178.アミエル視点
「アミエル様、準備は順調に進んでいます」
「そう。ありがとう、ファーム。ファーム、エレインの様子はどうだった?」
「スーリヤ女王陛下の元で元気に過ごされていました。全てを忘れて、幼子のように。スーリヤ女王陛下によると一番楽しかった時期に戻ることで心を守っているのだと」
「そうか」
「それと、貴族に麻薬を流していたのはやはりザガリアでした」
彼も恨んでいるのだろう。
自分からサーシャを奪ったこの国を。
この国は歪んでいる。その歪みが国を破滅へ誘う。
くだらない優越感に浸る人間の蔓延る国など滅んで当然だ。
「アミエルお兄様」
聖女になってから要人に会うことも増えるだろうということで淑女教育が行われているのに彼女の身になっていない。一体何を学んでいるのやら。
「聖女様、何度も申し上げましたが私はあなたの兄ではありません。それと淑女たるもの廊下を走らないでください」
公爵家は彼女を養女として迎え入れたわけではない。そもそも噂程度で本当に公爵家の血を引いているかは分からないのだ。
仮に血を引いていたとしても公爵家の当主が公爵家の人間として認めなかったら彼女の身分は平民だ。
彼女は今、聖女ということでバックにいる教会に守られている。そうでなければ不敬罪で公爵家から相応の処置をとられていたはずだ。
「どうして?アミエルは私の義兄でしょう。半分とはいえ、血が繋がっているんだから」
「そのような事実はございません。くだらない噂を真に受けないでいただきたい」
エレインを陥れた人間と家族になるなど御免だ。
父だってそう考えているから余計に彼女を拒んでいるのだろう。王命だったとしても従うつもりはない。
父も母もエレインのことを可愛がっていたからな。
「アミエルは私を家族として迎え入れたくないの?」
悲しそうに涙を潤ませる聖女を見ても私とファームの心が揺れ動くことはない。
マナート殿下やその取り巻きのように愚かではないのだから。
「家族として迎え入れる?」
言葉を上手く隠しているつもりのようだけど、ようは貴族になりたいということだろ。
「聖女様、あなたが公爵家の血を引いているという噂は公爵家を貶めたい者が流した戯言です。聖女として真実を見抜く目を養っていかなければやがて食われますよ」
「?アミエルお兄さまは私のことを心配してくれるの?優しいのね」
「‥…」
この女の頭には何が詰まっているのだろう。
物事を自分の都合の良いようにしか捉えず、都合の悪いことはなかったことになる。何とも便利な頭だ。
「でも大丈夫よ。私が不幸になることはないもの」
「それも予知したんですか?」
フィリミナは気づいていない。私とファームが冷めた目で彼女を見つめていることに。
自分を嫌う人間がいることなど夢にも思っていないのだ。何でそこまで人に愛される自信が持てるのだろうか。
「そう決まっているのよ。だって私はヒロインだもん」
「‥…そうですか」
相変わらず意味不明だ。
頭のイカレた女とこれ以上話したくない。同じ空気を吸うのも嫌な相手なら尚更。




