175.閑話 レイラ視点
私の名前はレイラ。
私が生まれ育った国は帝国により滅ぼされた。ガラス細工が有名な国だった。
私は今、帝国の間者になっているが帝国を恨んだことはない。
私は王族だった。
十三人中十三番目の子供だった。
そんな子供はいないも同然だった。媚を売る価値すらない。母は伯爵家の令嬢だったけど大人しい人だった。下位貴族に馬鹿にされても何も言えない人だった。
そんな母親の娘は馬鹿にされて当然だとばかりに使用人や貴族に蔑まれていた。
母は心労により亡くなった。
誰も母の死を悲しまなかった。それどころか母の存在すら忘れられていた。
誰も私を気にしないからこっそりと城を抜け出すことができた。
庶民に紛れていると母の死を話している人がいた。
その庶民は母の死を笑っていた。
死んでも気づかれず、顧みられることのない哀れな側室だと。
そんな国が滅んだからって悲しむはずがない。愛国心のない薄情な王女だと私を蔑むのなら、母の死を笑った人でなしと私はあなたたちを蔑もう。
帝国に住んでいた平民の少女が我が家だろうか?半壊した建物を呆然と見つめていた。
やがて彼女は私に気づき、泣きそうな顔で笑いながら言った。
「戦争は全てを燃やし尽くす。帰るべき故郷も、愛する人も、思い出も、来るはずだった未来も。何もかも。見て」
そう言って俯いた少女の視線の先には男か女かの判別さえできなくなってしまった焼け焦げた死体があった。
「壊れて形を失った家、思い出だった何か、愛していた人の誰か。そこら辺にみんな転がっている。戦争は全てを奪う。全てを燃やし尽くす。本当に?もし本当にそうなら灰も残らずに燃やし尽くしてくれればいいのに。全てを奪うと言いながら戦争は私たちに“何か”だったものを残して行くの。絶望を与えるのよ。酷い話よね」
その後、少女がどうなったかは分からない。
敗戦国の女は奴隷になったり、娼婦に身を落としたり、道端で餓死していたりする。
彼女がそういう人生を歩んでいるのか、運よく幸せな家庭を築き、平凡な日常を送っているかは分からない。
ただ、少しだけ羨ましいと思った。
失いたくないと思える場所や人、物があった彼女が。
だけど私には関係のないことだと思った。
敗戦国の王族は見せしめに処刑されるけど私は忘れ去られた王女と揶揄されるぐらい王宮内で存在が薄く、庶民の記憶にも残っていないほどだった。公の場にすら出たことがない。誕生祭もしたことがないので幸い、運よく王宮を逃げ出して処刑を免れた。追手も来なかった。
でもそれは私の勘違いだった。
ノワール陛下‥…当時はまだ皇子だったけど彼が見逃してくれたに過ぎなかった。
まさかあの後偶然を装って彼に捕らわれ、帝国の間者になるなんて夢にも思わなかった。
最初は無理だと思ったけど私にも隠れた才能があったみたいで上手く順応できた。ノワール陛下はきっとそこを見抜いていたのだろう。
私が使える駒になると確信していたから見逃してくれていたんだ。だから私は今も生き続けている。




