42.ユミル視点
どうしてこうなったのだろう。
まるで分からない。
あのカルラとかいう女が言った通り私の体には一切の傷がない。前と変わらず美しい肌だ。なのに、少し動いただけで痛みが生じる。
ここがどこの国か分からない。
大きくて綺麗な邸に私はいる。そこはカルヴァンの城と変わらない。世話をする人もいる。数人程度だけど。
「ちょっと、動きなさいよ。こっちは忙しいんだからね」
「うっさいわねぇ。っ。引っ張らないでよぉ。体が痛いんだから」
「どこも怪我していないのに痛がってばっかり。嘘も大概におし」
小太りの中年女が私を引っ張って、浴室に連れていく。そこで彼女は頭から冷水をかける。
「つっめたぁい。やだぁ、止めて、止めて、痛いの」
少し動いただけでも痛いのに彼女は更にたわしでごしごしと私の体を洗う。しかも力加減なんてしてくれないから私の体が前と同じでもかなり痛かっただろう。
「準備するように言われてんだよ。てまぁかけさせんじゃないわよ」
「私を誰だと思っているの。カルディアス王国国王カルヴァンの番なのよ。あんたが気安く触れて良い女じゃないの」
「はいはい、大した誇大妄想だねぇ。借金の挙句に売られただけの哀れな小娘のくせに」
「それ、あのカルラとかいうバカ女が言ったの?そんなの嘘っぱちよ」
「誰よ、カルラって。あんたもここに来て一か月経つんだからここがどういう所かそろそろ学びな。学習しないともっとひどい目に遭うよ」
私を洗い終えた女はこれで自分の仕事は終わりとばかりにごわごわで肌触りの悪いタオルと薄手の服を放り投げて浴室から出て行った。
「こんなの着ないからね」
「じゃあ、裸のまま出て行きな」
なんて野蛮な女なのだろう。あの不細工女。私が可愛いからって嫉妬しているんだわ。
でも、ずっと裸のままいるわけにはいかないので仕方がなく私は用意された服を着た。
真っ白な一枚のワンピース。平民として暮らしていた時の方がまだましな服を着ていた。
「大丈夫よ。すぐにカルヴァンが助けに来てくれるわ。きっと、私のことを探してくれているはず」
それだけが唯一の希望だった。
そして私は今日も舞台に上がる。
今日、私を買ったのは女をいたぶるのが好きな男だった。私はその男に火で溶かした蝋を体につけられた。
「あつっい。痛い」
カルラによってあの日与えられた痛みと熱々の蝋が与える刺激が合わさって私に予期できないほどの痛みを与える。だけど、実際に私の体に傷がない以上男は「大げさだ」と揶揄する。
誰も私の苦痛を分かってはくれない。
男は続いて焼き印を私の体に押し付けた。
「◇※□〇Å■※◇■〇」
言葉にもできないほどの痛みと鼻につく嫌な匂いがした。
今日与えられた痛みは全てこの館で働いている天族によって治癒されるので体には一切傷が残されない。ただし、私の場合は痛みだけはずっと体に堆積される。
あのカルラとか言う女も治癒魔術を使っていたので天族の血を引いているのだろう。この世界で治癒術が使えるのは天族だけだと以前、聞いたことがあった。
この館は殺しさえしなければ買った人間に何をしてもいいとされる。
この館に売られている人間はみんな重罪人。殺すだけでは飽き足りないと思われた人が来る場所だとここで働いている薄汚い女が教えてくれた。
私は何の罪も犯していないのに。嵌められたんだ。こんな野蛮なことをするのはエレミヤだけ。きっとエレミヤが私をこんな場所に閉じ込めたんだ。
与えられた痛みがいつも私を苦しめる。でもカルラのかけた魔法のせいで気が狂うこともできない。
私は一生、この痛みと戦い続けないといけないのだ。
「カルヴァン、早く来て、助けてよぉ」
どうして、どうして私がこんな目に遭わないといけないの。私は何も悪いことしていないのに。




