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キスリングとは内々のやり取りが続いている。私と彼が繋がっているとバレるのはまずいのでいつもみんなが寝静まった時にハクの転移魔法でキスリングと会っている。
もちろん完全に信用したわけじゃないので彼の情報が正しいのかハクに裏を取ってもらっている。今のところ彼のくれる情報に嘘はないようだ。
彼がもたらしてくれた情報のおかげで決行日が分かった。それに合わせて準備万端。後は事が起こるのを待つだけ。
ユミルが単純な人で良かった。
私は怪しまれないようにネグリジェを着て、寝る準備万端整えてベッドの中に入る。もちろん、ネグリジェの中には暗器をたくさん仕込んでいる。
王族たるもの、暗器の収納に困らない服は持っていて当然!
ベッドで寝たふりをしているとベッドを中心に魔法陣が現れた。
来た!
そう思った時には私の体は冷たい石畳の上にあった。
目を開け、周囲を警戒しながらゆっくりと体を起こして状況を確認する。
目の前には祭壇のようなものがある。辺りはロウソクの火で夕日色に染まっていた。
空気の逃げ道がないせいでどんよりとした空気が充満している上に湿気も溜まっているので不快指数がかなり高い。そこから考えるにここは城の地下のようだ。
「あっれぇ。もう目が覚めちゃってるのぉ?それとも最初から起きてたのかしら。ああそうか、夜更かしばっかりしているからそんな醜い肌をしているのね」
失礼ね。これでもつやつやで玉のお肌って言われているのよ。
私は不快を隠すことなく声の主を睨みつける。
いつもの甘ったるい声ではないけどいつも通りの耳に入っただけで不快になる甲高い声を出しているユミルが醜悪な笑みを浮かべて私の前に現れた。
彼女の横には奴隷の首輪をつけたどんよりとした目の青年がいた。おそらくその青年が転移で私をここへ連れて来たのだろう。
「こんばんは、ユミル。随分と強引なお招きね。でもお茶会をするには些か時間が遅すぎるのではないかしら。ダメよ、夜更かしをしては。でないと、大したことのない肌が余計に見るも無残なほどボロボロになってしまうわよ」
「はぁ!?それ私に言っているの。あんた、立場分かってんの。王宮でもそうだけどさぁ、そういう態度はどうかと思うよ。私はカルヴァンの番で、あんたはおまけ。立場で言えば私の方が上なんだからね。少しは自分の立場を理解しろってぇの」
言葉遣いが完全にどこかのギャングね。彼女、平民じゃなくて元ギャングだったのではないかしら。
それに予想外だったのは彼女がここにいること。普通、黒幕は指示を出して自分は安全な場所で「私無関係ですよ」という体を整えるものだ。何で黒幕が堂々と姿を見せているの。
さっきの言葉もそうだけど、「立場を弁えろ」?それはこっちのセリフなんだけど。
バカな言動は王宮に居た時からそうだけど、正妃を誘拐しておいて堂々と姿を見せるほどの馬鹿だとは思わなかった。自分は番だから誘拐も人殺しも合法になると思っているのだろうか?
それとも彼女にはこれが犯罪行為であるという認識がないのだろうか。
「ユミル、あなた自分が何をしているか分かっているの?私をこんな所に誘拐してただで済むと思っているの?だいたい、どうしてあなたがここにいるの?」
「ユミルじゃないっ!気安く私の名前を呼ぶな!この下民!私はカルヴァンの番なの!この国で一番偉いのよ。あんたみたいな王女って身分しか取り柄のないバカ女が気安く名前を呼んでいい相手じゃないのよ」
パシン
ユミルが私の頬を叩いた。続いて、腹部を蹴り上げた。息が詰まりかけたけど所詮はろくに運動もしていない女の攻撃なので大した威力はなかった。
こんなことでノルンがくれた魔道具を使いたくなかったので頬を叩かれる前に気づかれないように指輪を外しておいた。
アクセサリー型の魔道具の特徴として使用者が身に着けていないとダメだからだ。
それにしても初めての犯罪行為で興奮しているのだろうか。ここに来てからのユミルの口から放たれる言葉が酷すぎる。
どんなに彼女が陛下の番でも正妃である私の方が立場が上なのにそれを理解できていない発言ばかり。誇大妄想をしているかのように自分が私より上だと誇張する。
彼女の馬鹿な言動や公爵派の人間の減少からユミルの取り巻きはどんどん減っていった。それに対してさすがに危機感を持って、私が彼女よりも下だと見下すことでユミルは自分を保っているのだろうか。
ユミルはまるで自分に言い聞かせるように私を「下民」と言って貶める(彼女はきっと下民という言葉の意味を理解していないのだろう)。
自分が上だとまるで言い聞かせているみたい。そんなことをしても現実は変わらないのに。
「私がここにいるのはねぇ、あんたの苦しむ顔が見たいからよ。あんたのいじめのせいで私は心に深い傷を負ったの。だから、私が負ったのと同じくらい。いいえ、それ以上の苦しみをあなたに与えてあげる。苦しみもがきながら死になさい」
それが合図であったかのように奴隷の青年は詠唱を始めた。




