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さて、どうすべきかと思案する。
ここに留まるのが良策だとは思えない。
けれど敵の正体が分からない以上、無闇に動くこともできない。そう思っていると事態が動いた。
「うわぁっ」
「きゃあ、マナート様!」
「殿下っ!」
黒い触手がマナートの体に巻き付き、持ち上げる。
触手の先には見覚えのある貴族の息子がいた。以前、私に絡んできた一人マイク・リメンタールだ。
「マイク?」
フィリミナはマイクに不審な目を向ける。
「マイクっ!貴様、どういうつもりだ。早く下ろせ。こんなことをしてタダですむと思っておるまいなっ」
いや、現状を鑑みてタダですまないのはマナート殿下の方だろう。
よくこの状況であそこまで強気に出られるな。
「ノワール?」
ノワールがそっと私を背に隠す。
「じっとしてろ」
真剣な横顔に思わず見惚れてしまいそうになる。
って、見惚れるわけがない。私は誤魔化すように咳払いをしてノワールが許す範囲内でノワールの後ろから顔を出して状況を確認する。
「マナート殿下が悪いんだよ。僕からフィリミナをとるから」
「何を言っている。フィリミナは俺の婚約者だ」
「違うっ!フィリミナは僕のだ。そうだろ、フィリミナ。君は言ってくれたじゃないか。僕のことを愛していると。マナート殿下との婚姻は本当は望んでいないんだろう。殿下が王子という立場を使って無理やり自分を婚約者に仕立て上げたんだと」
マイクの目は常軌を逸している。
先ほど、禁術と言っていたからもしかしたら術に精神を喰われかけているのかもしれない。
もしくは思いつめた結果、精神に異常を来したのかも。
「違うっ!私はそんなことを言っていないわ。信じて」
と、フィリミナは触手に捕まったマナート殿下に訴える。
マイクの意識は今、フィリミナに向いている。何とかその隙にマナート殿下を助けるなり、マイクを止めるなりすればいいのに誰も動かない。この場には騎士もいるのに。どうして?
「エレミヤ様」
背後から聞こえた声に私は安堵した。
「マクベス、無事だったのね。心配したわ」
「申し訳ございません。どうも足止めをされていたようで。城内に入った瞬間に辺り一面が真っ暗になりまして。これは一体?」
「分からないわ。神聖国側は『禁術』と言っていたわ」
それにしても、足止めをされていたということはマイクとザガリアは繋がっているということなのか。
ザガリアの目的が分からない。
「はははは。こいつは傑作だな」
ざわりと遠巻きに様子見をしていた重鎮たちが声のした方を見る。
マイクの後ろに眼帯をした男が立っていた。その男がザガリアだとマクベスが私とノワールに教えてくれた。
「誰だっ!」
触手に捕まったままのマナート殿下は自分の状態を忘れているかのように強気な対応をする。
それに対してマイクはまるでザガリアがいないかのように反応しない。
ブツブツと不気味に何かを呟いている。
「なぁ、王子様よ。あんたが信じている聖女様ってのはさ顔が良くて金持ちで権力のある男が大好きな俗物まみれの女なんだぜ。知ってたか?」




