追加 市民視点
「お母さん、お腹すいたよ」
一番下の子がお腹を押さえながら訴えてくる。
「ごめんね」
母親として情けないがそれしか言えない。
私たちの家は普通の家だ。貧しくもなければ、大金持ちというわけではない。
ただ毎日、お腹が満たされるぐらいの食事はできていた。
ところがここ最近、食事はお椀一杯分のみ。それだって殆ど具が入っていない。スープを水でかなり薄めたものだ。
野菜籠にはもう何も入っていない。
財布の中を確認する。芋が一つ買える程度だ。子供たちは全員で三人いる。私と夫の食事を抜いてもかなり厳しい。
「おい、また物価が上がってたぞ。それに税金も上がるらしい」
仕事から帰ってきた夫の言葉に私は絶望した。
最近、テレイシアから輸入している物の物価が少しずつではあるが上がってきているのだ。
今までなら気にしなかった。
でも増税が続き、満足に食事もできなくなってくると少しの値上がりでも目に付くようになった。
「あなた、もう備蓄がないの。お金も」
「くそっ。仕事を何とか見つけてくる」
「私も探してみるわ」
今日、貰ってきた分だと夫から給金を受け取る。税金を払ったら消えてしまう現実にもうため息しか出ない。
このままでは本当に餓死してしまう。
陛下はそれを望んでおられるのかしら。
なかなか見つけることのできない番様を陛下が見つけたと聞いた時はとても嬉しかった。獣人にとって番とはそれだけ特別な存在だから。でも、まさかそれが私たちの生活に苦痛を与えるとは思いもしなかった。
あの時、喜んだ自分を呪ってしまいたいぐらいだ。
◇◇◇
「おい、お前の所はどうなんだ?」
「カミさんが何とかやり繰りしてくれてるけど、正直限界だ」
「テレイシアの輸入物の物価が上がったのって、陛下が王妃様を蔑ろにしてるのがテレイシアに筒抜けだからだろ。これはその報復ってわけか」
「だからって何で俺たちが苦しまなきゃいけないんだよ」
「ミドレーのとこ、過労で倒れたらしいぞ」
「あそこは子供五人も抱えてるからな。ずっと働き詰めだったし。満足に食事もとれなかったって。だからって分けてやれるほど俺たちに余裕があるわけじゃねぇし」
酒を買う金もない。それでも俺たちがこうして集まっているのは今後について話し合うためだ。
意見書は何度も提出した。
それが王様の所までいっているのか分からない。ただ、何一つ改善はされていない。
「お困りの様ですね」
「誰だ」
似つかわしくはない女の声に俺たちは警戒する。
全員が注目した場所にはとても美しい少女がいた。
「私の名前はノルン。エレミヤ王妃の侍女をしております」
その言葉に全員の思考が停止した。確かに身なりのいい恰好をしているが王妃の使いが俺たちに何の用があるって言うんだ。
「エレミヤ様はみなさまの現状を憂いて何度も陛下に進言しているのですが、陛下は番様のことばかりで全く気にも止めていません。そこでエレミヤ様は皆さまに力を貸していただこうと考えました」
「王妃様が俺たちに何をさせようって言うんだ」
警戒しながら代表が聞く。
「プチ暴動を起こしてもらおうと」
「ぼ、暴動だと」
不満はある。この先のことを考えると不安だらけだ。それでも暴動までってなるとなかなか踏み出せない。モラルが邪魔をする。
「このままでは皆さんの未来は餓死ですよ。陛下は皆さまのことを考えてはいません。エレミヤ様が何とかできたらいいのですが、生憎と一人ですることには限界があります。どうします?提案に乗りますか?それとも餓死を選びますか?」
可愛らしい顔をして聞いてくる二択がなかなかえげつない。
「俺はその話に乗る」
そう言って立ち上がったのはもう金がないと言っていた男だった。
「お、俺も」
「俺も」
勇気づけられたようにみんなが同意していく。それぐらい追い詰められていたのだ。残るは俺一人。
どうするのかとみんなの視線が俺に問うてくる。
俺は喧嘩は強くないし、争いごとはできるだけ避けたい性分だ。
でも、青い顔で寝る間も惜しんで働く妻。お腹すいたと訴える子供たちの顔を思い浮かべると俺も覚悟を決めないといけない。
「取り合えず、しばらくの間飢えずにすむものをくれ。それが条件だ」
無礼だと殺されるかもしれないと思ったがノルンと名乗った少女は「すでに用意しています」と言って俺たちにくれた。
これで取り合えず餓死は避けられた。
◇◇◇
「おかえりなさい」
戻ってきたノルンを部屋に迎え入れる。
「どうだった?」
「交渉は成立しました」
城下にはいろんな噂を流している。それにここ最近の増税と物価の高騰で民たちの不満やら不安やらは高まっていた。
民たちを巻き込まないのが一番だけど、いざという時の為に私たちを受け入れられるように準備をする必要がある。




