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「大丈夫だ」
「えっ?」
「お前に送った装飾品は全て魔法を付与している。傷一つつけさせない」
私はただノワールが監視の数と監視していた人の場所まで特定した方法を考えていただけなんだけど、黙ってしまった私を不安に思っていると勘違いしたのだろう。
そんな優しい言葉をかけてきた。
「魔法を付与されているものはかなりの高値と以前、伺ったことがあるわ。わざわざそこまでする必要は」
「何言っている。大切な女を守るのに高い買い物なんかねぇよ」
大切な女。
それは私がテレイシアの王女だからだろうか。それとも‥‥‥。
いや、考えるのは良そう。その先を考えてはいけない。
「あの二人の買い物が終わったら移動しよう」
ノワールの視線を追うとフィリミナがマナートに装飾品を買ってもらっていた。
果たして平民の彼女にそんなものを使う機会があるのだろうか。彼女だってずっとマナートと一緒というわけにはいかないだろう。
いつかはマナートも国の利益になる相手と結婚するのだから。
教会の介入を阻止したい王族としてもフィリミナとマナートの結婚は許可できないはずだ。ましてや彼女は平民なのだから。
今までは未来を予知していたことで一目を置かれていたけど、その内容は全て自分に関係するものばかり。これでは国の利益になるとは言い難い。それに最近は全く予知できていない。
「せっかく視察に来たのだから裏通りも見てみたいのだが」
「裏通りですか?しかし、治安面が」
案の定、アルセンは渋る。
裏道というのはどこも治安が悪いものだ。ましてやスラム街に通じているのなら尚更
「問題ない。剣の腕には自信がある。エレミヤもテレイシアの王女として武術の心得がある。何かあっても貴国の問題にしたりはしない」
「‥…分かりました」
「えぇ、裏道なんか見ても面白くありませんよ。折角ですからもっと大通りを見たらどうですか?よろしかったら私が案内しますよ。いいお店いっぱい知ってますから」
善意で申し出るフィリミナにノワールは皮肉気な笑みを浮かべた。
「貴殿とマナート殿だけで行かれてはどうだ?生憎だが、我々は視察に来ているのであって遊びに来ているわけではない」
「なっ。俺たちが遊んでいると?」
目くじらを立てるマナートだけど、手に持っている紙袋が何よりも物語っている。
ノワールはマナートの相手をせずに私を連れてさっさと店を出た。
噛みつこうするマナートを嫌気が差したような顔をしながら神聖国側の護衛が止めていた。
「護衛も大変ね」
◇◇◇
薄汚いボロを纏い、蹲る人間の目に生気はない。まるで死人のようだ。ハエが集っている人たちもいるので中には本当に死体もあるかもしれない。
「神聖国は貧富の差が激しいのですね」
「ふん。こいつらはただの半端者だ。羽も持たぬ下民。国に置いてやっているだけで感謝すべき奴らだ」
マナートは汚らわしいものを見る目で彼らを見ながらそう吐き捨てた。
「それが神聖国の考え方ですか?」
「いいえ、これの言葉は気にしないでください。くだらない偏見です」
アルセンの表情からそういう偏見に嫌気が差しているのは分かる。けれど人の考えを変えるのは難しい。人の意識をどう変えて行くのかが今後の神聖国の課題になるわね。
ノワールの事業が成功すれば天族がいなくても助かる命は増える。そうなれば天族が今までのように大きな顔をするのは不可能だ。
これからが正念場ね。アルセン・リターシャ・エレファント・ラ・モーネ。あなたはこの国をどう導く?
「何もして来ないわね」
「ああ。不気味なぐらいにな。それにかなり統率が取れている」
「ええ。頭の切れる人が上にいるのでしょうね。刺激してみる?」
「いや、止めておこう。神聖国の王族の反応も見てみたいが、目的が分からない以上はまだ泳がせておこう」
なら後で探りを入れた方が良いわね。
「お前の間者を貸せ。一緒に行動させる。その方が合理的だろう」
「‥…分かったわ」
マクベスのこと、やっぱり知っていたんだ。




