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陛下は無能で公爵の言いなりのような人だけど正義に篤い理想主義者でもあったようで、伯爵の人身売買について激怒。
証拠は私がフォンティーヌを通して提出しておいた。
麻薬の所持と王妃の暗殺未遂により領地と財産没収、爵位返上となった。
奥方と娘は奥方の実家に身を寄せることになったがこれほどの醜聞だ。もう二度と社交界に出ることは叶わないだろう。
伯爵自身は処刑となった。最後まで公爵が助けてくれることに縋っていたが、いやそれしか縋れるものがなかったのだろう。
当然だが、公爵はあっさりと伯爵を切り捨てた。
「伯爵は良き忠臣であった」
私もこの事件の当事者であるため、執務室で陛下から報告を受けていた。そんな時、陛下は机の上に置いている拳を握り締め、苦痛にでも耐えるような顔をしていた。
そんな陛下をクルトは痛ましそうに見ている。
フォンティーヌは完全に無視して私に報告を続けている。
忠臣、ね。と、私は彼の言葉を心の中で嘲笑った。
どんっ。
陛下が机を拳で叩いたことで報告を続けていたフォンティーヌは初めてそこに陛下がいたことに気づいたかのように視線を陛下に向けた。
「俺は未だに信じられない。彼があんなことをしたなんて。あなたが全て仕組んだのではないのか。伯爵の娘はユミルとも親しいし、ユミルの主催したお茶会でひと悶着あったと聞いた。そのお茶会には伯爵の令嬢も出席していたとか。何か気に入らないことがあった、それで」
「陛下」
フォンティーヌの絶対零度の声が陛下の戯言に蓋をした。
人を射殺せるほどの冷たい視線を向けてフォンティーヌは言う。
「伯爵は先王陛下の代から奴隷と麻薬の売買を行っておりました。妃殿下が関与されているとなると現在一六歳の妃殿下は海を挟んだ我が国の貴族と一体何歳の頃からのお付き合いになるのでしょうね。それに、この件に関しては私の部下に徹底的に調べさせましたが、妃殿下は関与しておりません。宰相である私が保証しましょう。それでは不服ですか?」
言外に自分の調査では不服なのかとフォンティーヌは問うている。
幼馴染でもある彼の仕事にケチをつけるようなことを言ってしまったことに気づいた陛下は気まずそうに視線を逸らし「すまない、そんなつもりはなかった」ととても小さな声で謝っていた。
問題はそこではないのだけど。
まず、幼馴染だからという理由で彼の仕事ぶりを疑いもしない。そして、証拠もなく私を疑うような発言。
特に後者は看過できるものではない。
それに気づかない陛下にフォンティーヌは深いため息をついた。
「陛下、妃殿下に対する扱いには十分お気を付けください。先ほどの不用意な発言も本来なら許されないことです」
フォンティーヌの苦言に眉間に皴を寄せた陛下はフォンティーヌを見た後、なぜか私を睨んできた。私は無視してお茶を飲む。
さすがは陛下が好んで飲まれるお茶ね。とても美味しいわ。
「なぜそこまで気を遣ってやらねばならぬ。これは対等な同盟なのだろう」
「ええ。わが国とテレイシアの対等な同盟です。ですからこそ、蔑ろにするべきではありません。テレイシアが小国あるいは我が国の属国ならともかく」
「しかし、この同盟が破棄されて困るのはテレイシアも同じ」
「そうです。裏を返せば我が国も困るのです。ですが、お忘れなきように。武力で劣るテレイシアが帝国にただの一度も負けていない。そのことを」
こてりと陛下は首を傾げる。後ろで控えている陛下の護衛であるクルトもフォンティーヌの言葉を理解していないようだ。
この国の宰相も大変ねぇ。
私は侍女に新しい紅茶を入れてもらう。
フォンティーヌはため息をついて懇切丁寧に陛下たちに説明をしてあげている。
「足りない武力を女王陛下の奇策でカバーしているのです。わが国と同盟をしたのは足りない武力を補うためですが、無くても困らないのですよ。同盟の破棄で一番ダメージがあるのは我が国です」
「だがガルディアスはテレイシアと違って武力で劣ってはいない」
陛下が吠える。まるで負け犬の遠吠えね。
「武力のみで勝てるほど戦争は甘くありません。帝国が戦争で勝利し続けているのは武力があるからではありません。戦略もそれだけ長けているからです。陛下が誰を愛そうと陛下の勝手です。臣下である私はそこまで口を出したりはしません。ですが、この国の王妃様は目の前にいるお方であること、そしてテレイシアの直系王族であることをどうかお忘れなきように」
そこまで言われてようやく理解したのか陛下はお茶を楽しむ私を見つめた。
お口がへの字になっていましたが、気にしません。私も陛下のことを愛しているわけではありませんので。お互い様ですね。
私が淑女でなければあなたと同じ顔をしていたでしょうしね。
◇◇◇
「本日より、王妃様の専属侍女となりました。ノルンです。よろしくお願いいたします」
伯爵が捕まったことにより奴隷たちは解放された。
国や親元に帰った者や、事情があり帰れない者には仕事を与えられた。
そして、シュヴァリエの妹ノルンは私の侍女兼護衛となる。
宰相にお願いしておいたのだ。
魔族である彼女なら護衛も兼任できるので一石二鳥だろう。男性のシュヴァリエだけではどうしても護衛のできない時(もしくは事、場合など)があるしね。
ノルンとシュヴァリエは久しぶりの再会を心から喜んでいた。これで彼との約束が果たせて良かった。
「ええ。これから、よろしくね」
「はい」
幸せそうな顔で笑うノルンを見ていると心が温かくなる。




