どうしたの?」
「陛下が食事を一緒にされたいと、先ほどからお待ちです。それと、部屋を後宮に移すようにと」
嫌な予感がした。
「まさか、寝室まで一緒と言わないでしょうね」
「・・・・・」
無言が肯定を表していた。
「嫌よ!私の部屋はここよ。陛下が用意したんだもの。番でもない私は後宮に入る権利がないのでしょう」
ノルンやカルラに言ってもどうしようもないことは分かっていた。それでも、昨日から引きずっている怒りが止まらない。
「どこまで自分勝手なの!」
「妃殿下」
ノルンが何とか私を落ち着かせようとしているのは分かっていた。自分でも落ち着かなければと思う。
他人の前で感情を乱してはいけない。
「ごめんなさい。あなたに当たっても仕方がないのは分かっているわ」
「いいえ。お気持ち、よく分かります」
「陛下には私から話すわ。食事は一緒に摂るつもりはないからここに用意して。ディーノ、キスリング、シュヴァリエ、陛下の元へ行くわ。護衛をお願い」
「分かった」
「畏まりました」
「畏まりました」
ディーノ、キスリング、シュヴァリエの順に言葉が返ってきた。
朝食の準備はノルンとカルラに任せて私は陛下がいる食堂へ向かった。
赤い絨毯の敷かれた華美な廊下を歩いて、荘厳な扉の前に立つ。
廊下を照らす窓から見える空は晴れ渡り、気分を高揚させるものなのに今の私の心には雲がさしかかり、足取りを重くしていた。
だからと言ってここで立ち止まっていても仕方がないので私は乱れかけている感情を落ち着かせるために深呼吸をする。
よし。と、心の中で呟いて食堂へ入る。
そこには満面の笑みを浮かべた陛下がいた。私が来るのを待っていたようだ。今までの態度が嘘のような彼にいら立ちが募るがここで怒っては話が進まない。
「おはよう、エレミヤ」
「おはようございます、陛下」
「どうかしたのか?」
席に着く様子のない私に陛下は不思議そうな顔をする。
厚かましいにも程がある。今までの態度を考えれば私が喜んで陛下と食事をするわけがないことぐらいすぐに気づくでしょうに。
「先ほど、侍女から聞きました。私の部屋を後宮に移すと」
「ああ。妃をいつまでも客室に置くわけにはいかないだろう」
自分がそうさせたくせに。
「私は今の部屋で十分です。あそこから移るつもりはありません」
私の言葉がよほど衝撃的だったのか陛下は目を見開き、私を見つめる。
本当に分からない。どうして自分が受け入れられると信じられたのだろう。
それとも彼はユミルがいなくなったショックで都合の悪いことは全て忘れてしまったのだろうか。
代償行為・・・・・私はユミルの代わり。
ああ、だから彼の中では私に愛してもらうのは当然のことなのか。だって、本音はどうであれユミルは彼に愛情を示していた。
「・・・・めだ。ダメだ!ダメに決まっているだろう!お前は俺の妃なんだぞ。お前は今日中に後宮に移れ。寝室も俺と一緒だ。これは王命だ」
陛下は狂ったように叫び出した。さすがに怖くなったけど、シュヴァリエをはじめ、護衛たちが守るように私の傍に来てくれたので安心できた。
「お断りします」
「お前も、お前も俺の元から去って行くのか」
陛下は絶望している。でも、そんなことは私の知ったことではない。
「私は確かにこの国の王妃ですが、あなたと愛し合うつもりはありません」
「世継ぎがいる。世継ぎを作るのは妃の義務だ」
ユミルとの間に子供が出来ればその子を私の子と偽って世継ぎにしようと目論んでいたくせに。何が義務だ。先に義務を放棄したのは陛下の方だ。
「愛人でも、側室でも迎えてください。陛下の得意分野でしょう。王命であろうと従うつもりはありません。叛意ありとして幽閉しますか?それとも抗命の咎で処刑しますか?どうぞ、お好きに。あなたと床を共にするぐらいなら死んだほうがましだわ。それと食事は部屋で摂ります。私に構わないでください」
陛下は何かを言おうとしていたけど、私は聞きたくなかったので彼自身を拒絶していることを表すためにも彼に背を向けた。
食堂から出た私は耳を塞ぐ代わりに食堂のドアを閉めた。




